高額なのに、なぜ「スタバのコーヒー」を買ってしまうのか?

他社より高額にもかかわらず、日本一売れている「スターバックスのコーヒー」。なぜ消費者はほかの安価なコーヒーチェーンではなく、スタバを選ぶのか? イオンやマツキヨなど大手企業の「ブランド再生」に貢献した乙幡満男氏による新刊『ブランディングが9割』より再構成してお届けする。

 同じ商品でも、売っているお店によって価格が違うことはよくあります。同じものなら当然、価格が安いほうがいいはずなのに、値段が少し高いほうのお店で買ったという経験はありませんか?

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 例えば、最新の一眼レフのカメラをインターネットで買おうとしたとき、アマゾンでは8万2000円で、楽天では8万円だったとします。あなたならどちらのECサイトでカメラを購入しますか? 「2000円安いなら、当然楽天で買う」という人もいれば、「いやいや、2000円高くてもアマゾンで買う」という人もいるでしょう。

 ここで考えてほしいのは、「2000円多く出してでもアマゾンで買う」という人にとって、2000円を多く出す「理由」はいったい何なのか?ということです。

人は「価格」だけで商品を選ばない

 その理由はいくつかあるでしょう。例えば、ポイントが付いたり、返品ができたり、配送が早かったりといった機能的な理由や、サイトのデザインがオシャレだからとか、アマゾンが好きだからなど(もちろん楽天のほうが好きという人もいると思いますが)、感情的な理由も考えられます。

 つまり、いかなる理由にせよ、その人にとってアマゾンは2000円多く出す「価値」があるということです。

 それは、何もECサイトに限ったことではありません。みなさんがよく飲むコーヒーですが、場所によって売っている価格が違いますよね。

 私は、セミナーでこんな質問をすることがあります。「1つは、スターバックスのロゴが紙コップに印刷されたコーヒー。もう1つは、ドトールのロゴが紙コップに印刷されたコーヒー。両方とも同じ豆のコーヒーが注がれていたとします。サイズはいずれもS(スタバではShort)だと仮定して、それぞれ値段を付けるならいくらになりますか?」

 セミナーでは、多くの人がスターバックスを300円(実際は税抜290円)、ドトールのコーヒーを200円(実際は税抜204円)と回答し、実際の価格とあまりズレがありません。

スタバの強みは「ブランド価値」

 そこで私はさらに質問をします。

「では、ドトールよりもスターバックスのコーヒーを選ぶという人は、なぜ100円も余分にお金を出してコーヒーを飲むのでしょうか?」

 ここで考えてほしいのは、100円余分に出す「理由」についてです。その理由について聞くと、「スターバックスのコーヒーを飲んでいると優越感を味わうことができる」「スターバックスは完全に禁煙だから」「ドトールは少し雑多な感じがして落ち着かない」など、さまざまな答えが出てきます。

 スターバックスを選んだ人にとって、スターバックスというブランドが付いているだけで、ドトールより100円ほど高い「価値」があるというわけです。個人差はありますが、お客さんは、優越感に浸ったり、雰囲気を味わったりするという「価値」に対して100円余分に払っているのです。

 つまり、アマゾンに支払う2000円もスターバックスに支払う100円も、モノやサービスがほぼ同じでありながら、多くお金を払う「価値」があるということです。これこそが“ブランドが効いている証拠”であり、強いブランドには必ずこの「価値」があります。

 そして、この余分に支払っているブランドによってつくられた「価値」の部分が、ブランドの“プレミアム”部分になります。「この『価値』に対してなら多く払っていいという金額」のことを、価格プレミアムといいます。

(図表:『ブランディングが9割』より)/東洋経済オンライン

 ブランド力のある商品を高く売ることができる理由は、この高く売る「価値」の部分を、長期間にわたってしっかりと築き、お客さんに訴求し、お客さんもそれに納得することができているからなのです。

