「生きててくれよ! 死にたくなるような世の中、やめたいんですよ」
昨年7月の参議院議員選挙では、世間にこう訴えた山本太郎氏率いる「れいわ新選組」が台風の目になった。私は支持者たちへの取材を重ねるうち、貧困・格差など今の社会を覆う“生きづらさ”が、れいわ支持の背景にあると知った。あれから1年。「総理をめざす」と言ってきた山本氏が突如、東京都知事選に立候補した。昨年同様の旋風を巻き起こすのか。巻き起こせていないとしたら、何が足りないのか。1年前に取材した支持者たちに現状の思いを聞いてみた。
「この人ならやってくれる」と40代女性
「とにかくワクワクしています。久しぶりのワクワクです。1年ぶりですよね」
そう語るのは東京都江戸川区に住む40代、岩井さゆりさん(仮名)だ。6月20日に5000円をれいわに寄付した。都内に住む友だちへの「声かけ作戦」にも力を注いでいるという。
「私のまわりには政治に関心を持っていない人がたくさんいるんです。その人たちに太郎さんの動画を紹介しています。選挙前に会える人の数は限られていますが、ひとりに理解してもらえたら家族や友だちにも広がります」
35歳で夫と離婚して以来、シングルマザーとして2人の子どもを育ててきた。現在は飲料関連の職に就く。一応、正社員ではあるが収入は手取りで16万円。家賃など生活費でそのほとんどが消える。
政治に関心をもったのは昨年5月。山本氏が演説で「あなたが頑張ってこなかったワケじゃない」と語りかけるのを聞き、涙した。数千円を寄付し、十数年ぶりに投票所に足を運んだ。
最近、改めて“生きづらさ”を痛感したのが、新型コロナウイルスだ。感染が広がる最中も岩井さんの仕事は休みにならなかった。家計面では安心だが、そうすると今度は感染が怖かった。出勤には電車を使う。満員電車で誰かの咳にビクン、と反応してしまう。周囲の目が気になって、ため息ひとつつけない。神経を削られる日々だった。
「仕事があるだけマシだから贅沢(ぜいたく)なことは言えません。でも、やっぱり感染は怖いんです。貯金はほとんどないし、生きるためには働かなきゃいけない。“ステイホーム”と言われても、見合った補償がないんだから無理です」
大企業のサラリーマンたちはテレワークなどの準備も整っているのだろう。「未知のウイルスといっても、特に苦しむのは結局ギリギリの生活を送っている人だ」と岩井さんは思った。
そんな状況下での都知事選である。山本氏は街頭演説で、新型コロナ困窮者支援の経験談を話す。所持金ゼロで路上にたたずむ人、支援を申し出ると「私なんかが支援してもらっていいんですか?」と問い返す人……。出会った人びとを紹介し「いま、目の前で困っている人たちをすぐに底上げしたい」と訴えた。
「弱者を救おうという姿勢が揺るがない。この人ならやってくれると思えてきます。都知事選に立候補したのは確かに驚きました。でも、苦しんでいる人を見ると黙っていられない太郎さんの性格を思えば、その決断は理解できます」
「この夏も山本太郎を応援する」と答えた支持者は少なくない。一例を紹介したい。
《野党共闘を目指しながらも「消費税5%」は譲らず、黙々と全国街宣を続けた。軸がぶれず、熱も冷めず、頼もしく感じている》(東京都の60代男性)
《次の衆院選まで待つよりも、いま苦しんでいる人を救うために行動した点がすばらしい。食品関連会社に勤めているが、コロナで休みが増え、給料が減った。取引先では閉店が相次ぎそうだ。ケガに例えれば、大量出血している人がたくさんいる。急いで止血が必要だ。投票権はないが、寄付はもちろんする〉(千葉県の40代男性)
《都内でポスター貼りなどをしています。宇都宮健児さんを応援するつもりでしたが、困った人を助けたいという信念だけで立候補を決めた太郎さんを、やはり応援しようと決めました》(神奈川県の60代女性)
