行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は“コロナ離婚”を決意した結婚10年目の妻の事例を紹介します。(後編)

※写真はイメージ

 結婚10年目の専業主婦の福島明子さんの夫はベトナムに単身赴任中だったが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、3月上旬に夫が帰国。夫は感染対策と言って帰国後の2週間をホテルで過ごしていたが、明子さんのスマホに「311だよ。早く来てね」と夫からLINEが。不倫を疑い、探偵事務所にホテルの張り込みを依頼すると、夫の部屋に元同僚の女が1週間で3度も訪れていたことが発覚。看護師の仕事をやめて家庭に入り、モラハラ気質で亭主関白な夫に尽くしてきた明子さんの我慢の糸が切れ、離婚を決意し筆者の元に相談に現れたが──。

<家族構成と登場人物、属性(すべて仮名)>
夫・福島洋一郎(46歳) 銀行員 年収1600万円
妻・福島明子(44歳) 専業主婦 ☆相談者
長女・福島桜子(7歳) 小学生

離婚で娘の学費は請求できるか?

 まず、筆者は明子さんに「役所へ離婚届の『不受理申出』をしておいたほうがいいのでは?」と助言しました。これは、夫が妻に無断で離婚届を提出しようとしても役所が受理しないようにする手続です。なぜなら、夫が妻の住所や名前等を代筆し、戸籍謄本を用意し、役所へ離婚届を提出する可能性もゼロではなかったからです。

「そう簡単に別れられないことを、あいつ(夫)に思い知らせてやりたいんです!」と明子さんは言い、不受理申出を行いました。

 さらに筆者は「今なら『コロナだから』と言えば、自宅を出て、実家に戻っても怪しまれませんよ。コロナを隠れ蓑(みの)にすれば、旦那さんに悟られず、離活(離婚活動)に励むことが可能です」とアドバイスしました。

 夫が2週間のホテル暮らしを終えて自宅に戻るタイミングで「桜子は喘息持ちだから念には念を入れないと」と言い、明子さんと娘さんは夫と入れ違いで実家へ戻ったのです。

「確たる証拠を握っているから、三下り半を突きつければ、あいつは離婚を断れない。し、それに慰謝料も取れるし、養育費もひと桁違ってきますよね?」と明子さんはきつい口調で言いますが、具体的には何をいくら請求できるのでしょうか? それは私学の学費、養育費、慰謝料、財産分与の4つです。

 1つ目は私学の学費。

「娘の学費も当然、請求できますよね!」

 と明子さんは言いますが、離婚して母子家庭になっても、娘さんには引き続き、今の私立大学の付属小学校に通わせたいと考えていました。現在の学費は毎月11万円。正直なところ、夫は私学を受験することに必ずしも乗り気ではなかったそう。

「公立でいいだろう。俺もそうだったんだから」と。それでも明子さんが「娘のため」と言い、少し強引に押し通したそう。途中の経緯はどうあれ最終的には夫も折れて渋々、同意したことは間違いありません。

 もし、せっかく私学を受験し、合格したのに親の都合(学費未払い)で公立の学校への転校を余儀なくされたら、娘さんはどうなるでしょうか? 娘さんは「いくら頑張っても見えない力が働いて努力が無駄になる」と思えば、今後の人格形成に悪影響を与えるでしょう。しかも、今まで通い慣れた学校、仲良くなった先生や友達、顔見知りになった通学路の人たちを失うのだから当然のことです。この手の転校生は偏見の目で見られ、いじめに遭う危険があるかもしれません。

 入学の書類には夫が署名しており、何より夫が学費の納付義務者になっているようです。そのため、明子さんは離婚しても私学の学費をすべて夫が出すべきだと言っているのです。

 このような場合、『夫のプライドの高さ』に焦点を当てるのが大事です。「桜子ちゃんは学費を払えなくて学校を辞めたらしいよ」そんなふうに学校や近所、親戚中で噂を立てられたら、彼のプライドはどうなるでしょうか? 「海外勤務で十二分にお金を持っているのに娘の学費を滞納し、中途退学に追い込んだ最低最悪な父親」と醜聞が立つのは彼にとって耐え難い屈辱でしょう。「娘さんのためではなく自分(夫)のためだと伝えるのがいいでしょう」と筆者は明子さんにアドバイスしました。

「月55万円」の養育費を希望するが

 2つ目は養育費です。明子さんは毎日の掃除、洗濯だけでなく、娘さんの送迎、家庭での監護、食事の準備、身の回りの世話、宿題や勉強のフォローを行っています。この役割を家政婦の派遣会社へ依頼した場合、毎月いくらかかるのか……明子さんは見積を出してもらったところ、「月55万円」という数字がはじき出されたのです。

<家政婦派遣会社の見積(1日あたり)>
・通常料金(9時~17時):2300円/1時間→3時間/日=6900円
・夜間割増(17時~22時):2300円+575円/1時間→3時間/日=8625円
家庭教師オプション:2300円+1500円/1時間=3,800円
・家事オプション(料理3種類):2300円+1200円/1時間=3,500円
・学校へのお迎え=4000円
・交通費(実費なので仮)=1000円

