イラスト/上田惣子

 日本人女性は平均50~51歳で閉経を迎え、その前後5年ずつが「更年期」にあたる。女性ホルモンの分泌が乱れ、自律神経のバランスも崩れてさまざまな不調が現れる。

「尿トラブルに悩む人が増えるのもこのころです」というのは、女性泌尿器外来の関口由紀さん。

「女性ホルモンのエストロゲンが減ることで、血流量やコラーゲンが減少し、尿道機能が低下します。骨盤底筋の筋量も減るので、頻尿や失禁などを起こしやすくなります」

 現在58歳のOさんも、こう悩みを打ち明ける。

「突然、我慢できないほどの尿意におそわれるので、外出が怖くなって……。最近は引きこもりがちです」

 なんともタメ息が出そうな話だが、セルフケアで大きく改善したり、予防することが可能だという。名医が伝授する秘策、ぜひ試してみて。

悩み1.  頻尿でトイレが近くて不快

 健康な人の排尿回数は、日中は3~8回、夜間は0~1回。それ以上の場合は、頻尿である可能性が高い。

「頻尿の主な原因となるのが、“過活動膀胱(ぼうこう)”です。最近では患者さんが増加傾向にあり、40歳以上の8人に1人、12・4%が発症しており、そのうちの6割以上に尿失禁も見られています」と関口さん。過活動膀胱の原因は十分に解明されていないが、加齢による排尿機能の低下、排尿をコントロールする骨盤底筋の衰え、ストレスなどが考えられている。中でも重大な原因は“骨盤底障害”だ。

「骨盤部の靱帯(じんたい)や筋肉が弱くなったり損傷を受けることで、膀胱、尿道、腸、子宮などが本来の位置よりも垂れ下がってしまうことをいいます。すると、神経が過敏になり、尿が十分にたまらないうちに強い尿意が起こるなど、膀胱が不安定になります

 自宅でくつろいでいる場合はなんでもないのに、初対面の人と会うときや会議を控えていたりするとトイレに行きたくなる……。そんな人は“神経性(心因性)頻尿”が疑われる。

「トイレに行きたくなったらどうしよう、と思うだけでも尿意を感じる人が多いです。これは、骨盤底筋や膀胱の異常によって起こるのではなく、あくまで精神的なもの。尿意を我慢しても身体に悪影響を及ぼすことはありません」

過活動膀胱の疑いチェックリスト

2~3か月で、約70%の人が改善

 過活動膀胱タイプの人におすすめなのが骨盤底筋を鍛える“骨盤底筋トレーニング”。これは、すべての尿トラブル対策として有効で、尿漏れや膀胱炎などにも効果的。

「膣と肛門を締めたりゆるめたりする運動です。身体を大きく動かす必要がなく、電車の中や座っているときなどに、人知れずできるので、日に数回、実行してほしいですね」

 2~3か月で、約70%の人に尿トラブルの改善がみられたという。

 神経性頻尿タイプの人に加えておすすめなのが、“膀胱訓練法”。

「トイレに行きたくなってもすぐに行かずに、少しだけ我慢するトレーニングです。尿意を我慢しているうちに、尿をたくさんためられるようになり、排尿回数を減らしていくことができます」

骨盤底筋トレーニングのやり方

【膀胱訓練法のやり方】
 尿意を感じたら、5分我慢することからスタート。1週間ほど続けて、無理なくできるようになったら10分我慢、それを1週間~1か月継続。次は15分……とのばしていく。

「最終的にトイレの感覚が3時間ほどになれば成功ですが、無理は禁物。時間をかけてゆっくり実践を」

悩み2.トイレが間に合わない…尿漏れ

 頻尿よりも深刻な悩みとなりがちなのが尿漏れ。衣類を汚してしまうのが怖くて外出を控えたり、においが相手に伝わらないかと常に不安だったり。日常生活の質を大きく下げてしまう症状だ。尿漏れの主なタイプとしては、まず“腹圧性尿失禁”がある。

「大笑いや咳をしたとき、重い荷物を持ったときなど、腹圧がかかると漏れてしまうタイプ。成人女性の3~5人に1人が悩んでいるとされています」

 その大きな原因が、妊娠・出産。妊娠中は大きな子宮を支えるために骨盤底筋に多大な負荷がかかり、出産時には骨盤底筋や靱帯が必ず損傷してしまう。

「出産前後に尿漏れを起こす人は少なくありません。けれども9割以上は出産後1年以内に治る。1年たっても尿漏れがあるなら、重い“骨盤底障害”である可能性が高いです」

 1年以内に尿漏れが治っても、更年期前後で、潜在していた骨盤底障害が顕在化し、再び尿漏れが起こることが多い。

 さらに深刻なのが“切迫性尿失禁”タイプだ。突然、強い尿意が起こり、あわててトイレに駆け込んだが、下着を下ろす前に尿が漏れてしまう、というような人がそれ。主な原因は、頻尿でも説明をした“過活動膀胱”で、過活動膀胱の人の約6割が切迫性尿失禁をともなっている。

「元凶は下支えする骨盤底筋の衰え。膀胱が不安定になり、尿をもらしてしまいます」

 前述した骨盤底筋トレーニングに加え、ピフィラティスという体操も積極的に行うことで、改善が見込める。

「膀胱炎や膀胱結石、膀胱がんなどの病気がある場合も、尿意切迫感が起こりやすくなります。この場合は、原因となる病気の治療が必須です」

「骨盤底筋トレーニングを正しく行えば、約7割の方の頻尿・尿漏れが改善します。でも、うまくできないという方や、切迫性尿失禁などの重い症状の方におすすめしているのがピフィラティスです

 これは骨盤底筋に加えて、その周辺の筋肉も鍛えることができるエクササイズ。身体をリズミカルに上下するパルス運動という動きを取り入れることで、従来の骨盤底筋エクササイズよりも35・7%も筋肉の収縮がアップ!

