相撲部屋のおかみさんの仕事とは……(写真はイメージです)

 観客を一部入れての大相撲7月場所が無事に終わった途端、相撲界が大きく揺れている。

 場所中に、幕内力士の阿炎がキャバクラ通いをしていことがわかって休場に。相撲協会は新型コロナウィルス感染予防のためにこの間、相撲部屋の力士や親方など全員に外出自粛を求めていた。阿炎は4日までに引退届を協会に提出。出場停止3場所+5か月間50%の報酬減額という懲戒処分となって、ファンの間では賛否両論あったものの「これから頑張れ」の声が大きい。

 引退を求める声も少しはあったが、大方の相撲ファンは厳罰を求めていなかった。ここ数年、何か騒動が起こると即引退が続き、そうした流れに疑問を感じているファンが多いのではないだろうか。

たまたま相撲部屋の
師匠と結婚しただけ

 そして「日刊スポーツ」が5日、茨木県龍ヶ崎市にある「式秀部屋」から9人の力士が脱走したと報じて、こちらも大きな衝撃を与えた。9人は4日、カラオケボックスに逃げ込んで相撲協会の通報窓口に連絡。おかみさんの行き過ぎた指導に我慢の限界を超えたと話していたという。

 そもそも通報窓口は2014年、日本相撲協会が公益財団法人になる際、相撲部屋で問題が起きた際の受け入れ窓口として設置されたものだ。相撲協会では全力士に向けて度々、研修会を開き、何か問題が起こったときには「相談、報告、通報」がコンプライアンス順守のために大事だと言ってきた。今回はそれの一応の結果だろうと評価したい。問題がもっと深刻になる前に通報されたのだから。

 とはいえ、あれ?と思ったことがある。おかみさんが厳しく指導したというのも、今年に入ってから式秀親方の体調がすぐれず、本場所も休み、稽古の指導も出来なくなったからというのだ。そういう場合、一門(稽古を共にしたり、土俵づくりを手伝い合ったり、冠婚葬祭を共にしたりする、人脈的な派閥)の親方が来て、指導をしてくれたりはできないのだろうか? 

 相撲部屋には師匠のほかに「部屋付き親方」という人たちがいる場合がある。たとえば式秀部屋は出羽海一門だが、一門の中心である出羽海部屋には師匠のほか、以前こちらでインタビューさせてもらった高崎親方や(『力士がコロナ陽性でも、相撲協会が5月場所を簡単にはあきらめない理由記事参照)、中立親方、出来山親方がいる。そういった方々に指導に来てもらうことは難しいのだろうか? 

 もちろん、今はコロナ禍で難しいのはわかる。でも、式秀部屋には部屋付き親方はおらず、指導者が師匠1人しかいないのだから、オンラインでも指導するというのは難しかったろうか? まずは何より、式秀親方はそういう依頼をしたんだろうか? さらに一門だけでは難しいなら相撲協会が動いて、相撲教習所で新弟子たちの指導に当たる指導員にお願いするというのでもいいのでは? 師匠不在でおかみさんが指導というのはおかしいだろう。相撲協会はこうした危機管理をしていないのだろうか?

 そもそも、おかみさんはたまたま相撲部屋の師匠となった男性と結婚していた、に過ぎない。もともと、相撲協会員でもないのだ。

式秀部屋のおかみさんの印象

 私は以前に週刊誌の企画で「おかみさん座談会」を数回開いたことがあったが、そこで伺ったところでは、「おすもうさんとは結婚したものの、まさか夫が相撲部屋の師匠になり、自分がおかみさんになるとは思ってもいなかった」と全員が言っていたのだった。

 特別に相撲部屋に於ける弟子の指導方法を教わっているわけでもなければ、実はおかみさん間の交流というのもめったになくて(座談会のときに初めてお会いしました!という方がほとんどだった)、指導方法を相談し合うこともない。「(同部屋の)先代親方のおかみさんに相談することはある」というが、昔と今では育成方法に大きな違いがある。

 渦中の式秀部屋のおかみさんも、座談会でご一緒した。

 座談会に集まったほかのおかみさん方は、式秀のおかみさんからしたら先輩格にあたる人たちだったが、式秀のおかみさんは臆することなくハキハキと物を言い、自分なりの考えを発言していた。なるほど相撲部屋のおかみさんとはこれぐらい堂々としていないと、若い、腕力のある男の子たちになめられちゃうんだなぁと思ったのを覚えている。

 そのときに式秀のおかみさんが、

「うちにはサポートしてくれる若い弟子が2人いて、部屋頭の子と3人で協力してくれて動かしています。失敗などしたときにはLINEで注意しますが、インパクトのあるメッセージを書くようにしています。主に人として大切なことやお客さまへの感謝の気持ちを忘れないようにと、モラルハラスメントにならないよう気をつけて教えています」