課題や違和感を指摘する声も
一方、心が揺らいでいる人もいる。都内在住の20代、岡本次郎さん(仮名)は「正直、迷っています」と答えてくれた。
岡本さんはバイセクシュアルだ。そのことを友人にバカにされ、不登校になった経験がある。れいわ新選組は昨夏、重度障害がある木村英子氏と難病を抱える舩後靖彦氏を国会に送りこんだ。弱者もマイノリティー(少数派)も生きていていい、という山本氏のメッセージだと感じた。
ところが、参院選後は少しがっかりした。
「次の衆院選の候補者を公募し、顔ぶれを発表しましたよね。それを見て“参院選のときと違って当事者性が薄いな”と感じたんです」
参院選におけるれいわ新選組の候補者は、何かしらの問題における「当事者」だった。上述の2人に加え元非正規・シングルマザーの渡辺照子氏や、コンビニオーナーだった三井義文氏らだ。「当事者の立場から社会を変えよう」という思いが伝わってきた。
「でも、衆院選の立候補予定者を見ると、元政治家や元スポーツ選手など、ほかの政党と変わらないと感じました。うつ病を患っている人、性被害のサバイバー、外国にルーツを持つ方、そしてLGBTQの当事者など、多様な背景を持つ人たちを候補に選んでほしかったな、と思いました」
関東地方に住む60代、寺原京子さん(仮名)は、彼を今回は応援しないと決めた。
昨夏は「誰もが生きていける社会」の構築を望み、れいわに5万円を寄付した。しかし、1年間の山本氏の動きを見て気持ちが動いていった。「消費税5%」に乗れない野党を、必要以上に敵視しているように感じた。
「山本さんはとても純粋な方だと思います。国民を救おう、という理想は分かります。ただ、考え方が相容れない相手と『対立』の構図を作ってしまうのは、どうなのかなと。山本さんにはもう少し、人間的な包容力があるといいのではと思います」
SNSで一部の支持者が他党のシンパ(政治的思想における共鳴者)と「批判合戦」をしていることも耐えられなかった。争いごとに辟易(へきえき)し、距離を置きたくなったという。寺原さんはそう語ったうえで、自身の近況も話してくれた。
「要するに疲れてしまったんですね……」
感染におびえる日々が続いた。夫と公園を散歩してバラや藤の花を楽しむことができず、初孫にも会いに行けなかった。そんななか、政府の対策は迷走を続けた。PCR検査を受けられない人が続出。医療従事者たちはマスクやガウン不足で苦しんだ。アベノマスクは送りつけられたが、定額給付金の10万円はまだ届かない……。
桜を見る会や検察庁法改正の問題もある。現政権にはうんざりすることばかりだ。政治を変えなければ、と思う。だが、疲弊した心身には「闘おう」という気持ちがなかなか湧かない。いつだってファイティングポーズを見せるのが山本氏の個性であり魅力だが、ついていく元気が寺原さんにはないのだという。
「参院選のときは頑張ったんですけどね。いまは疲れて、ダメですね」
貧困・格差に対峙する姿への共感
以上、1年前のれいわ支持者たちの声を紹介した。ここからは、都知事選で見えてきた山本氏への期待と課題について考えたい。
「引き続き支持する」と答えた人の多くは、新型コロナで一層、深刻化した貧困・格差の問題をなんとかしたい、という山本氏の姿勢に共感をおぼえていた。
《2週間、路上で命を繋ぐ自信がある人います? 無理ですよ。盗むか、餓死するかしかないでしょ。総理大臣めざすと言ってたけど、目の前にそんなに苦しんでいる人たちがいるなかで“ちょっと待ってね、次の衆議院選挙で自分たちの議席をちょっとでも増やして”という話にはなんないですよ。もしも東京都の知事という座をつかめるならば、すぐにでも予算を投下できるでしょ。手を差し伸べられるでしょ》(6月16日、東京・北千住で行われた街頭演説より)
