4月上旬、緊急事態宣言にともなって東京都がネットカフェに休業要請し、4000人ともいわれる、“ネットカフェ難民”と呼ばれる人たちが行き場を失った。これに対して東京都の小池知事が「ビジネスホテルの借り上げなど12億円を計上して支援します!」と記者会見で発表したものの、現場は大混乱。支援者たちが走り回った様子は以前こちらで3回にわたってレポートした(新型コロナ福祉のダークサイド、ネットカフェ難民が追いやられた「本当の行き先」、東京都「ネットカフェ難民」のホテル提供を出し惜しみ、消えた3349人の行方、ネットカフェ難民を一時避難のビジネスホテルから追い出した「新宿区のウソ」)。
その後、生活を立て直せたのかが問題
では、その後、一体どれぐらいの人たちがビジネスホテルを利用できたのか? 生活困窮者の支援に取り組んでいる東京都議会議員の池川友一さんに、実際の運用を伺ってみた。
「東京都が用意したビジネスホテルを利用した人は8月16日時点で、のべ1412名です。今回ビジネスホテルに入るには、従来から東京都が行う居住や就労を支援するサポート事業である『Tokyoチャレンジネット』からのルートと、区市の福祉事務所の窓口で受け付けしたルートがありました。チャレンジネットからは774名、区市窓口が638名でした」
東京都は当初「ホテルは2000室を用意した」と言っていたので、けっこうな稼働率だといえる。スタート時はだいぶ混乱し、せっかくビジネスホテルを用意しても不衛生な大部屋でプライバシーのない“無料低額宿泊所”などに追い込まれたりもしたが、以前の記事で紹介したような困窮者支援をする人たちの熱心な働きで、徐々に改善されていったようだ。
「ビジネスホテルを東京都が確保したのは本当に大きいことだと思います。今まで踏み出してこなかったことで、家がないならば無料低額宿泊所などに行けばいいとしてきました。そこは劣悪な環境も多くて逃げ出してくる人も大勢いたのに、行政は『それはその人の責任』だと言ってきたんですね。
私自身、支援の現場で無料低額宿泊所にしかおつなぎできなくて、その当事者の方が『ここは無理だ』と出て来られ、再度相談に乗ったことも複数回ありました。アパートを確保して住んでもらうのが第一義的なんですが、なかなかそうなっていない。なので今回、この緊急時にビジネスホテルを確保したのは、よかったと思っています」
しかし、ビジネスホテルに入ったからといって安心とはいえない。そこから先、緊急事態宣言解除後に生活を立て直せたのか? そこが問題だ。
「そうなんです。ビジネスホテルの中で何ら支援がなかったことや、ビジネスホテルから先のつながりをあらかじめ築けなかったことは大きな問題です。実は現在もチャレンジネット経由で入った方の内、290名は引き続きホテルに滞在しているんです。チャレンジネットが用意した一時住宅には270名が移り、そのうちの30名は元々仕事があって収入が安定したためにチャレンジネットの支援を出て自力でアパートに移りました。
一方で仕事がなくてチャレンジネットの用意する『介護職支援コース』を100名以上が受講しています。また生活保護には10名がつながっているんですが、残る180名ぐらいの方がその後どうされたのか? 市や区の実施するほかの支援につながっているのか? 明らかでないことが大きな課題です」
ネットカフェから出て行き場を失った人たちの中には、同時に仕事を失った人も多い。2月からの累計では全国で5万326人(見込みを含む)が解雇や雇い止めになっている。『Tokyoチャレンジネット』という就労と居住のサポート事業はその人たちを救うためにあるはずなのに、うまくいってるのは受講中の人も入れると130名程度で、それよりも多い180人がそこから漏れ落ちてしまってるなんて……。
さらに池川さんが言うには、「区市の窓口からのビジネスホテルの利用は6月末に終了しているんですが、その方たちの行方が追えていないのが大きな課題なんです」と憂慮している。区市の福祉窓口から入った638名も、今どうしているのか東京都は見えてないのが現状なんだという。
区によって大きく異なる対応
それって、ビジネスホテルに一時的には保護してくれても、その後の相談にはのりません!ってことなのか? 一体その人たちはどこに行ってしまったんだろう? ネットカフェに戻ったのか? それとも最悪の事態に陥ってしまったのか……。
その人たちの行方については、生活困窮者の支援をする『反貧困ネットワーク』の事務局長である瀬戸大作さんに伺ってみた。
「区市の福祉事務所の窓口からビジネスホテルに入った人は、区市によって大きくその後の対応が違っています。対応がいい区ではビジネスホテルを出てから、生活保護を申請してアパートに移り住めるサポートをしっかり受けられました。また、生活保護の申請時に所持金がない場合に仮払いの貸付金として全員が1万円を受け取り、足りなくなったらまた貸し付けてもらえた区もあります。その貸付金は生活保護費が出たときに、相殺されます。
逆に対応がひどい区もあります。ビジネスホテルを利用した人が、所持金800円となっても仕事もないまま退室させられたり、食べるにも困って現金の貸付けをお願いしても断られ、フードバンクに行くように言われたり、災害用の備蓄品と思われるレトルトの白粥やサンマのかば焼きの缶詰、きんぴらごぼうの缶詰、それとペットボトルの水をくれたそうです。また、別の市ではアパートへの入居が認められず、無料低額宿泊所へ行けの一点張りでした。こうした地域差は今、大きな問題になっています」
