経済的な低迷をもたらした新型コロナウイルスは、音楽アーティストにも多大な影響を及ぼした。ライブは軒並み中止となり、ライブ会場となるクラブやライブハウスなども苦境に立たされ、多くの店舗が閉店という苦渋の決断を下している。既存のアーティスト達が新しいプロモーション形態を模索していた中、若い世代に人気を集めていた新しいアーティストもいた──。
自分で作った音楽をYouTubeやTwitterといったSNSで発信できる現在の音楽市場。なかでも「ボーカロイド(通称・ボカロ)」と呼ばれる音声合成ソフトで制作するアーティストたちの活躍が目立つようになった。そんなボカロシーンから新しいユニットも多く輩出され、今回は、特に活躍が目覚ましい『ヨルシカ』『ずっと真夜中でいいのに。』『YOASOBI』の3組を紹介したい。プロモーションでもSNSを駆使したスタイルでファンの開拓をする彼らは、先ごろのコロナ禍にも多くの若者の心の支えとなったからだ──。
若者の“闇”を軽やかに映し出す『ヨルシカ』
ヨルシカの新作アルバム『盗作』が7月29日にリリースされる。前作の2ndアルバム『エルマー』から約1年ぶりの『盗作』はシングル曲を収録した期待作だ。先行シングルとして『春ひさぎ』『思想犯』が配信され話題になっている。
そもそもヨルシカとはニコニコ動画などで自作曲を発表したことで名を上げたn-bunaとボーカル・suisによるユニットで、suisの透明感のある声、n-bunaの奏でる軽快なギターサウンドが特徴的だ。ロック調でありながらも、はじけるようなアップテンポな曲調は“ボカロ出身”というバックボーンを感じさせる。
彼らの代表曲ともいえる『言って。』で大きく注目を集め、『ただ、君に晴れ』で人気を不動のものにした。先入観を取り払うためにMV(ミュージックビデオ)やジャケット写真などでも、一切、素顔は見せない。そのミステリアスな素性もファンにとって魅力的に映っているようだ。
ヨルシカの魅力はそれだけではない。これまでの楽曲の歌詞を見てみると、
《将来なにしてるだろうって 大人になったらわかったよ 何もしてないさ》(『だから僕は音楽を辞めた』)
《俯いたまま大人になった》(『ただ、君に晴れ』)
《「死ぬほどあなたを愛してます」 とかそう言う奴ほど死ねません》(『負け犬にアンコールはいらない』)
その世界観は決して前向きではないが、軽快な曲調とあわせることでさらりと聴けてしまう。そんなところが将来に不安を持つ若い世代に支持されるのかもしれない。やみくもに希望を持つことを美学とする、世間の風潮に違和感を覚える現代の若者にとってシンパシーを感じるのだろう。そんな病んだ世界観を清純派ボイスのsuisがさらりと歌いこなすことで、余計にヨルシカの持つ陰りを際立たせ、病みつきになる。
ヨルシカという印象的なユニット名。『雲と幽霊』の歌詞内にある《ずっと“夜しか”眠れずに》というフレーズからとったという。「夜しか遊べない」「夜しか会えない」など、続きの言葉を勝手に想像してしまう。そして、音楽シーンの中でも「夜」という言葉が鍵になりつつある……。
素顔を見せない『ずっと真夜中でいいのに。』
次に「夜」という言葉を取り入れているユニットというと『ずっと真夜中でいいのに。』、通称「ずとまよ」と呼ばれ、女性ボーカルの「acaね」が主催するユニットだ。人気ボカロ作曲家の「ぬゆり」との共作となったデビュー曲『秒針を噛む』がいきなりヒット。注目のアニメーター「Waboku」が制作したMVも人気を集め、現時点でYouTubeでの再生回数は5800万回を超えている。
acaね自らが作詞作曲を手掛ける“ずとまよ”の曲は「ボカロっぽさ」を上手に取り入れた名曲が多い。実際に「100回嘔吐」などのボカロプロデューサーともコラボしている。トラックだけでなく、ボーカルアレンジにもこだわっており、コーラスワークも楽しむことができる。時折、多重コーラスで無機質さを出しながら声に厚みを持たせ、しかし肝心のサビでは声を強く張り上げる。キーの高いacaねの声はとても鋭利で一度聞くと耳から離れない。
《このまま奪って隠して忘れたい》(『秒針を噛む』)
《隣にいなくてもいいよ いいの いいよって 台詞を交わしたって》(『脳裏上のクラッカー』)
メロディーのアップダウンに合わせてインパクトのある歌詞を歌い上げるスタイルは、その高い声とテンポの速さが高揚感を出し、気持ちが盛り上がってしまう仕組みだ。
