新型コロナウィルスの影響によって、「テレワーク」をする機会が増えている人は多いのでは――。「背景はどうしたらいい?」、「画面に映らないためパンツはパジャマでも問題ない」など、「テレワーク」にともなう“新しい生活様式”が問われ始めている一方で、どこまで気にするべきか分からない人も少なくないはず。
今回、9月3日に『超基本 テレワークマナーの教科書』(あさ出版)を上梓するマナーコンサルタントである西出ひろ子先生と、『最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方』(サンクチュアリ出版)など多数のコミュニケーションにまつわる著書を持つ、明治大学教授・言語学博士の堀田秀吾先生の緊急リモート対談を実現! マナーは「作るもの」へと変わる――。二人のスペシャリストが「テレワーク」時代のヒントを授ける。
「ルール」と「マナー」は違う
堀田:大学もオンライン授業に切り替わり、慣れない作業に僕らも四苦八苦しながら授業を進めています(苦笑)。今日は、ネットニュース上でも著書が話題となった西出先生にいろいろとお聞きできるとあって、楽しみにしていたんですよ。
西出:こちらこそリアルな現場を知る堀田先生とお話ができるとあってワクワクしています(笑)。四苦八苦と仰いましたが、オンライン授業のどのような点に苦労なさっていらっしゃるんですか?
堀田:例えば、「『顔出し』を強制させてはいけない」という大学側のルールがあります。自宅はプライベートな空間なので、それが映し出される顔出しはプライバシーの侵害に当たるため、顔を出さないことを認めなければいけないのですが、生徒がきちんと授業を受けているかが分からない。顔を出していない学生の中には、「すみません、今日の授業は寝ていて聞いていませんでした」と告白してきた子もいたくらいです。これには困りましたね。
西出:ビジネスマナーの観点から考えると、属している大学の規則に従うのが、やはりマナーとしては前提になってしまう。その前提に則った上で、先生と授業に参加する学生さんたちが、ルールを作っていくことが望ましいのかなと思います。寝ていないこと、きちんと授業を聞いていることを確認するために、定期的に拍手機能を使うなどして学生との意思疎通を図るなどはどうでしょう?
堀田:なるほど……僕もいろいろ試していて、「顔を出さない代わりにノートを提出しなさい」と告げたところ、突然顔を出す学生が増えました(笑)。とは言え、強制的なルールを敷いてまでやる必要がなるのかなと。ルールとは違い、マナーってお互いの配慮の気持ちだと思うんですね。
西出:その通りです! さすが!
堀田:学校側としては、学生たちのプライバシーを守るために配慮している。であれば、顔を出さずに授業を受けている学生たちには、どういった配慮があるのでしょうか。
西出:マナーは、“相手の立場に立つこと”です。学生たちに、先生の立場を想像させることは大事だと思います。必ずしも先生の立場ではなくても、自分がサークルの幹事をするなどでも構いません、自分が司会進行の立場にいると想像したときに、どんなリモートだったら心地よいか――それを考えてみることがマナーの第一歩。
堀田:学生たちと一緒に考えてみるのは面白そうですね。リモートによってコミュニケーションの形も変わりました。“顔を見せない”ということは、表情だったりリアクションだったり言葉以外の情報である「非言語情報」がなくなるため、何かと伝わりにくい。ともに解決しようと呼びかける姿勢は必要かもしれない。
西出:マナーコミュニケーションの授業なんてどうですか?(笑) 学生たちがどう考えているのか、みんなで考える。堀田先生だったら、絶対に盛り上がると思うんだけどなぁ。
――効果音を使うなど、学生を飽きさせない画期的な授業スタイルが支持され、「明治一受けたい授業」にも選出された堀田先生の授業。しかし、オンラインになったことで、今までのように「盛り上がらない」のも悩みの種だと明かす。
会話を盛り上げるためには
西出:やはり、進行役であるファシリテーターが盛り上げるということが大事だと思います。会議や授業でオーバーなリアクションをする=失礼なこと、と思う方もいるかもしれませんが、対面のように話しても伝わりません。
堀田:アメリカ人くらいオーバーなリアクションをするしかない?
