行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回はコロナ禍でのリモート婚活で起きたトラブル事例を紹介します。(前編)

※写真はイメージ

 新型コロナウイルスの感染者数は緊急事態宣言を解除して以降、東京都で8月1日に472人と最多を記録しており、長期戦の様相を呈しています。

 コロナ不況による収入減、感染対策による外出自粛、そして互いが互いを疑う人間関係……もしも会社が倒産して給料が途切れたら、コロナに感染してホテルに隔離されたら、そして入口で消毒しない人と触れたらどうしよう。そんなふうに「いつ何があるか分からない」という妄想にとりつかれ、何も信じることができず、疑心暗鬼に陥ったらどうでしょうか。誰かと話したい、頼りたい、守ってほしい……孤独であればあるほど「誰か」を求める傾向がありますが、特に独身の女性は顕著です。不安な時代には結婚ビジネスが流行ります。

コロナパニックで登場した“リモート婚活”

 コロナ禍での異常な生活が「いつまで続くのか」という不安は彼女たちの結婚願望を助長しますが、今回の相談者・小島愛里さん(32歳・仮名)もその1人です。花嫁姿を見せたい、孫を抱かせたい、そして何より安心させたいと思っていたのですが、愛里さんの両親はどちらも手術歴があるなど健康上の不安を抱えており、いつまで健在かわからないので、余計にその気持ちは強かったようです。しかし、ある男が愛里さんの純粋な気持ちにつけ込んできて……。一体、何があったのでしょうか? きっかけはリモート婚活でした。

「彼に騙されたみたいなんです! 話を聞いてもらえますか?」

 筆者は公式サイトでLINEのIDを公開していますが、愛里さんが筆者のところへLINEのメッセージを送ってきたのは7月。『リモート婚活』とは婚活サイトで利用できるツールの1つです。いわゆるテレビ電話と同じで、自分と相手をオンラインで結びます。

 婚活サイトでは住所や出身地、年収や業種、趣味や好みのタイプなどを登録し、異性からのアプローチを待ったり、自分からアプローチしたりして接点を持ちます。最初はサイトの中でやり取りをしますが、途中からLINEのIDやメールアドレス、携帯番号などを教え合い、サイトの外へ移行します。そして最終的には直接会い、交際に発展するという流れです。

 コロナパニックでラブラブなデートを楽しむことがままならない状況で、リモート婚活は一気に普及しました

 相手の顔が不鮮明だったり、音声が遅れたり、動きがギクシャクするようでは会話に集中できませんが、画質や音質も優れており、男女の顔合わせに十分、耐え得るレベル。「平均3か月以内に恋人ができています」。愛里さんはフェイスブック上で、こうしたキャッチコピーがついた広告を発見。しかも、コロナ感染拡大前は3か月間9000円の料金が、緊急事態宣言発令後は3000円と3分の1に割引されている模様。

「コロナで相手と直接会うことは難しいので迷っていました」

 愛里さんは当時の心境を振り返りますが、コミュニケーションが主に文字であるメールやLINE、婚活サイト内のメッセンジャーと比べ、リモート婚活は顔を見て、声を聞き、身振り手振りを交えることができるので相手との距離を縮め、信頼を得て、「直接会えたらいいな」と思わせる効果が期待できます。

「これなら大丈夫かなと思いました」

 多数と多数が同時に会話をする合コン形式が苦手な愛里さんも、1対1のリモート婚活なら。そう思い、軽い気持ちで試してみることにしたのは4月。どのような魂胆の男たちが登録しているのか露も知らずに。

愛里さんが結婚を急いだ理由

 愛里さんがリモート婚活で知り合ったのは長尾俊太(36歳・仮名)。プロフィールによると信州大学を首席で卒業し、外資系金融機関に就職。現在は独立し、資産額が一定以上の富裕層の顧客を対象に、総合的に資産の管理や運用を行うプライベートバンクを経営しており、年収は1600万円。さらに東京オリンピックを見越して都内に複数のマンションを所有しているといいます。

 このように彼の国立大学という学歴は輝かしく、外資出身という経歴もきらびやかで、何より1000万円超という高収入は魅力的。もし、リモート先の彼の容姿がよれよれのTシャツに無精ひげ、ぼさぼさの髪だったら愛里さんも「プロフィールは嘘なんじゃ……」と怪しんだでしょうが、実際は高級そうなジャケットに仕立ての良いYシャツ。そして眼鏡をかけていて知的に見えたので、愛里さんはおかしいと微塵(みじん)も思わなかったのです。

「先生に相談したら、郵便物が届くこともありますか? ビニールに入れて送ってほしいんですが……」

 と、愛里さんは不思議なことを言います。筆者への相談料を前もってクレジットカードで支払ってくれたのですが、領収書の発行が義務付けられています(行政書士法施行規則10条)。愛里さんは事務所での面談ではなく、LINE電話での相談を希望していました。そのため、領収書を郵送で送るつもりでしたが、なぜビニールに入れなければならないのでしょうか?