ずとまよもヨルシカと同じく素顔を出していない。ライブも敢行しているものの、あえて逆光になるような照明、そして薄いカーテンを用いるなどして顔が見えないステージ演出をしている。それでもファンはそのことについて決して文句は言わない。今年の8月には新作アルバム『朗らかな皮膚とて不服』がリリースされるずとまよ。これからもその活躍が期待される。
YouTubeを爆走する『YOASOBI』
最近テレビでも取り上げられた新鋭のユニット『YOASOBI』にも名前に夜という言葉が使われている。YOASOBIはボカロ出身のプロデューサーの「Ayase」とソロで活動していた「ikura」が結成し、サウンド面はボカロ出身のプロデューサー特有の疾走感のある鍵盤音が特徴。また、ikuraのボーカルもとてもスムースで安定しており、時折ボカロかと思わせるような歌い方もする。
「小説を音楽にするユニット」というコンセプトを謳っており、実際に小説投稿サイト『monogatary.com(モノガタリードットコム)』の投稿作品を楽曲に反映させた作りが話題となっている。昨年11月にリリースされたデビュー曲『夜に駆ける』は物語『タナトスの誘惑』というネット小説に基づいて作詞された。
多くの反響を呼んだ『タナトスの誘惑』は自殺願望のある女性に恋をしてしまった主人公の短編小説である。女性に感化された主人公が死に魅入られる描写はぞっとするような恐ろしさがあるが、彼女を想う主人公の健気な姿に胸を打たれる。
まさに駆けるようにテンポが速く、とても聴きやすい『夜に駆ける』のMVは、原作の『タナトスの誘惑』をアニメ化した形に仕上がっている。暗いストーリー、ポップな画風、疾走感のある音楽、それぞれを楽しむことができ、ファンは魅了され、YouTubeでは、すでに3200万回以上も再生されている。
YOASOBIは素顔を公開しているものの、やはりMVはアニメーションがメインとなった作りで、前者2組と共通している部分がある。
なぜ彼らはヒットしたのか
ここに挙げた3組のユニットは「夜」という点のほかにボカロプロデューサーが率いている、もしくはボカロプロデューサーと共作をしているなど、サウンド面でもボカロの影響を強く受けている点が共通している。
ニコニコ動画が音楽業界にもたらした恩恵はとても大きく、素人がカラオケ動画を投稿する「歌ってみた」ブームからはDAOKOやたなか(元ぼくのりりっくのぼうよみ)などの歌手を生み出した。また、ボカロの登場で作曲に挑戦する投稿者も増え、紅白にも出場した米津玄師など新世代の作曲家やシンガーも生まれている。この3組のユニットもその流れを継いでいるといっても過言ではない。
音声合成ソフトの強みを活かそうとすると、どうしても言葉を詰め込んだ疾走感のある曲が主流になる。その特徴的な曲展開はどのユニットでも確認でき、メロディーのアップダウンによる中毒性を持つ。その疾走感・中毒性が、TikTokなどの短い再生時間にもマッチし耳に残っていく。歌が上手いのはもちろんとして、決して明るいとはいえない歌詞が若者の共感を呼んでいるのも人気の理由だろう。
さらに、ストーリー性の強いアニメーションを用いたMV。表舞台に立ち、アーティスト像をブランディングしなくともミステリアスな存在のまま、曲そのものの世界観に没頭することができる。注目を集めるアニメーターとのコラボが多いのも若者が夢中になる理由のひとつだ。曲の持つ世界観を忠実に作り上げることができるアニメーションMVは音楽業界の新しい形になるかもしれない。
「夜」「ボカロ」「暗さ」「アニメーションMV」、こういったものがインターネット世代のアーティストが持つ“新しい魅力”として若者に受け入れられ、人気を集めているわけだ。
夜、眠ろうとしても目がさえてしまって眠れない。そんなときにこれらのユニットの曲が寄り添ってくれる。100万人以上の登録者数を誇るYoutubeの音楽チャンネル『THE FIRST TAKE』でもYOASOBIのボーカル・ikuraが『夜に駆ける』を披露した際には「皆の夜の時間に少しでも寄り添えたらいいなと思います」とメッセージを贈った。
多感な若者の心に彼女たちの歌声が響く。出歩きたくても夜に出歩けなかったコロナ禍。自粛解除になった今もクラブなどの盛り場はクローズを余儀なくされ、以前のような夜遊びができない。こんな時代だからこそ若者の心に寄り添ってくれる彼女たちの音楽を楽しみたいと思う。