西出:そう! “伝える”“伝わる”ことが相手を思う気持ちにつながります。そして、オンラインは悪いところばかりではなくて、良い点もあります。自分の姿が見えるため、自分の表情や身振り手振りを確認することができる。自分を知ることにもつながるんですね。
堀田:自己表現の訓練の場として割り切ってみるのは面白いかもしれない。たしかに、「スマホなどで自撮りをし続けると、自分に対してポジティブになれる」というカリフォルニア大学アーバイン校の研究もある。自分の姿が見えることを利用するのはアリですね。
西出:自分がどんな表情で相手に意思や気持ちを伝えているのか。それを知ることは、面接などにも活かせると思います。
堀田:もっとうなづいてくれるだけでもいいんです。リアルの授業よりもはるかにリアクションが薄いため、伝わっているのか不安になる。リアルの授業では、目があったり、話を振ったりすることで、教室に活気が生まれていくこれまでとは一変して、相手のリアクションがないため盛り上がらない(苦笑)。“誰かがするからいいだろう”という「傍観者効果」も働いて行動せず、熱が生まれづらい。
西出:話す側のマナーばかりが取り上げられていますが、堀田先生が仰るように、聴く側のマナーや気持ちに関して、十分に語られていないところがある。マナーはお互い様ですから、お互いを思う気持ちがなければ円滑なコミュニケーションにはつながらない。
堀田:加えて、特に動画配信型のオンライン講義は時間が学生たちの負担を考えて30分前後と短くしようとするため雑談をすることが難しいんです。雑談が暖気運転よろしく、学生たちと程よいコミュニケーションを作り出すポイントだったのですが、それができない。退屈させないようにいろいろと工夫を凝らしてはいるものの、そこに時間をかけると肝心の授業時間が減ってしまう。ジレンマです。
西出:でも、ファシリテーターとして堀田先生は超優秀ですよ! そこまで考えている方は珍しい。
堀田:ありがとうございます(笑)。 学生たちの中にもコミュニケーションを取ろうとしている子たちはいると思うのですが、オンラインは記録として残ってしまうため、大人しくしていようという心理も働いているのかもしれません。
――テレワークが叫ばれだした当初は、「背景はどうしたらいい」、「メイクはどうしよう」といった表面的な問い合わせが多かったと振り返る西出先生。しかし、今現在は一歩先に進み、まさに堀田先生が指摘するオンライン上のコミュニケーションにまつわる相談が増えているという。
そのときどきのマナーを作っていく
西出:大事なことは伝え方ですよね。反応が薄い若手社員がいたとして、上司がどのように「何か意見はないか」と尋ねられるか。対面と違ってリモートは、ただでさえ伝わりづらいですから、圧を与えるような伝え方は逆効果です。ですから、普段よりもカジュアルな言葉を多用した方がいいと思います。
堀田:堅くなりがちですよね。心の距離と物理的距離って比例するもの。リモートは遠い感じがするから、どうしても“よそ行きの言葉”っぽくなってしまう。だからこそ、カジュアルな言葉を使うのは大事だと思います。例えばですが、心の距離を近づけるために、「今度の会議(授業)は、みんながお気に入りのTシャツを着て参加しよう」という提案などは、どう思いますか?