 ブランドにとって重要なことは、ブランディング活動を通じて、「価値」の部分をつくり、維持し、高めていくことです。同じような商品やサービスでも、「いかにブランドの力を利用して高く売っていくか」が、明暗の分かれ道となります。ブランド力をつければ、同じ価格だった場合の選択でも、有利になります。

値下げはブランド毀損につながる

「売り上げを伸ばしたいから、値下げをしてでも販売数量をもっと伸ばしたい!」という思いから、簡単に値下げするケースが多く見られます。

 これはどういうことか。

「1万円の服が次の日に5000円になっていた」というような経験をしたことはありませんか? そんなときは、「がっかりな気持ち」になるでしょう。この「がっかりな気持ち」にさせてしまうことが、ブランドの信頼を損ない、ブランドの価値を毀損してしまうということなのです。

 もちろん、洋服などは季節的な要因や在庫の兼ね合いもあるのですが、そもそもセールをしないと売れないのは、その商品をその価格で売る「価値」がなかったということです。

 もし、値下げをしないと売れないのであれば、それはお客さんがその金額を出してでも買いたいと思わなかったことになります。つまり、そもそもその商品にその価格で売る「価値」がないか、「価値」そのものが伝わっていないかのどちらかであると言えます。

 強いブランドは値下げをしません。例えばルイ・ヴィトンは、値下げやセールを一切しないことで有名です。ブランド毀損になることがわかっているからです。

 値下げをしないのは、何も高級品だけとは限りません。アメリカのトレーダー・ジョーズというスーパーは、毎日同じ価格で販売する(EDLP:Every Day Low Price)という手法を採用しています。いつも値段が変わらないので、「がっかりな気持ち」にさせることがありません。

 しかも、お店の雰囲気を陽気なハワイアン風にしたり、オリジナル商品を開発して人気を得るなど、競合店に負けない「価値」をつくり続けています。ただ安いだけでなく、食料品スーパーとしてつねに魅力的なのです。

安売りでお客のハートはつかめない

 あるスーパーがチラシで告知をして、特売をしたとします。牛乳が100円、玉子10個が50円だとしたら、多くのお客さんが訪れるでしょう。

では、チラシの特売で来たお客さんは、そのスーパーのどんな「価値」によって来たのでしょうか?

 そのお客さんはおそらく、競合がもっと安い価格で特売をしたら、競合店に行ってしまうでしょう。「安売り」でお客さんをつなぎとめることはできないのです。

「じゃあ、『安さ』を全面に押し出しているドン・キホーテはどうなのか 」と思うかもしれません。総合ディスカウントストアのドン・キホーテは、確かに自らを「驚安の殿堂」と呼んでいます。

『ブランディングが9割』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

 ですが、決して「価格が安いだけのお店」ではありません。お客さんをつなぎとめているカギは、「宝探しをするような買い物の楽しさ」です。何度行っても新しい発見がある楽しさは、お客さんにとってとても魅力的でしょう。これがドン・キホーテにとっての「価値」になります。「価格の安さ」も1つの要因なのは否定しませんが。

 安易な安売りでお客さんをつかみ続けることはできません。お客さんが納得する「価値」を探し出し、その「価値」に共感してくれる人にしっかり訴求していくことが重要です。

 安易な値下げはブランドを毀損してしまいます。値下げは最後の手段です。値下げをする前に、「売れない原因は何か」を考えて対策を取ることが必要です。


乙幡 満男(おとはた みつお)株式会社ブランドテーラー代表取締役
1974年生まれ。日本マーケティング学会会員。日本ブランド経営学会会員。大学卒業後、メーカーにて商品開発を担当。ブランド全体の売上・利益向上に貢献し、世界最大手のブランドコンサルティング会社が主催する「Japan Branding Awards」2018年最高賞受賞に導く。2018年にブランド開発及び商品開発のコンサルティング会社を創業し、現在、大手流通やメーカーなど様々な企業のブランドコンサルタントとして活動中。セミナーや執筆活動も行っている。