6月23日、北海道札幌市の路上で20代の妊婦の腹部を足で蹴ったとして、男性A(事件当時51)が暴行の疑いで逮捕された。
悪質極まりない、妊婦だとわかっての犯行
「事件は今年4月に起きました。女性は妊娠7か月。7歳と5歳の子どもを連れて歩いていたところ、Aが“道を塞いでいて邪魔だ”と言いがかりをつけてきたそうです」(全国紙社会部記者)
被害女性が言い返すと、Aは逆ギレ。暴力を振るった。幸い、胎児に影響はなかったが、妊婦だとわかっての犯行。実に悪質極まりない。
この卑劣な犯行に社会の怒りは一気に燃え上がった。同時にSNSなどで妊娠中に受けた暴力や暴言などの被害を母親たちが明かし始めた。キャリアコンサルタントとして働く境野今日子さん(28)も、そのひとりだ。
「私が怖い思いをしたのは、今年1月のことでした」
時間は午後10時ごろ。ほぼ満員状態の電車の中での出来事だった。
「仕事が終わるのも遅く、つわりできつかった」
妊娠4か月の境野さんはつり革につかまり、立っていた。すると目の前の座席の女性がカバンのマタニティマークに気がつき、席を譲ろうと持ちかけてくれた。座ろうとしたときに事件は起きた。
「50代くらいの男性が急にやってきて、その席に割り込んで座りました。そして、私の目を見て“なんか文句あるのかよ”と言ってきたんです。体調もきつく言い返す気力もありませんでした。それに何か言って反撃されたら、と思うと、それも怖かった……」
暴力は振るわれなかったが、割り込まれたときに押されて転倒する危険性もある。実は、こうして『マタニティマーク』をつけた妊婦が狙われるケースが後を絶たない。
何か言い訳をしないと助けてもらえない
厚生労働省によると、マタニティマークの目的は『妊産婦が交通機関等を利用する際に身につけ、周囲が妊産婦への配慮を示しやすくするもの』。外出先で体調を崩したとき、会話ができなくても周囲に対して、妊娠中ということを伝えるなどの役割も担う。
マークをつけることで「席をかわってもらった」など気にかけ、いざというときにフォローしてくれる人がいる一方で、“舌打ちされた”“暴言を吐かれる”といったことも日常茶飯事。
「“妊婦は場所を取るから電車に乗るな”と言われた人もいるようです」(境野さん)
子どもの安全な移動を考えるパートナーズ代表の平本沙織さんは、
「マークをつけて優先席に座っていると“妊娠は病気じゃないから席を譲りなさい”とか、“若いのに”とか言われたという話もよく聞きます」
「後ろから突き飛ばされた」「お腹を叩かれた」など暴力を受けた人もいる。
事件の背景を平本さんは、
「マタニティマークや妊娠・子育て中の女性に対する社会の理解はまだまだ足りない」と訴える。
もちろんマークをつけていても最優先されることが保証されているわけではない。
「マークはあくまでも周囲の思いやりや理解、助けになる目印。ですが、マークに限らず、何か言い訳をしないと助けてもらえない。そんな雰囲気が社会に広がっているように思います」(前出・平本さん)
例えば、つわりがひどく席を譲ってもらいたいときには『つわりが重いんですマーク』をつけるなど、周囲に体調の説明をしなければかわってもらえない、なんて状況にだってなりかねない。
前出の境野さんは、事件で受けた恐怖からマークを一時的にはずしたという。
自分よりも立場の弱い人にしか攻撃しない
トラブルや怖い目にあったり、不安を感じ、使用を躊躇(ちゅうちょ)する女性も少なくない。しかし、被害を訴えにくい現状もある。というのも妊婦が被害を訴えると、逆に批判の的となることもあるからだ。
「“妊婦だからって偉そうに”などと反論されることや、被害者が“悪い”とさえ言われることもあります」
境野さんがSNSに事件のことを投稿すると「ブスには譲る席なんてねえよ」というメッセージが届いた。誹謗中傷もされ“ウソをつくな”とも言われたと明かす。
「最初は妊娠していることへのねたみや嫉妬かと思っていたんです」(境野さん)
“妊娠=幸せ”と受け取る人がいると考えていたが、被害はいつも1人で移動しているとき。夫が一緒のときに被害に遭ったことはなかった。
「赤ちゃんを連れた男性や祖父母らが被害に遭ったという話は聞きません」
そう話す平本さんは妊娠中ではなく、ベビーカーに子どもを乗せて通勤中に暴言を吐かれ、駅ビルでは殴りかかられそうになったことがある。
「夫がベビーカーで子どもを連れ、通勤していたときには私のようなトラブルには遭いませんでした」(以下、同)
また、加害者には若い男性もいれば、年配の女性もいた。共通するのは自分よりも立場の弱い人にしか攻撃しないこと。加害者は卑怯な小心者たちなのだ。
「加害者も職場や家庭などで尊重されていないかもしれません。特定の誰かを憎んでいるのではなく、無関心や無理解が積み重なったことが原因ではないでしょうか。それが妊婦や子連れへの暴力行為や存在を尊重しないような言動へとつながっていると思っています」
どれだけの女性が悲しい思いを胸にしまってきたのか。被害が明らかにされているのは氷山の一角にすぎない。
妊婦に危害を加える人物がゼロになるにはまだまだ時間がかかる。平本さんは訴える。
「すべての人に子どもや女性を助け、共感を促すことの強制はできません。ですが、否定せずに受け入れることはできると思います。どんな立場の人も尊重し合って、共存できる社会になればいいと思います。そして子どもや母親が傷つけられない社会になることを願います」
人気ブロガー・はあちゅうも被害者に
「外に出るのが怖くなりました」
「妊娠6か月のとき、デパートで買い物をしていると、正面から歩いてきた男性にすごい勢いでぶつかられました」
ブロガーで作家のはあちゅうさんは妊娠中に2回、妊婦を狙った被害に遭っていた。
男は先に別の女性にもわざとぶつかっており、避けようとしたが、そのまま突進された。タックルのような強い衝撃。
「お腹をかばい、身構えていました。怖くて、捕まえようなんて考えられませんでした」
2回目は出産間近。同様に故意的にぶつかられたという。加害者は2人とも若い男性。
「被害は2回とも1人でいたときです。でも、こうした犯罪は警察には相談できないレベルです。あっけに取られているうちに相手は姿をくらませますし、“たまたまです”と言われたらそこまでですから」
悔しさを胸にしまい、被害に遭わないように自衛した。
事件もあり、外出時に他人から攻撃される妄想に襲われたことがある。妊娠中特有の心理状態なのか、それとも事件が引き金になったのか──。
「意地悪なことや何かされたらどうしようと思うと外に出るのが怖くなりました」
そんな不安を救ったのも『マタニティマーク』だった。
「つけて嫌な思いをした友人もいたので迷っていました。でも、つけて外出すると優しく接し、助けてくれる方もいました。いいこともあります」
と、その実感を明かす。残念なことに、こうした事件はまだまだなくならない。
「被害を明かせばネットでは“ウソだ”と言われることも。こんなことでウソなんてついてもしょうがないのに。妊婦を狙った事件があることを周囲が知ることで未然に防げます」
マークをつけることで妊婦に周囲の目が向き、犯罪の抑止力になることも期待する。
「気にかけてくれる視線や声かけに助けられ、外へ出ていくことへの怖さを和らげてくれました。マークをつけた女性がいたら“妊婦さんだな”と少し気にして、見守ってほしい。それが安心感になります」