「ゲームをやるな」から「ゲームをやれ」の時代が訪れている。『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか』の著者・すいのこ氏に聞いた“子どもにゲームをさせることのメリット”って?
ゲームのトッププレーヤーが“賢い”理由
ゲームに熱中すると勉強がおろそかになって頭が悪くなる──。そう思っている子育て世代は多いだろう。だが、その説は本当だろうか。
本気でゲームに打ち込みたい子どもたちが、世間からのネガティブな視線に阻まれてプロゲーマーの道に踏み出せないとしたら、残念だ。そんな思いから、7月末に『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか』(小学館新書)を上梓したのが、プロゲーマーのすいのこ(30)である。
実はプロゲーマーの中には、高学歴の者が少なくない。その代表的な存在が東大卒のトッププレーヤー、ときど(35)だ。ほかにも一流大学を卒業したゲーマーはごろごろいる。
すいのこ自身も、鹿児島大学大学院農学研究科の修士課程を修了した高学歴プレーヤーだ。東京在住の彼は現在、eスポーツ専門企業『ウェルプレイド』に所属し、格闘ゲーム『大乱闘スマッシュブラザーズSPECIAL』(以下、スマブラ)のプレーヤーとして活躍している。
「大学に進学していなくても、頭の回転が速かったり、緻密な思考力を備えていたりと、タイプはさまざまですが、トッププレーヤーは“賢い”のです」
その理由として、すいのこは、ゲームに強くなるために必要な課題解決能力を挙げる。自分にとっての課題を見つけ、考察し、実践する能力のことだ。高学歴プレーヤーたちは、ゲームで培われたその能力を勉強にも注いだ結果、学校での成績がよかったのではないか、というのがすいのこの持論である。
eスポーツはチェスや将棋に近い
ここ近年、ゲームの世界では『eスポーツ』という言葉が普及している。“electronic sports”の略称で、ゲームを使った競技活動全般を指すことから、彼らは「eスポーツ選手」とも呼ばれる。
すいのこがプレーするスマブラや鉄拳などの格闘ゲーム、フォートナイトなどのシューティングゲーム、カードゲームなどがこれに当たる。
「スポーツ」と聞くと、野球やサッカーのように身体を使った競技を思い描くだろうが、ゲームがその仲間入りをしている点について、すいのこはこう解説する。
「次の手を頭の中で組み立てるチェスや将棋は『マインドスポーツ』と呼ばれています。eスポーツはそれに近いです」
その言葉が普及し始めた「eスポーツ元年」は、2018年。世界最大級のアメリカの格闘ゲームイベント『EVO』が日本で初めて開催された年で、同年の流行語大賞にもトップ10入りした。
ゆえに歴史はまだ浅く、その実態はあまり知られていない。だが、市場規模はうなぎ上りで、各ゲームタイトルの競技人口を累計すると、世界で1億人以上がプレーしていると言われ、テニスに匹敵する規模なのだ。
大会の賞金額も、ほかのスポーツ競技と比べて引けを取らない。日本での優勝賞金最高額は、現役の明治大学生ふぇぐが、'18年末に開かれたカードゲームの世界大会で獲得した100万ドル(約1億1000万円)。海外だと優勝チームに賞金3430万ドル(約37億円)が贈られた大会もあった。
そんなゲーム熱に、冷や水を浴びせるかのような動きもある。今年3月に香川県議会で可決された「ネット・ゲーム依存症対策条例」がそれだ。18歳未満のゲームプレー時間について、“平日は1日60分”という目安を定めたため、ブーイングが殺到して話題になった。規定の理由としては“成績が下がる”“睡眠・視力障害”などの悪影響が挙げられ、依存症の危険性も指摘された。
依存症については、世界保健機関(WHO)が'18年に“病気”と認定しており、ゲームに対するネガティブな見方は一定程度存在する。しかし、それはゲームに限った話ではなく、漫画やテレビなどにも当てはまるはずで、要は使い方次第ではないだろうか。
食べていけるのは「全体の1割〜2割」
すいのこが力説する。
「『フォートナイト』などのシューティングゲームはいろいろな情報を同時に処理する能力が求められるゲームです。複数の作業を並行してやることで、脳の活性化につながると専門家は指摘していました。だから悪い面ばかりではありません」
例えば、小中学生に人気のゲーム『マインクラフト』。3Dブロックで構成された仮想空間の中で、ものづくりや冒険が楽しめ、海外ではプログラミングの学習教材としても高く評価されている。
IT産業に力を入れている韓国では、子どもの間でパソコンゲームが普及し、小学1年生でもブラインドタッチができるほどだ。すいのこが続ける。
「ある意味でゲームによる英才教育です。ゲームだからといってネガティブな面が強調され、有効活用できる可能性をつぶすのはもったいない。本人がやりたいと言うなら、まずはやらせてみるべきだと思います」
とはいえプロの世界に入ると話はまた変わる。
すいのこによると、格闘ゲームで“プロ選手”と呼ばれているプレーヤーは現在、日本国内にざっと200人。その他のジャンルも合わせれば、総数はその数倍いるとされる。その中で、プロとして食べていける専業は「全体の1割〜2割」だという。
もっとも、お笑い芸人や漫画家、役者など、キラキラ系の職業で食べていけるのはひと握りしかいないわけで、ゲームもご多分に漏れない、というだけだ。すいのこが言う。
「僕の場合は、所属企業から大卒初任給ぐらいの給料をもらいながら、ゲームの動画配信などを行い、国内や海外の大会に行く際の遠征費をサポートしていただいています。恵まれているほうだと思います」
例えば『フォートナイト』のトッププレーヤー、ネフライトは、すいのこの著書で「年収は1000万円ぐらいある」と明らかにしている。100万ドルを手にして「シンデレラボーイ」と騒がれた前述のふぇぐも含め、彼らはひと握りかもしれないが、一流になれば一獲千金も夢ではないのが現在のプロゲーマーの世界なのだ。
日本におけるeスポーツ業界はまだ途上だが、職業の選択肢という意味では裾野は広がっている。
小学生がなりたい憧れの職業で、「ゲームクリエイター」は毎年、10位以内にランクイン。プロゲーマーが上位に食い込む日は、そう遠くないかもしれない。
「我慢強い」と宇野昌磨の腕前に感心
すいのこがプレーするスマブラは、フィギュアスケート男子の平昌五輪銀メダリスト・宇野昌磨(22)がハマっていることでも知られる。
その腕前はプロの間でも話題になるほどだ。8月半ば、宇野と友人たちが運営するユーチューブチャンネル「おじげーみんぐ」のスマブラ対戦企画に、すいのこがゲスト出演した。対戦はオンラインだったが、氷上に舞ういつもの華麗な宇野とはまた別の一面を見たと、すいのこは感慨深げに振り返った。
「宇野さんは、キャラクターの動きに我慢強さがみられました。一般のプレーヤーは私のプレッシャーに耐えかねてすぐに動こうとするのですが、宇野さんはじっと待って勝機をうかがう戦法でした。負けたときもその原因を考えて、次の試合で実践する。スケートで磨かれた思考なのかなと感心しました」
収録後も対戦は1時間以上続き、回を重ねるごとに、宇野の強さを実感したという。
すいのこ eスポーツ専門企業「ウェルプレイド」に所属。格闘ゲーム「大乱闘スマッシュブラザーズSPECIAL」(スマブラ)のプレーヤーとして活躍中。初の著書『eスポーツ選手はなぜ勉強ができるのか』(小学館新書)が絶賛発売中
(取材・文/水谷竹秀)