「年齢を重ねるとともに声がかすれる、いわゆる“老けた声”は、声帯が老化している証拠。何もしないで声の老化が進行していくと、会話がしづらいだけでなく、実は便秘や転倒の原因となり、最悪の場合は死のきっかけにもなるのです。加齢による声の変化はしかたがないと放置してはいけません!」
そう話すのは、音声外科の第一人者である角田晃一先生。
「声帯の衰えは40代後半くらいから始まりますが、もともと更年期で声が低くなる女性は、声帯の老化が重なることで、さらに声の“老け感”が助長されます。若々しく生きていくためには、肌ケアなどと同様に、“声ケア”をすることが重要です」(角田先生、以下同)
若々しい声の維持は健康長寿と直結!
そもそも、健康的な声を出すためには、
《1》発する言葉を考え、伝達する中枢機能(脳や神経など)、
《2》発声の動力源(肺、気管など)、
《3》発声器官(咽頭の声帯振動、舌・口腔・咽頭など)、
《4》声をインプットする器官(耳など)
と多岐にわたる身体の器官が正常に機能することが必要。
「生き生きとした声を維持することは、全身の健康につながり、健康寿命に大きく影響します。声帯や声帯を動かす筋肉は、放っておけば加齢とともに衰えますが、適度にトレーニングすれば、若々しい状態を保つことができますし、1度衰えても改善が可能。
発声することが声の筋トレになるので、40代前半くらいまでは普段の会話で十分ですが、40代後半以降に“声が変わった”と家族に言われたことがあるなら、ぜひ声のケアを始めてほしい」
今は声の変化を感じていなくても、夫婦だけの生活で会話が少なめだと感じる人は、
「日常会話での“声の筋トレ”が足りないので、声の老化に注意して。普段は仕事や家庭で会話が多い人でも、コロナ禍で人と話す機会が減ってしまい、一時的に声帯の衰えが起きている可能性があります。
今こそ、しっかりとケアをしてほしいですね。“声は心の様相を表すもの”でもあります。イキイキとした声が出るように努めることで、心も身体も若返ります」
声が原因でうつ病になるリスクも!
加齢によって、誰でも当たり前に起きることだと思っていた現象も、声帯や声帯を動かす筋肉の衰えが一因になっているという。
「声帯は、のど仏の左右に2枚ある粘膜のひだのこと。声を出すとき声帯はふすまのように閉じる仕組みになっており、肺からくる呼気が通過すると、声帯が振動して声が出るようになっています。
ところが、年齢を重ねると、声帯がやせ細る(萎縮する)ことに加え、周辺の筋肉の力が低下。発声時に声帯が閉じづらくなるため、かすれた声になったり、隙間から息が漏れて声が長く続かないなど、声の異変が起きるようになるのです」
声帯やその周囲の筋肉の衰えは、40代後半から進行。65歳以上の約7割は、声帯がきちんと閉じなくなる“声帯萎縮”という病気を抱えている。
「重い荷物を持つ、階段を上るなど、日常生活で身体に力を入れるとき、人の身体は無意識に声帯を閉じて、肺に空気をため、胸郭(胸椎、肋骨、胸骨からなる骨格)を固定する動きをとります。そうすると、手足の力を安定して出せるようになるのですが、声帯が閉じづらくなると、息が漏れて力がうまく入りません。
歩くときや身体を起こすときなど、ちょっとしたときに力が入らず、転倒につながってしまいます。また、排便時の力も弱くなるため、便秘を引き起こすことも」
年を重ねると食事中にむせることが増える。これは閉じづらくなった声帯の隙間から、飲み物や食べ物が気管や肺に入りやすくなるため。
「食べ物が気管に入って感染症を起こす“誤嚥性肺炎”の危険も高まります。誤嚥性肺炎は、日本人の死因の上位に入る病気ですから、声の老化を放置することが死を招くことも。
また、声が出しづらく、老けると、人と会うことがおっくうになりますから、引きこもりがちになって、うつ病のきっかけになる人も。心身の健康のために、声帯をしっかりと閉じるための“声トレ”を習慣化し、声のアンチエイジングを!」
この不調、実は“オバ声”が原因だった!?
