行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回はコロナ禍で夫からのDV被害に遭った妻の事例を紹介します。(前編)
コロナのイライラをぶつける先は家族
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、4月7日から発令された緊急事態宣言。完全解除までの約50日間で、外出を好むアクティブ層は我慢の限界に達したのではないでしょうか?
残念ながら、解除後の「新しい日常」も解除前と大して変わりませんでした。自粛要請があろうがなかろうが、です。例えば、接待をともなう飲食店は相変わらず「夜の街」というレッテルを貼られており、昼カラオケは感染者集団「クラスター」の温床。パチンコ店に並ぶだけで後ろ指をさされるし、スポーツジムでは運動中なのにマスクを着用しなければなりません。
このようにコロナ後にため込んだ不満や不安、ストレスのはけ口として始まった「Go To トラベルキャンペーン」。政府は東京の発着をキャンペーンから除外し、予定通り、7月22日からスタートしましたが、やむをえないでしょう。
公私ともに自宅に閉じ込められたステイホーム期間。人間は疲れを回復したり、気分の切り替えをしたり、鬱憤を発散したりする方法を失った場合、どのような反応を起こすのでしょうか? イライラを無限にため込むのは無理なので、「どこか」に向かいます。今回の相談者・森香苗さん(36歳・仮名)の夫は家族に八つ当たりをし始めたのです。一体、何があったのでしょうか?
森和泉(40歳)会社員(年収600万円)
森香苗(36歳)パートタイマー ☆相談者
森武蔵(14歳)中学生
結婚13年、夫から言葉の暴力を受ける日々
「去年まで旦那が帰ってくる22時には息子と私は寝ていました。酔った旦那と鉢合わせるのが怖いので、起きても物音を立てないように注意して……息子はトイレに行けずに我慢しているんです!」
そんなふうに苦しい胸のうちを明かしてくれた香苗さん。香苗さんが筆者の事務所へ相談しに来たのは6月下旬でしたが、その様子は満身創痍。鼻から口までを覆う大きなマスクはコロナ禍で珍しくありませんが、首に巻いた白いコルセットと、顔に浮かぶ黒いクマが痛々しく、筆者が思わず目を覆いたくなるほどの酷いありさまでした。香苗さんは夫、息子さんと一緒に賃貸住宅(契約者は夫)に住んでいる主婦です。
ところで筆者が香苗さんとコミュニケーションをとるのは、その日が初めてではありません。筆者の公式サイトでLINEのIDを公開していますが、香苗さんはそのページを見て筆者を友達に追加し、筆者が許可したのが最初のきっかけでした。香苗さんからの「相談にのってほしいんです!」というメッセージに対し、「まずは事情を教えてもらえますか?」と伝えたのですが……。
「結婚して13年。ほとんど笑い合う家庭を作れていない。耐えられない。死にたい」「息子も旦那が不機嫌にならないように気を遣っている」「私に熱があって洗濯できないのに旦那は寝ている」「死ねという言葉が聞こえた」「“邪魔”、“アホ”、“レベルが低い”。暴言ばかり」「心細くて、身体が震え、涙があふれて、ひとりで泣く日もある」「森(旧姓は藤井)で作った貯金は旦那に渡したくない、絶対に!」そんなふうに恨みや辛み、怒りに満ちたメッセージが1日、40~50通も届いたのです。
何十年と付き合った両親や兄弟姉妹、いちばんの親友ならともかく、初見の筆者が断片的な情報をもとに「行間」を読むのには、さすがに無理があります。読み手への配慮ができないほど、香苗さんは追い込まれていたのでしょうか。今度は「私が障害者手帳を持ったときから必要な要件ぐらいしか話さなくなった。旦那が“お前といると、こっちまで頭がおかしくなる”と言う」「旦那に“私が治らないのは薬のせいだ。あの医者はボッタくりだ”と怒られた」というメッセージが立て続けに届きました。
香苗さんがこんなに難しい人だとは気づきませんでしたが、「もっと詳しいことを聞きたいので事務所までお越しいただけますか?」と伝え、LINEから面会での相談へ切り替えました。
嫌がらせの矛先は息子にも向けられて…
香苗さんとは事務所で初めて顔を合わせたのですが、確かに香苗さんは緑色の精神障害者保健福祉手帳を持っており、中身を見せてもらうと「障害等級3級」と書かれていました。LINEの印象では唾を飛ばしながらマシンガントークを炸裂させる印象でしたが、実物の印象は逆。丁寧で控えめ。ゆっくりした口調で話してくれたので驚きました。
「頭がソフトクリームみたいにとろけそうになるんです!」
香苗さんは自嘲(じちょう)気味に言いますが、2018年4月より、民間企業の障害者の法定雇用率が2.0%から2.2%に引き上げられたと同時に精神障害者が障害者雇用義務の対象に加わりました。