 1日5~10分行うことで、過活動膀胱の人の約80%が、手術が必要とされた重度の腹圧性失禁の人の約70%が、大幅に症状が改善したというデータもある。

ピフィラティスのやり方

悩み3. 50代からも増加する膀胱炎

 尿道から細菌が入り、膀胱の粘膜が炎症を起こすことを“急性細菌性膀胱炎”といい、排尿時に痛み、残尿感などの症状がある。性交渉が原因となることが多く、20代女性に多くみられる病気だが、50代でも増加してくるという。

「閉経後、エストロゲンが減少すると、細菌の繁殖を防ぐ自浄作用の力が弱くなります。疲労で免疫力が低下すると、細菌が増殖して発症しやすくなります」

 予防のためには肛門を清潔に保ち、疲れをためず、疲れているときは性行為を避ける、などを心がけて。医療機関で処方された抗菌薬を服用すれば3~7日で細菌はいなくなる。

「痛みや違和感が消えたら、前述の膀胱訓練を行って。膀胱炎後に起こりやすい過活動膀胱を予防することができます」

「膀胱炎かな?」と医療機関で尿検査をしても、細菌が見つからない場合は、“間質性膀胱炎”が疑われる。

「膀胱の“間質”という場所に炎症が起こる病気で、一般的な膀胱炎と似た症状があり、頻尿の悩みもともないます」

 これは、膀胱の内側の粘膜が弱まり、たまった尿が膀胱の間質という場所にしみこむことで炎症が起こるもの。

「原因ははっきりとわかっていません。対症療法として抗うつ剤や抗アレルギー薬、また膀胱を拡張する治療法などを行います。私のクリニックでは同時に膀胱訓練法も行います」

カフェインは避けるのがベター

「パンツを汚したくない、いつもきれいでいたい……そんな気持ちから1年中、おりものシートをしたり、排尿のたびにウォシュレットをするような人は要注意です」と関口さん。膀胱炎のほか、頻尿、尿もれなどの下半身の病気を招きやすくなるのだという。

「本来、外陰部は湿っているのが正常な状態。これを嫌ってカラカラにしようとすれば、陰部は傷つきやすく、細菌が繁殖しやすくなります。おりものシートなどの化学繊維も、外陰部に負荷をかけがちなので、使用は最小限におさえましょう」

 また尿トラブルを抱えている人は、膀胱の粘膜が弱い傾向にあるので、粘膜を刺激するようなカフェインも避けたほうがベター。利尿作用も高いので、水分のほとんどをコーヒーや紅茶で摂取しているような人は頻尿を招く場合も。

「美容を意識して、水分を過剰にとる人がいますが、膀胱に過剰な負荷がかかるので気をつけてください」

【生活習慣を改善して尿トラブルを遠ざけよう】

 尿トラブルのカギともいえる“骨盤底筋”とは、骨盤内にある膀胱や腸、子宮、卵巣、膣などの臓器を、落ちないように支えている筋肉群のことを指す。加齢とともに衰える傾向があるが、出産経験や生活習慣も大きく関係してくる。

「妊娠出産は骨盤底筋を大きく傷つけます。1年ほどで傷は癒えるのですが、出産経験がない人に比べれば、痛みやすい傾向に。猫背やそり腰などの人も腹圧を高めて、骨盤底筋に負担がかかりがちです」 

 姿勢を正し、おなかに負荷がかかりそうなときは、骨盤底筋を締めて、さらに上にグッと引き上げるよう意識して生活するのがポイント。

【骨盤底筋を衰えさせる悪習慣に注意!】
1.猫背
 背中が曲がっておなかに腹圧がかかり、骨盤底筋に負担をかけてしまう。
2.反り腰
 胸を前に突き出し腰をそらせた姿勢。腹圧が高まり、骨盤底筋への負担は大。
3.腹筋運動(足を伸ばして行う場合)
 腹圧が大きく高まり、骨盤底筋を下に押し下げる原因となる。
4.トイレで反り返った姿勢でいきむ
 背筋を伸ばしていきむと、骨盤底筋まで下に押し下げる。前屈みの姿勢がおすすめ。
5.重い荷物を持つとき
 おじぎをするように持ち上げるのではなく、ひざを曲げて、腰を落として持ち上げて。
6.電車で間仕切りに寄りかかって座る
 座るときに背筋が伸びていないと、呼吸のたびに骨盤底筋に腹圧がかかってしまう。

(取材・文/樫野早苗)


【PROFILE】
関口由紀さん ◎女性医療クリニックLUNAグループ理事長。女性泌尿器科医。婦人科・女性内科・女性泌尿器科・乳腺科・皮膚科などを総合的にみる「女性医療クリニック・LUNAグループ」を展開。著書に『自分で治す!頻尿・尿もれ』(洋泉社)など。