着物姿を披露する容疑者(麻理乃容疑者のブログより)

「子どもの遺体を土に埋めるなんて、そんなひどいことは絶対にしそうにないまじめで明るい生徒だったのに……」

 長野県諏訪郡の自然豊かな土地で育った京田麻理乃容疑者(36)の同級生は、驚いたように声をあげた……。

第4子を第3子の代わりに

 長年連絡をとらず、名字も変わっていた友人が凄惨な事件で逮捕されたからだ。

 6月29日の朝、北海道旭川市で靴ははいていたが、パジャマ姿の迷子の女児(5)と男児(3)を警察が保護。

 自宅から3キロほど離れていた路上で姉弟は、「おじいちゃん家に行くところ」と話したが、自宅へ送り届けると家族構成に不審な点が。

 この姉弟の下に、2歳近くの次女がいるはずだったが、別の乳児がいて両親は「この子が次女です」と説明。 

 しかし、この子どもは夫婦の第4子にあたる男児で、無戸籍であることが判明した。

 両親に事情を聞くと、「次女は昨年、死んでしまって、庭の土に埋めている」と供述。

 自宅の庭の深さ1メートルに満たない穴から、服を着て布にくるまれた状態で乳児の遺体が発見され、父親の陵容疑者(38)とともに、麻理乃容疑者も逮捕された。

事件現場となった旭川市の容疑者夫婦の自宅は、陵容疑者の父親名義

 司法解剖や供述によると、次女は約1年前の夏ごろ、1歳になる前に死亡。頭部には外傷があったため、それが死因かどうかを慎重に捜査している。

 地元メディアの記者がその間の状況を説明する。

「『旭川市子育て支援部』が次女を最終確認したのは、昨年2月。その前の月の4か月健診に来なかったため、自宅を訪問しましたが、そのときには虐待などは認められなかった。今年4月の1年6か月健診にも来ていないので、7月に訪問する予定でした」

 近所では夫婦が、子どもと一緒に散歩したり、コンビニで買い物をしたりする姿が目撃されているが、こんな出来事を記憶している住民も。

 乳児が亡くなった約1年前のこと。

「家をリフォームして、外壁などをきれいにしたんです。さらについ1、2か月前に、草や木でぼうぼうだった庭をきちんと手入れ。事件の偽装工作だったのか、単なる気分転換だったのか……」

存在感が薄かった学生時代

 そして、こんな証言も。

「夫婦2人とも日中から家にいて、仕事をしている気配がまったくなかったので、不思議でした。子どもさん2人が迷子になったのは実は家出で、虐待や育児放棄があったのかもしれません」(近所の主婦)

 父親の陵容疑者は30年ほど前に、現在の家に一家4人(両親・兄・本人)で転居。小学校から高校時代までを過ごした。

父親の陵容疑者、高校時代は目立たない存在だった

 容疑者の父はドラッグストアの役員を務めていたこともあり、兄は医師だという。

「とてもおとなしくて、いたかどうかもわからない、存在感のない目立たない生徒でしたね」

 と中学校の同級生は口をそろえ、高校の同級生も、

「僕も卒業アルバムを見て、そういえばいたなぁと思い出したぐらい。部活には入っていなかったと思うが、国公立コースにいて成績はまあまあだったと思います」

 その結果、国立の茨城大学へ入学し、休学中の'06年に『自分とは何か』という自費出版と思われる著書を発表。

「なぜ、原爆によって37万人もの人々が犠牲になったのか」「赤いリンゴを見た人は、なぜそれを赤いと感じるのか」「宗教とは何か」などと前書きには記されているようだ。

「以降は職を転々として、神奈川県で新聞配達員をしていた'12年には、高齢者3人が自宅内で倒れているのを通報して表彰されたこともありました」(前出・記者)

 人生の意義を考えたり、人助けをしたりしながら、なぜ自分の子どもは埋めてしまったのだろうか─。

京田麻理乃容疑者、小学校時代から活発な性格だった

 現在、札幌市内で暮らす陵容疑者の母親は「弁護士を通してください」と言うばかり。

 一部では、容疑者の子どもたちは自宅で水中出産したとか、病院には行かない方針だったとも報じられているが、妻の麻理乃容疑者の影響が強かったのかもしれない。

 実家がある諏訪郡では、こんな声が聞こえてきた。

「絵が上手で、小学校時代に富士山を描いて、町のシンボルの絵として入賞した。中学校でも美術部だったと思う。本当に手先が器用で、裁縫もうまかったですね」(冒頭の同級生)

 性格も活発だったようで、

社交的だったし、グループのリーダーとまではいえないが、みんなをぐいぐい引っ張っていくタイプでした。そういう女の子は当時の男の子は苦手だったので、モテたとはいえないし、本人も男の子に興味を示してはいませんでした」(同)

自ら《着物アイドルのまりのんです》

 高校卒業後は、地元で盛んな玄米や菜食を中心とした生活様式・マクロビオティックに目覚めていったようだ。

《みーーんなに優しい暮らしをしたら、きっと世界は平和で楽しくなる》

 と'13年ごろ積極的に更新していたブログには自己紹介。

自然農法で栽培された野菜を調理する容疑者(麻理乃容疑者のブログより)

 マクロビのほかに、化粧品や日用品は、脱石油100%の製品を使うことを心がけ、次のような持論を。

《サリンの元になっているものは化粧品のもとになっているものとほとんどかわらない》《第三、第四石油類等。サリンは他の種類の石油類も混ぜて作られているそう》

 自然農法や着物にも傾倒し、《着物アイドルのまりのんです》と写真付きで積極的に発信している。

 プライベートについても饒舌で、陵容疑者と出会う前は、外国人と婚約していたようだ。

《わたくし、フランス人のパートナーがおりました。とても縁のある出会い方をして、相性もよくて、幸せだった》

 その後、陵容疑者もブログに何度か登場。

《いよいよ籍を入れるぞというときに、それを覆すような出会いがありました》

 と劇的ななれそめを紹介している。

「麻理乃さんは、反戦平和への思いをブログに書き込んだことがあり、陵さんは著書で原爆の犠牲者への言及もあります。そういう面でもふたりは相通ずる部分があったのかもしれません」(夫婦を知る関係者)

麻理乃容疑者の料理をほおばる陵容疑者(麻理乃容疑者のブログより)

 そんな2人が取り入れた“あるがまま”の生活様式が今回の悲劇を招いてしまったのだろうか─。

《その人と出会ってから、私がどんどん解放されていく》

《楽しさも幸せさもぶくぶくふくれあがり》

 夫との出会いをブロブでそう綴っていた麻理乃容疑者。

 死なせてしまったわが子を自宅の庭に埋め、どんな気持ちだったのだろうか。無許可の土葬が“自然”な方法だとでも思ったのだろうか。