「入会金、年会費抜きで計算しても1日2万7825円、毎月20日です。あいつは何にもできないんだから、あいつが娘を引き取った場合、このくらいかかるってことですよね?」

 明子さんは声を大にして言いますが、家庭裁判所が公表している養育費算定表に双方の年収を当てはめて計算するのが一般的です。夫が海外赴任中の年収は1600万円でした。明子​さんは専業主婦なので、この場合、養育費は毎月19万円が妥当な金額です。しかし、夫は帰国後、赴任手当、専門職手当がなくなるので年収は1100万円まで下がります。この場合、養育費は毎月14万円が妥当な金額なので、さすがに月55万円は無理です。

 そして3つ目は慰謝料ですが、結婚期間中に受けた精神的苦痛の対価を金銭で補償するものです。夫は今までモラハラや不倫などの問題を起こしてきたので、明子さんに慰謝料を支払うべきでしょう。法務省が公表している司法統計によると結婚10年から15年の場合、慰謝料は438万円。このくらいが妥当な金額です。

 最後、4つ目は財産分与です。結婚生活のなかで築いた財産は夫婦の共有ですが(民法758条)、離婚すれば夫婦でなくなり、財産も共有ではなくなるので清算しなければなりません。財産分与の按分(あんぶん)割合は折半が原則なので、明子さんは2分の1の権利を持っています。現時点で明子さんは夫がいくら貯め込んでいるのかを把握していませんが、いざ離婚するタイミングで具体的な金額を聞き出す必要があります。

できるだけ多く払わせるのが夫への復讐

 明子さんは今でこそ専業主婦ですが、看護師の資格を持っており、独身時代の年収は500万円。不倫中の夫の細かな言動に一喜一憂していては精神的に大変なので、離婚を先延ばしにするのは難しいでしょう。明子さんが今すぐ職場に復帰し、夫から必要最小限のお金を援助してもらえば、経済的に自立することは十分に可能でしょう。

 しかし、明子さんは「まだ働こうとは思っていません!」と断言します。なぜでしょうか?

「私の収入が多ければ多いほど、あいつからの養育費や母子家庭の手当は減らされるんですよね。これじゃ何のために働くか分かりませんよ! できるだけ多く、払わせるのがあいつへの復讐だって思っています」と言います。相談時は4月中旬。医療従事者の人手不足により十分な医療を提供することができない「医療崩壊」の危機が迫っており、看護師会が職場を離れた元看護師に復帰を促すと報じられた時期ですが、明子さんは復帰をしないと言い切ったのです。

「とりあえず、あいつは泳がせておこうと思っています!」

 明子さんはそう言いますが、当時、長女の小学校は休校中。高齢の両親に任せるのは不安だと、明子さんが直接、教えることに。医療機関はクラスター感染のリスクもあるのでコロナが収束したのを見届けてから仕事を探すそうです。そして収入が安定し次第、離婚を切り出すつもりで、明子さんの口ぶりからは用意周到な性格が感じ取れました。

夫の収入減が妻の決意のタイミングになる

 本来、有事というのは夫婦の絆を再構築することができる稀有(けう)な機会です。離婚寸前の夫婦が災害による避難、病気による看病、怪我による入院などによって配偶者のありがたさを再認識し、やり直す方向へ転換したケースを筆者は数多く見てきました。

 人生最大級の有事に遭遇することで夫が反省し、心を入れ替え、言葉や態度を改めれば、コロナ離婚には至らないでしょう。これは妻のことを第一に考え、感染対策に協力し、社会貢献を継続している場合です。

 しかし、今回はどうでしょうか? 明子さんの夫が相変わらず自分第一で、感染対策を無視し、自粛をしなかったのです。だから、明子さんは「何があろうと夫が変わることはない」ことに気づき、復縁の余地はないという結論を出したのです。

 今回のような非家庭的な夫が今まで許されたのは、十分な生活費を渡してくれたから。コロナショックは尊い人命を奪うという直接的影響だけでなく、明日の金銭を失うという間接的影響も甚大です。例えば、今回は海外赴任の打ち切りによる手当カットですが、それ以外にも筆者は職場休業による給与カット、在宅勤務による残業代カット、本社倒産による外資系企業のリストラなどの場面を見てきました。

 妻の頬を札束で引っぱたくような行動を繰り返してきた夫の収入が大幅に減ったら、どうなるでしょうか? これ以上、我慢したくないと妻が覚悟を決めても不思議ではありません。

 まさに金の切れ目が縁の切れ目という感じですが、妻への不義理はスナックのツケ払いと同じ。いつまでもツケを解消しないとママの不満が爆発し、出入り禁止になりますが、それが夫婦でいうところの離婚。

 妻は我慢の限界に達し、結婚生活を続けることをあきらめ、離婚へ踏み出すのです。しかもコロナによって妻が爆発するタイミングが早まったのは間違いありません。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/