西出:とてもいいと思います! 強制的にTシャツデーを始めるのではなく、「Tシャツデーをしてみませんか?」と提案してみることに意味がある。マナーでも同じことが言えるのですが、決めつけてしまうと負荷になってしまう。相手の気持ちを汲み取らないから、反発が生じる。そうならないように、みんなで作り上げていけばいいんですよね。
堀田:なるほど。テーマがあれば参加しやすいですし、自然なコミュニケーションになりやすい。
西出:コロナによっていろいろな変化が起きていますよね。体験したことのないことがこれからも起こるでしょうから、これからの時代は「マナーはこうであるべき」ではなく、そのときどきに「マナーを作っていく」ことが問われてくると思います。『超基本 テレワークマナーの教科書』では、最低限の提案こそしていますが、マナー講師が決めつけることではなくて、チームのメンバーたちとストレスにならない心地よいマナーを決めることが、新時代のマナーだと提唱しているんですよ。
堀田:創作マナーという発想。“謎マナー”ではなく、“Our(私たちの)マナー”を作っていくところから考える。それ自体がコミュニケーションになりそうですね! とは言え、学生たちからただでさえタメ口で話されることが多いので、これ以上なれなれしくされたらどうしよう……ははは。
西出:そこは乗っかっていきましょう(笑)。先生が若々しい証拠ですから、学生たちのアイドルとして接してもいいんじゃないですか?
堀田:ドン引きされますよ! でも、もっとアメリカンな堀田は出してもいいかも。
西出:マナーは、お互いを楽しくハッピーにするものであって、「楽しい」もの。ストレスになってはいけません。そのために、TPPPO(Time, Place, Person, Position, Occasion)を考えましょうと。ただし、自分たちのマナーと他の人たちのマナーが違っても干渉してはいけない。「そういう考え方もあるんだね」と受け止めること。
堀田:マナー警察になってはいけない、と。
西出:その通りです! 強要や干渉はNG。
堀田:ルールと違って、マナーには“配慮”の気持ちが問われてきますから、まさに強要や干渉は配慮に欠ける行為と言えますね。英語の「polite」は「礼儀正しさ」と訳されていますが、英語圏では「配慮する」という意味で使われます。敬意とは相手に配慮すること。上司を前にしたときに「礼儀正しさ」ばかり気にするのではなく、本来の意味である「配慮する」気持ちを持てるかどうかだと思うんです。
西出:私もまったく同じ意見です。マナーは「形」ではないんですよね。3つの「こ」が大事で、「言葉」「行動」「心」があれば大丈夫。こういう気持ちを持っている方は、たとえば電話口で「ありがとうございます」と話しているとき、自然と頭を下げてしまう方なんです。
堀田:本当にそう思います。そこに必要なものとして言葉遣いや気配り、目配りがある。マナーは形や型じゃない。しかも、これまであった形は、コロナによって崩壊してしまった(笑)。だったら、“新しい生活様式”ならぬ“新しいマナー”を作っていけばいい。丁寧語って、どの言語も文法が長くなるんですね。裏を返せば、手間をかけた言葉だからこそ敬意が伝わる。料理もそうですが、手間をかけたぶんだけ付加価値が生じる。どう配慮していいか分からないという人は、手間をかけてみるという視座があるといい。
西出:素晴らしいです! 堀田先生、私のマナー講義にゲストで出てくれませんか!?(笑)
堀田:呼んでいただけるなら! ただ……その前に学生たちに手間暇かけた授業を考えないと!
取材・文/我妻弘崇
【プロフィール】
西出ひろ子 にしで・ひろこ 1967年、大分県生まれ。マナーコンサルタント、ビジネスデザイナー、ヒロコマナーグループ代表。1999年、英国オックスフォードでオックスフォード大学大学院遺伝子学研究者と起業。帰国後、国内外の名だたる企業300社以上のマナー・人財育成コンサルティングを手掛け、NHK大河ドラマ、映画などのマナー監修、タレント、スポーツ選手など多岐にわたるマナー指導を行う。著書監修本は国内外で95冊。
堀田秀吾 ほった・しゅうご 1968年、熊本県生まれ。明治大学教授、言語学者。言語学や法学に加え、社会心理学、脳科学の分野にも明るく多角的な研究を展開。テレビ番組のコメンテーター、芸能事務所の顧問も務めるなど多岐にわたって活躍中。著書に『このことわざ、科学的に立証されているんです』(主婦と生活社)、『最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方』(サンクチュアリ出版)など。