香苗さんは息子さんの育児が落ち着いてきたころから仕事を始めましたが、体調を崩して辞めるという流れを繰り返しており、定職に就くのが難しい状況でした。しかし法改正の恩恵で障害者への配慮が深まったのでしょうか。2年前に徒歩圏内のスーパーにパートとして勤務してからは続いていたようです。心身とも不安定ななかで頑張り、年収80万円を得ていました。障害に苦労しつつも充実した生活を送っているはず……でした。
一方の夫はどんな人物なのでしょうか? 健康保険証によると鉄道会社の子会社に勤めているようです。そして初詣のときの家族写真を見せてもらったところ、スキンヘッドの頭髪に服の上からもわかる鍛え上げられた肉体。筆者は不気味なオーラを醸し出した危険な人物という印象を受けました。
気になったのは、なぜ香苗さんがここまで夫に怯えているのかです。
コロナ前の夫は手を上げることはなくても、妻子へ恐怖を与えるタイプでした。例えば、食器を片づけるときに大きな音を立てたり、香苗さんが入浴中に洗面所のドアを何度も開け閉めしたり、香苗さんの電話が長いとスマホを取り上げ、「返して」と頼むと投げつけたり……。しかし、夫の標的は香苗さんだけではありませんでした。息子さんが使ったティッシュをゴミ箱から出して玄関に散乱させるなど、嫌がらせの矛先はお子さんにも向かっていたのです。
「家にいても心が休まらない日々でした」
香苗さんはため息まじりで言いますが、「不幸せなら態度で示そうよ」という感じで威嚇(いかく)し続ける夫。昼の素面(しらふ)ですら怖いのに、酔った夜の顔はなおさらです。香苗さんと息子さんは昼夜問わず、夫から逃げ続けたのですが、特に息子さんの身体は悲鳴を上げていました。頭皮に500円硬貨ほどの丸い脱毛斑ができるほど強いストレスに苛まれていたのです。外飲みして帰宅した夫はそのまま寝入ることが多かったので事なきを得ていたのですが、コロナにより状況はむしろ悪化したのです。
夫が「家飲み」に切り替えて起きた悲劇
4月に緊急事態宣言が出され、東京都では飲食店に対し、アルコールの提供は19時まで、営業は20時までという要請を行ったのですが、同時に夫の勤務先では飲み会禁止令が発せられたので「飲んで帰る」のは無理。夫は家に帰りたくないから無意味に時間を潰す「フラリーマン」ではないので、寄り道をせず、自宅へ直帰し、外飲みから家飲みに切り替えたのです。そのため、香苗さんと息子さんは夫が帰宅する19時より前に夕飯を済ませ、リビングに避難したそうです。
「また手抜きか。おかずが少なすぎるだろ!」
夫は帰宅早々、冷蔵庫から取り出したビールで晩酌を始めると皮肉まじりに言い放ったのです。香苗さんは家事を済ませ、パートの仕事を終え、くたくたに疲れているなか、3品のおかずを用意したのにひどい言われよう。香苗さんは夫に逆らうのも面倒なので、冷凍庫からシュウマイを取り出し、電子レンジで温め、テーブルに乗せたそうです。しかし、香苗さんの嫌そうな仕草が夫の逆鱗に触れたようで「また冷凍食品か!」と激怒。
「部屋が散らかっているじゃないか!」
さらに夫は一方的に罵声を浴びせると、手に持った箸を投げつけてきたそうです。
酒乱の被害は香苗さんだけでなく息子さんにも。リビングでテレビを見ていた息子さんに向かって突然、「勉強しろって言ってるだろ!」と怒鳴り倒し、息子さんの背中を後ろから蹴り上げたのです。息子さんは勢い余って、顔をフローリングに打ち、鼻血が出たそうです。香苗さんは「何をやっているの!」と言い、2人の間に入ったのですが、夫はますます激高。
「お前のしつけがなっていないからだ! 俺がかわりにやってやったんだろ? 感謝しろ」
夫はそう吐き捨て、香苗さんに馬乗りになって殴り始めたのです。息子さんは命の危険を感じたのか、玄関から裸足で駆け出すと、お隣さんの家のインターフォンを鳴らし、助けを求めたようです。隣人が駆けつけると夫は突然、酔いが覚めたかのように馬乗りの態勢を解除し、
「お騒がせしました」
と隣人に謝ると食卓の椅子に戻ったのです。隣人は気を利かせたのか、「警察を呼びますか」とは言いませんでした。香苗さんは後日、病院に行くと「首の捻挫」と診断されたのですが、頚椎(けいつい)の神経に麻痺が続いたそうです。
「フラフラするので家のこと、仕事のことをするのは大変でした」
香苗さんは泣き出しそうな顔で言います。そして事件当日の残像が脳裏に浮かび、夫への恐怖心に苛まれ、トラウマになり眠れない日々を送っていました。不眠症の症状も相まって、筆者が対面した香苗さんは見るに堪えない姿だったのです。
このように香苗さんは息子さんの機転により命の危機を脱したのですが、筆者はなぜ香苗さん本人が電話をし、警察や両親、友人などを呼ばなかったかが気になりました。
香苗さんが明かした、その理由とは? そして、彼女と息子さんが地獄の日々から抜け出す方法とは──。
※「二重人格」のDV夫から逃げた妻と息子、幸せへの再出発──香苗の場合《後編》に続く
露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/