■食事中、むせることがある
■排便がすっきりしない
■つまずくことが増えた
■階段の上り下りがおっくう
■長距離を歩くのが苦痛
この不調声帯が衰えると、足腰が不安定に。「重い荷物が持てない、階段や坂道がおっくうになるなど、“踏ん張りがきかない”という感覚につながります」(角田先生)
声の異変、それ自体が重大な病気のサインであることも少なくない。
「急に“声が変じゃない?”と感じたり、指摘されたりしたら、がん、脳梗塞などが隠れている可能性も。のどに違和感があるときは、逆流性食道炎であることも少なくありません。声は“健康のバロメーター”。家族の声にも気をつけてほしい」
放置したら死の原因に! 病気のサインをチェック
1.かすれた声・息、もれ→胸部大動脈瘤
胸の大動脈のまわりには、声帯の動きをつかさどる反回神経があるが、瘤ができることで、反回神経が圧迫され声帯に麻痺が発生。声帯がうまく閉まらなくなるため、息がもれてかすれた声になる。甲状腺がん、肺がん、食道がん、肺へのがん転移の可能性も。
2.声が出しづらい・かすれた声→喉頭がん
急な声の異変で、もっとも注意すべき病気。のどの違和感も生じるため、風邪だと判断しがちだが、風邪薬を飲んでも改善しないときは、耳鼻咽喉科の受診を。のどの奥を内視鏡で確認することで、がんが発見されることも。
3.声の高低が不安定、のどの違和感→脳梗塞
内頸動脈(のどの両脇を走り、脳へとつながる大切な動脈)が湾曲し、のどの奥で飛び出し、のどに違和感を生じさせている可能性あり。湾曲部分は、血栓ができやすく、脳梗塞になる危険性が高まる。ときには、声の震えや高低の不安定さも生じる。特に、65歳以上、首が前傾している、身長が3センチ以上縮んだ人は注意が必要。
※いずれも、1~2週間、声の異変が改善されない場合は、早めに耳鼻咽喉科の受診を。
【15秒でできる! 声の老化チェック】
イスに座り、普段の会話程度の声の大きさで「あー」と声を出す。ひと息でどれだけ“長く、安定的に”声が出せるかを確認する。イスに座り、普段の会話程度の声の大きさで「あー」と声を出す。ひと息でどれだけ“長く、安定的に”声が出せるかを確認する。
声帯が健康であるといえる合格ラインは、男性で15秒、女性で12秒以上、ひと息で声を続けて出せること。「声が続いても、音の高低や大小が不安定だったり、声が震えるなど、はっきり出せない場合は、声帯以外で病気が隠れている可能性があるので要注意です」(角田先生)
1回1分! 声が若返るトレーニング
1日2回、いずれかのトレーニングを選んで行うだけ。声帯に負担をかけず行える「NHO(国立病院機構)式 声トレ」で健康ボイスをキープ!誤嚥性肺炎の発症率が約90%もダウン!
(1)壁押しで声トレ
1. 手を軽く伸ばして届くくらいの間をあけ、壁に向かって立つ。足は肩幅くらいに開き、足元が滑らないように注意する。
2. 壁に向かって腕立て伏せをするようなイメージで、両手を伸ばして手のひらを壁につけ、そのまま身体が前傾するようにひじを曲げる。
3. 曲げた腕を伸ばすように壁を押し、その瞬間に力を入れて、はっきりと大きな声で、短く「イチ」と声を出す。
4. 息を吸いながらひじを曲げて、2の姿勢に戻る。
5. 2~4を繰り返し、30秒かけて10まで数える。朝と夜2回、30秒ずつ行う。
「緩んだ声帯を鍛え、しっかりと閉じられるように訓練できます。40代後半以上の人、声が変わったと指摘された人は、ぜひこのトレーニングを。続けることが大切なので、習慣化しやすいタイミングで行いましょう」(角田先生)
声がれや誤嚥症状を訴えた60歳以上の男女が声トレを行ったところ、誤嚥性肺炎の発生を88%も下げることに成功。やりすぎは声帯の炎症につながるので、回数は厳守してほしい。
(2)イスで声トレ
1. イスに座り、イスの座面の両端をしっかりと持つ。
2. 力強く胸を張ると同時に、はっきりと大きな声で、短く「イチ」と声を出す。「イ~チ」と大きな声で長く発声すると、声帯に負担がかかりすぎるので注意。
3. 力を抜いて、張った胸を元に戻す。息を吸い、呼吸を整える。
4. 2~3を繰り返し、30秒かけて10まで数える。朝と夜2回、30秒ずつ行う。
※「国立病院機構東京医療センター臨床研究センター」のHPでは、声トレ(音声自己訓練法)のやり方を動画で確認できる。(http://www.kankakuki.go.jp/video_nhk.html)
声の老化を防ぐ! 4つの習慣
■電話をする
日常会話は、声帯をほどよく鍛える最高のトレーニング。「会話の減少は老化に大きく影響するので、日々のおしゃべりは大切に。離れて暮らす家族とも定期的に電話で話すのがいいですね。お互いの声の認識も高まり、詐欺の予防にもなります!」(角田先生、以下同)。大声で話すと声帯を痛めるので、電話はなるべく静かな場所を選んで。
■お風呂で歌う
好きな歌を1曲、お風呂タイムに。「自然な声で歌うことは、声帯を適度に鍛えるだけでなく、ストレス発散にもなるのでおすすめです。ただし、気分がよいからと、無理な裏声やこぶしなど、通常とは違う声を出すのは声帯によくないので気をつけましょう」
■新聞を音読する
「ほどよく声を出せる朗読もおすすめ。なかでも、新聞の一面コラムなら、ちょうどよい長さであるうえに、最新の時事ネタに触れられるので、頭の体操にもなります。アナウンサーになったつもりで、ゆっくりとはっきりした声で読みましょう」
■マスクをする
乾燥も声の老化の敵。特にエアコンで乾燥した部屋では、のどの乾燥を防ぐマスクが活躍してくれる。「水分をしっかりとることも大切です。コーヒーや玉露などカフェインを含む飲み物は利尿作用があり、脱水につながるのでほどほどに」
《取材/河端直子》
国立病院機構東京医療センター臨床研究センター部長。専門は耳鼻咽喉科一般、音声外科など。自家組織を用いた声帯の再生医療手術を開発。欧米を中心に広く施行される。著書に『声をキレイにすると超健康になる』ほか。