傘の出番の多いこれからの季節。雨をしのぐための必需品が、持ち方を間違えるだけで重大な事故につながる可能性も。日常に潜む危険に気がついて!
傘を持つ誰もが加害者になり得る
全国が梅雨入りとなり傘が手放せない季節が到来する。日ごろ、傘の持ち方について意識を向けたことはあるだろうか。
SNSではこの時期、この傘の“横持ち”などによって先端が「子どもの顔に刺さりそうになった」「駅の階段で目の前にきて恐怖を感じた」「急に立ち止まったので追突してしまった」といった怒りの声が上がっている。
またそれ以外でも、持ち手(柄)を腕にかけたり、座ってひざにはさんで持つことで傘の先端がほかの人の荷物にひっかかったり、先端につまずいて転倒させたりするおそれも。長さもあり先端の細い傘はときに非常にやっかいな持ち物にもなるのだ。
東京都が「降雨時における身の回りの危険」について都民3000人を対象に調査したところ、4人に1人が、「階段や人混みで前の人が持つ傘にケガを負わされた」「負わされそうになった」と回答。また、雨傘だけでなく「日傘も危険」であり、数年前には通勤ラッシュの駅で女性の日傘が男性の目を直撃し、失明させてしまったという事故もあった。
では、もし傘の先端が当たってケガを負わせてしまった場合、罪に問われる可能性はあるのだろうか。刑事・民事事件に詳しい弁護士の水野遼さんに話を聞いた。
「刑罰としての過失傷害罪は、そうなった結果を認識・予見することができたにもかかわらず、注意を怠った状態に適用されます。傘の先端は比較的とがっていて、ぶつかればケガにつながることは容易に想像がつき、横持ちなどをして人にケガをさせた場合、この注意義務に違反したといえます」
ただ、実際に処罰されることはほとんどないという。
「刑罰が適用されるとすれば、酔っ払って傘を振り回すなど、行為態様が危険で、過失が重い場合です。不注意で軽傷を負わせた程度であれば、刑事責任を問われる可能性は低いでしょう」
しかし、これらは被害者が納得した場合。被害者が加害者を処罰してほしい場合は、告訴されることもありうる。
数千万もの賠償金になることも
さらに、加害者となった場合、責任は刑事責任だけではない。悪意のない傘の事故だとしても、被害者は加害者に対し、民事上の責任を問い、損害賠償を請う可能性もある。
「ケガの事案だと治療費、通院交通費、休業損害、傷害慰謝料などが発生します。後遺症が残る場合には、これに後遺症慰謝料や逸失利益が費目として加わってきます」
最悪、被害者が失明してしまった場合などは非常に高額な賠償金となるケースも。
「損害賠償の額は当然、被害者のケガの具合で変わってくるのですが、年齢、年収、職種によっても大きく異なります。例えば、これから未来ある子どもに、後遺症が残るぐらいのケガをさせてしまった場合や、大人でも被害者の年収、職種によっては数千万もの賠償金になることも、決してめずらしくはないのです」
では、もし加害者や被害者になってしまった場合どうしたらよいのか。
「生きていれば、故意ではなくても加害者になりうるのです。ですから、気をつける意識は当然持つとして、そうなってしまったときの対応策を知っておくことが大切です」
現時点で対策できる方法としては保険があげられる。
「加害者になった場合には、“個人賠償責任保険”を使うことで、賠償金を保険で負担してもらうことができます。これは、クレジットカードの保険や、自動車保険の特約に付帯されていたり、単独で加入することもできます」
また、すでに契約している保険や自動車保険の約款を確認してみることも重要だ。
「保険に“弁護士費用特約”が含まれているか確認してみましょう。最近では、日常生活上の事故についても“弁護士費用特約”が使える場合があり、被害者になってしまった際には、これを利用して弁護士に依頼することも検討してみるとよいでしょう」
持ち方次第で傘は危険物に!
たまたま、うっかり。本人はそんな気持ちでも周りは大迷惑しているかも。こんな持ち方に注意して!
【斜め持ち】
水平まではいかなくても、先端が当たる可能性あり! 傘の柄を持ってブラブラさせても危険範囲が広がる。
【荷物の外側持ち】
荷物が多いと、つい腕にひっかけがち。荷物の外側だと、幅をとってさらに危険!
【座って斜め持ち】
電車の座席でよく見かけるスタイル。人の足や荷物がひっかかる危険が。
【ハンドル逆持ち】
些細なことだが、ハンドル(持ち手)を外向きに腕にかけると先端が浮きやすい。ハンドルを内向きにひっかけると傘が垂直に落ちる。
【振り子持ち】
腕を振って歩くと同時に傘も振られることも。危険範囲が広がり勢いも出て非常に危険。
傘が凶器となった事件簿
どこにでもある日用品の傘が、犯行の凶器になった。そんな驚くべき事件はなぜ起こったのか。
【1】飲み会帰りの惨事
2015年6月の深夜。JR東京駅前の路上で、男性会社員(54)が、会社の飲み会後に仕事仲間の男性(55)と口論。男がビニール傘で突いたところ左目に刺さり、男性は入院先の病院で死亡。
傘で突いた男は、「酔っ払って仕事のことで口論になって傘で突いてしまった」と容疑を認めた。傷害致死の罪に問われたこの男に対し、東京地方裁判所は「偶発的な事案だった」として執行猶予のついた懲役2年6か月の判決を言い渡した。
【2】たまたま車にあった傘を凶器に
2002年5月。広島県にて路上で会社員の男(33)が、無職の男性(55)とどちらが道を譲るかで口論。被害者の車にあった傘でもみ合いになった末、応戦した加害者により顔を突き刺され失血死した。
広島地裁は「奪った傘を使い、積極的に攻撃するという行為は危険で悪質。些細な出来事を発端とした点でも悪質といえるが、被害者の死は偶発的で被告にも予想外だった」と結論づけ、懲役4年6か月の実刑判決を言い渡した。
水野FUKUOKA法律事務所代表弁護士。交通事故、刑事事件、医療事件を中心に家事事件、倒産事件など、日常生活で起こるさまざまな法律問題に対応している。ZOOMなどのテレビ電話を用いた法律相談・打ち合わせを積極的に行っており、遠方からの依頼や夜間・休日の相談にも対応している。LINE公式アカウント、各種相談申し込みフォームを完備。