 愛里さんは父親、母親と一緒に築60年を過ぎた実家で暮らしていました。そんな中、襲ってきたのが昨年の台風19号。未曽有の大雨、強風に耐え切れず、屋根の大半が損壊してしまったそうです。スレート葺きの屋根をすべて新しくするのに必要な費用は300万円超。もちろん、罹災証明書の対象なので支援金は支給されるのですが、全額ではありません。それ以降も次々と台風が発生しており、また別の台風で新しい屋根が破損する可能性もあります。

 なぜなら、屋根以外の部分も古いままで、建物は傾き、外壁は崩れ、水道管は壊れた状態だからです。そのため、父親は屋根の本格的な補修をせず、ブルーシートをかぶせるだけで当座をしのごうとしたのです。とはいえブルーシートがすべての雨をはじいてくれるわけではなく、いまだに雨漏りは続き、雨の日はあちらこちらにバケツを設置するありさま。そのため、筆者からの領収書もビニールに入れなければ濡れてしまうというわけ。

両親とも病に倒れ、預貯金を食いつぶす日々

 しかし、父親が屋根を補修しなかったのは他にも事情がありました。愛里さんが結婚を急いだ理由の1つは父親の存在です。

「父を安心させたい気持ちもありました」

 愛里さんは声を震わせて言いますが、父親が仕事中に倒れ、救急車で運ばれ、緊急手術を受けたのは2年前。診断は大腸憩室(けいしつ)出血。手術中に生死を彷徨(さまよ)いましたが、手術は成功。かろうじて一命をとりとめたのです。

 しかし、術後も高血圧は相変わらず。さらに血尿も続いたので仕事に復帰することは難しく、勤務先の会社を退職せざるをえなかったのですが、当時はまだ56歳。60歳で厚生年金を繰り上げで受給するにしても、まだ4年も残っています。医療費は保険でまかなったものの、手持ちの預貯金はわずかに500万円。定年まで勤め上げれば1500万円に達したはずの退職金は1200万円に減ってしまいました。両親は年金を受給するまで口座の残高(預貯金+退職金)を食いつぶしながら糊口をしのぐ日々を強いられたのです。そんな矢先に襲ってきたのが昨年の台風。老後資金のさらなる減少を恐れ、屋根の本格的な補修に踏み切れずにいたのです。

 このように父親は血管から内臓までボロボロの状態でしたが、いくら父親が満身創痍でも、せめて母親が元気なら愛里さんも正気でいられたでしょう。結婚を急ぐ2つ目の理由は母親の存在です。

「母のことも心配で、このままじゃいけないって……!」

 愛里さんは声を詰まらせますが、父親が退院して安心したのも束の間。今度は母親ががん検診に引っかかり、精密検査をしたところ、直腸がんと診断されたのです。担当医は「手術してみないとわからない」と言い、愛里さんの不安は増すばかり。

 そして母親は手術を受けるため、2週間の予定で入院したのですが、今まで料理や掃除、洗濯を一手に担ってきたのは専業主婦の母親でした。退院したばかりの父親に無理をさせるわけにはいかないので、家事を引き受けるのは消去法で愛里さんしかいませんでした。母親の手術は無事に成功したのですが、術後は化学療法が待っていました。放射線や抗がん剤の治療は副作用が大きいので、最初の1か月(2週間×2回)は入院することを勧められたそうです。

 2か月目からは通院に切り替えたのですが、皮膚障害を発症し、吐き気がひどく、食事が喉を通らない様子。この時点でかなり顔色が悪く、やせ細っており、だいぶ弱っていたのですが、一方の愛里さんも毎日、仕事でクタクタになって帰宅してから、父親のために食事を作り、3人分の衣服を洗濯し、翌朝には各部屋に掃除機をかけるという繰り返し……。身体的にも精神的にも疲れ切っていた中、追い打ちをかけたのが新型コロナウイルスでした。

いつ仕事を失うか、極度の不安に襲われる

 4月といえば、内臓に疾患を抱えていたり、身体にがんを患っていたりする人がコロナに感染した場合、それ以外の人に比べ、重症化しやすいというニュースが報じられた時期です。

 5月まで会社から在宅勤務を命じられ、リモートワークに励んでいた愛里さんも6月以降は出社を認められ、電車通勤を再開したのですが、「感染経路が不明」の感染者は日に日に増えるばかり。

「もし、父、母に感染させたら……取り返しがつきません!」

 そのため、愛里さんは帰宅すると手を洗い、うがいをし、衣服をはたくだけでなく、在宅中もマスクを着用するなど窮屈な生活を強いられたのです。愛里さんは神経質にならざるをえませんでしたが、そんなふうに戦々恐々とする日々を送っていたのです。

「私だって、いつどうなるかわからないんです!」

 愛里さんは不安そうに言いますが、彼女の職業はスポーツクラブの本部で働く派遣社員。かろうじて3月末までの契約を更新されたものの、一寸先は闇。事実、愛里さんの勤務先の業績は急激に悪化していました。緊急事態宣言による自粛要請で各クラブは営業できず、宣言が解除されてクラブが再開しても感染を恐れ、退会する会員が続出。先が見えないコロナ不況下で愛里さんも次回の派遣契約を更新してもらえる保証はありません。いつ仕事を失い、収入が途絶えてもおかしくはないという極度の不安と隣り合わせでした。

 精神的にも身体的にも追い詰められた中、出会ったのが長尾俊太だったのです。

【婚活トラブル】国立大卒・年収1600万円の“運命の男性”が一夜にして豹変《後編》に続く
(後編は8月16日22時00分に公開します)


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/