どうやら、その後の行方は「生活保護」へスムーズにつながるかどうか? にかかっているようだ。
生活保護は80年代から徐々に国の負担を減らし、地方自治体の負担を大きくしてしまった。最近では安倍政権が支給される生活保護費そのものを下げ、その理由が「国民感情に沿ったもの」とされ、生活保護を利用することのイメージそのものも同時に悪くなっている。
そうしたことが影響し、福祉事務所の体質の違いなどもあり、自治体ごとに今、かなり対応が違って明暗が分かれてしまっている。これではまるでロシアン・ルーレットのよう。たまたま居合わせた自治体の福祉事務所の事情で、命運が分かれてしまうのだ。
差別的な扱いに不公平さ
瀬戸さんはコロナ禍にあって連日のように、所持金が数百円になってしまったような人からメールで連絡が入ると、すぐに駆け付けて支援にあたっている。何日も食べてない彼らにファミレスなどでご飯を食べてもらうなどして、『反貧困ネットワーク』に寄せられた寄付金から当座の生活費を手渡す。
最近では「所持金が千円を切った状態でSOSをくれる人が多く、20代~40代、そして女性が増えています」という。ネットカフェ難民と呼ばれる層と重なるが、自己責任論で育った世代の彼らは、ギリギリまで自分でなんとかしようと頑張る。瀬戸さんのような支援者がいることで、今はなんとか多くの命をつないでいるのだけど、本来ならそれは福祉行政のやるべきことだろう。
では、実際に今回、生活保護に何人ぐらいの人がつながったのか? 瀬戸さんに聞いてみたが、実数はよく分からないという。そこで、ホームレス問題の調査研究をしている北畠拓也さんに伺ったところ、「日ごろから、路上から生活保護につながった居宅保護率などのデータは公開されていないんですよ。集計されているのかも分かりません。そうしたことからも見えてくる、路上生活の人が生活保護につながるときの差別的な扱いや不公平さは、大きな問題です」という。家を持たない人が、安心のある暮らしを得ることは難しい。
そこで瀬戸さんたち支援者は、ビジネスホテルから出てきた人、ネットカフェから出てきた人など、今日の暮らしに困っている人が『生活保護』を申請に行くのに同行し、お手伝いをしている。
「そこにもまた、大きな問題があるんです」と瀬戸さん。
「区市ごとに対応が違うのがまず大問題ですけど、同時に僕ら支援者が同行して福祉事務所に行けば無事に生活保護につながり、アパートに入れたりの居住支援もしっかりしてもらえるんですけど、そうじゃない場合は? ビジネスホテルから出てひとりで福祉事務所に行ったときに、どういう対応をされているのか? それも分からないんです。
僕がこのコロナ禍の間に何度かお世話になった福祉事務所では、この人にはどういう支援をしたらいいか? をしっかり見て、アパートがいいか、シェアハウスで人と一緒のほうがいいのか、また家計管理がしっかりできるか? などの状況を把握して支援してくれました。そういうことが、とても大事です。また、そういうところならきっとひとりで行っても丁寧な対応をしてもらえるでしょう。でも、そうじゃなければどうなっているのだろうか? と、考えてしまいます」
いつ、どこへ、誰が行っても同じ対応を受けて安心できる福祉行政が今、残念ながら東京都には数えるほどしかない。「水際作戦」といって、福祉窓口に来た生活困窮者を福祉事務所が追い返すことも日常化しているんだそう。
これを読んで、でも、そんなこと関係ないし……と思うだろうか? そこまで困るなんて私にはないって?
でも、今はコロナ禍という非常時だ。誰がいつどんなことになるかなんてわからない。それに、今日寝るところがない人をそのまま放っておいて平気ですか? と問いたい。もし、その人があなたの知ってる人や友達でも? いや、たとえ知らない人でも、誰かが生活にいき詰まってご飯も食べられず、例えばあなたの目の前で倒れたら? 思わず駆け寄り「大丈夫?」と、声をかけるでしょう?
生活保護は、あたなが「大丈夫?」と声を掛けたその人を、あなたに代わって「ここから先は任せてくださいね」と面倒看てくれるものであるべきものだ。
私たちは今、コロナ禍にあってこそ、生活保護や福祉行政に関心をもつべきだと話すのは板橋区議の五十嵐やす子さんだ。瀬戸さんのサポートもする五十嵐さんは、私たちが福祉に関心を持つことで、自治体は変わっていくという。
「区議会ではさまざまな機会に、生活保護について区議が質問や意見を重ねることが大事なんです。自治体の水際対策の実情はどうなっているか、こういう対応はどうなっているのか、など確認したり、反対にいい所はいいと伝えていくことを大切にしています。そのためにも、区民や市民が関心を持ち、地元の議員に疑問や関心を伝えることです。だっておかしいじゃないですか? 一番困ってるときに助けてもらえないのは。そして今、一番困ってますよね。だったら助けてもらわないと!」
一番困ってるときに助けてもらいたい! そのとおりだ。ネットカフェからビジネスホテルへ入った1412名。本当ならその全員が今、住まいを得て安心して生活できてなきゃいけなかった。そうできないのはおかしいことなんだ、と私たちがまず知ること。そこから始めていきたい。
〈取材・文/和田靜香〉