確かに、困窮する人々への支援は最優先で行われるべきだろう。そのことを語る山本氏の言葉と表情には、昨年と同じ熱量、本気さが見てとれる。
一方、参院選のときのようには熱心に支持できないと語る人もいる。それは、なぜなのか。都知事選に向けたこの夏の山本氏の演説には「大切な何かが足りない」と私は感じている。昨年の参院選を振り返ってみる。
ひとりで政治団体を立ち上げた山本氏は、全国各地で街頭演説を行い、わかりやすさと熱さを兼ね備えた言葉で、人々の心をとらえた。その勢いをさらに盛り上げたのが、候補者の人選だった。前述の渡辺氏や三井氏をはじめ、元東電社員で拉致被害者家族の蓮池透氏や、創価学会員でありながら公明党に反発する野原善正氏が選ばれた。さまざまな問題の当事者たちが上げる切実な声は、聞く者の心を動かした。
もっとも象徴的だったのが、ALS患者の舩後氏と重度障害者の木村氏だ。2人に特定枠(比例代表で、政党が当選者の優先順位をあらかじめ決めることができる制度)を使って優先的に当選させたことで、山本氏の「生きててくれよ!」は単なるキャッチフレーズではなく「存在しているだけで人間は価値がある」という信念がベースにあることが示された。これは貧困、障害、性の悩みなど、現代社会にはびこる生きづらさをカバーする普遍的な言葉だった。例えば「お金はあっても心が満たされない」といった、うっ屈とした思いを抱える人まで射程におさめた。
新型コロナの悪影響は「お金」に関することばかりではない。自粛できない人に向けられる非難の目。感染者への差別。未知のウイルスは“疑心暗鬼社会”を出現させた。人びとは友だちと会う機会を失い、ゴールデンウィークに帰省することもできなかった。特にダメージを受けたのが、もともとケアを必要としている人だ。介護施設の入居者は家族と面会できなくなった。生きていれば誰でも享受できるはずのサービスが「感染対策」を理由にストップした。生きづらい人びとが、さらに生きづらくなった。
困窮者への支援は最優先だ。しかし同時に、社会を新型コロナが襲った今こそ「存在しているだけで人間は価値がある」という根源的なメッセージが必要とされている。山本氏は、これをわかりやすく発する素地(そじ)を持っているはずだ。だが、この夏の都知事選では、そのメッセージがやや弱いように感じる。心が離れた支持者のなかにも、同様の思いを抱いた人がいるのではなかろうか。
個人的には、山本氏が都知事選に出ると知り「巨大都市・東京」を解体させる議論を引き起こすのではないかと期待した。日本社会の最大の課題のひとつが「東京への一極集中」だと思うからだ。東京に人もモノも集まっているのは事実だが、かと言って「都民がいちばん幸せ」というワケでもない。家賃は高く、満員電車はつらい。新型コロナの問題で都市型生活の脆弱さを実感した人も多いはずだ。
いま方向性として目指すべきは、東京を富ませることではなく“地方への分散”だと思う。昨夏のれいわ新選組も同じ方向性を持っていたはずだ。わかりやすい例が「最低賃金全国一律1500円」である。賃金格差が一気に縮まれば、地方住まいのハードルは低くなるだろう。当面は目の前で倒れそうな人々を全力で救う。そのうえで、東京の魅力を高めるのはほどほどにし、地方との格差を縮めることに力を尽くす。このように既存の価値観を揺さぶる大胆な提案があってもいいのではないか。
私が考える「れいわ現象」とは、人々が生きづらい現状に「ノー」を突きつけることだ。彼が昨夏の参院選で、その火付け役を担ったことは間違いない。だからこそ、れいわ新選組と山本氏がどこに向かうのか。今後も注視を続けなければならない。
(取材・文/ジャーナリスト・牧内昇平)