 と言っていた。

 式秀部屋には19人弟子がいる。関取はおらず、序ノ口、序二段、三段目の力士たちで、親方の指導方針は「明るく楽しく元気よく」と、優しい印象を受ける。おそらく、おかみさんはバランスをとって親方のぶんも日ごろから若い彼らに幾分厳しめな言葉であれこれ指導していたのだろう。

 少し前に映画配給会社「アップリンク」の65歳の社長が、20代~30代前半の若い元従業員たちにパワハラで損害賠償を求めて東京地裁に提訴された。良質な映画を届ける配給会社というイメージの「アップリンク」だけに驚きだったが、社長はたびたびパワハラだと社員たちから指摘されていながら、何がパワハラか理解できず是正されることはなかったという。

 もしかして、式秀おかみさんも若い力士たちに「おかみさんモラハラですよ」と指摘されながら、それが理解できずにいたかもしれない。年代の差などで、そうした感覚には大きな開きがあるのは、この社長の例でもわかる。かつては当たり前だったことが、今は違う。LINEの言葉をよかれと思って敢えてインパクトある言葉にしていたというのも、LINEはだいたい用件のみ手短に、ゆるふわ表現&スタンプ多用な若い世代からしてみたら、びっくり!なものだったかもしれない。

 若い9人の力士は相撲協会が仲裁に入って部屋に戻り、今後は協会、親方も交えて話し合いを続けていくそうだが、こうした問題でいちばん大事なのは情報公開。両者の立場の声を明らかにすることで、外部からの意見も受け取りやすくして、理解を深め合っていってほしい。おかみさんは今、自分がしてきたことを否定されて混乱の中にあるだろうが、式秀部屋からの公式見解も早めにしてほしいと願う。

相撲部屋のおかみさん業

 それにしても、おかみさんは大変だ。おかみさん座談会で聞いた話で驚いたのは、以前は「おかみさんは本場所を見に行ってはいけない」とされていたということ。最近は少しユルくなってきたそうだが、誰が作ったかわからない「しきたり」で、さんざん働かせて表舞台は見せませんって、それなんだ? と驚いた。

 なにせ、おかみさんが担う仕事は本当に膨大だ。相撲部屋の経営面を総括しながらの経理から(日々の銀行通いは欠かせないそう)、後援会の管理、いただき物へのお礼状などの事務仕事全般。

 これだけでも丸一日潰れそうだが、細かいところでは力士は髷をびん付け油で結うので髪の毛がべたべた。布団がすぐにダメになるので「貸布団」を使う場合が多くて、そういう管理もおかみさんの仕事と聞いて、これまた驚いた。「学校にいる用務員のおじさんみたいになんでもやる」と言ってたおかみさんもいて、電球の交換とか、テレビの配線といったこともおかみさんがやる。

 指導、という面においてはお客さまへのお茶出しの作法や私物の整理整頓について、あらゆる生活面についても教える。洗濯は力士たち自身でやるが、若い子はちゃんと干すことができないので教えたり手伝ったり。ちゃんこ作りを手伝うおかみさんもいる。そういうときに悩みを聞くといった交流も、もちろん欠かせない。この交流だって、若い力士からしたら「うざい」とか言われる場合だったありそうだし、やれやれ大変だ。

 相撲部屋のおかみさん、というと千秋楽パーティーや昇進パーティーなどできれいな着物を着てしゃなりしゃなり、という印象を抱くかもしれないが、よく見ていればそういうパーティーでも次々、挨拶まわりりに忙しく、息つく暇さえない。終われば、お礼状を書かなくちゃいけないし、親方に稽古で叱責された力士をなだめ、顔色を見ては病気ではないか? と心配をする。

 何ひとつ安定していない立場で重責を担わされているおかみさん業。最近は部屋付きマネージャーさんがいる場合も多いが、大変さはあまり変わらない。それでもおかみさんたちは「若い力士の頑張りに逆に励まされる」とか、「辞めた子が訪ねてくれてお礼を言われるとうれしい」などと、けなげに頑張る。まるでやりがい搾取みたいになっているのが現状だ。

 立場的に脆弱な中で、おかみさんたちは重責を担わされている。誰も監督責任を負ってくれないし、指導者としての教育も受けない、ましてや相撲経験などない。ただ、夫が始めた商売(?)に寄り添い、ともにのれんを守ります! という覚悟を強いられる。

 昨今の新しい夫婦像(『コロナが変えた家庭の中にある「父親のカタチ」、クレラップのCMに強い共感記事参照)に共感する人たちからしたら、なんとも時代錯誤も甚だしい。大相撲界の紅一点、おかみさんの在り方はあまりに旧態依然としている。今回のことで、そうした点がクローズアップされ、少しでも改善されたら怪我の功名になる。


和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。