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 親が離婚し再婚、“新しい親”と子どもは、どうしたらうまく関係を築けるのでしょうか。「継親に虐待されたケース」「継親とうまくいったケース」の両面から見ていくと、ある傾向が見えてきました。“いろんな家族の形”を数多く取材してきたノンフィクションライター・大塚玲子さんがお伝えします。

 毎年20万組を超える夫婦が離婚するいま、子どもを連れて再婚する人も増えています。そこで生まれるのが「ステップファミリー」と呼ばれる家族形態です。

 ステップファミリーの親子関係は、家庭によってそれぞれです。昔から知られる「シンデレラ」の物語のように、意地悪な継親が血の繋がらない子どもをいじめる例もありますが、他方では継子いじめなどとは無縁に、穏やかでいい関係を築くケースもたくさんあります。

 筆者もこれまで取材やプライベートで、どちらのケースも複数、見聞きしてきました。小さいころに継父や継母から暴力を受けたり、疎まれたりしていたという友人や知人は何人もいますし、世間の偏見もがあるなかで継親として子育てをするのに葛藤した、という友人たちもいます。

 一体何が、継親子の命運を分けるのか? 継子いじめをする親、しない親は、どこが違うのか? ずっと考えてきたことで、まだ結論には遠いのですが、多少の傾向はあるように感じています。例をあげていきましょう。

「妹ばかりが……」
継母から虐待を受けて

 まず、子どもが継母に虐待を受けたケースから。エミさん(仮名・40代)は、物心がついた頃から母親に虐げられていました。2歳違いの妹はなんでも食べさせてもらえるのに、ハンバーグもお刺身も「おまえの身体に合わない」などと言われ、エミさんだけ食べさせてもらえません。

 当時の記憶として思い出されるのは、エミさんが母親に叱られてお仕置きを受けており、近くで妹が楽しそうに遊んでいる、という光景ばかりです。

 エミさんが母親の虐待をまぬがれたのは、祖母がエミさんの背中にひどい火傷を見つけたことがきっかけでした。この頃、母親はエミさんにお灸を据え、よく焦げつくまで放置していたのです。これを機に、エミさんは祖母に引き取られましたが、家を出るとき、お気に入りだった持ち物はみな、母親に取り上げられてしまいました。

 母親が「継母」だったと知ったのは、それから何年か経ってからのことでした。何かの話の流れで、エミさんが「私のお母さん、シンデレラみたい」と口にしたところ、祖母の顔が青くなり、「あの人はおまえの母親ではない」と告白。

 エミさんの両親は、彼女が生まれてすぐ離婚しており、彼女を引き取った父親は間もなく再婚。その再婚相手が、あの継母だったのです。妹は、継母と父親の間に生まれた実子でした。

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 もうひとり、小さいとき継父に暴力を受けて育ったはるかさん(仮名・50代)も似た境遇です。はるかさんもエミさんと同様、生後間もなく両親が離婚しており、物心がついたときには、もう継父と暮らしていました。

 継父は酒癖が悪かったこともあり、毎日はるかさんを蹴ったり殴ったりしていました。食事もほとんど食べさせてもらえず、はるかさんにとっては学校の給食が命綱だったので、いじめられても「学校を休むという選択肢はなかった」といいます

 しかし妹はやはり、父親から暴力を受けることはありませんでした。妹は継父と母親の間に生まれた実子であり、父親の暴力のターゲットは、いつもはるかさんでした。

 エミさんとはるかさんに共通するのは、ふたりとも小さい頃に親が再婚しており、かつ実親との交流が全くなかったという点です。かばう気持ちはないですが、どちらの継親も、世間から「親」に対して求められるプレッシャーは、感じていたかもしれません。

実親と継親の関係が
親子関係を左右する?

 一方、継親といい関係を築いた人たちもいます。

 アキさん(仮名・20代)は、小さい頃に両親が離婚したのち父親に引き取られ、主に祖母の手で育てられてきました。祖母は太平洋戦争のさなか、実の両親と生き別れになった経験があったためか、アキさんが遠方に住む実母に会いに行くことを積極的に応援し、毎年、旅費を出してくれていたといいます。そのためアキさんは、実母ともずっと、交流を保つことができました。

 父親が再婚したのは、アキさんが大学生のときでした。アキさんはこの再婚相手の女性を「2ママ(2番目のママ)」と呼んでいます。年齢が比較的近いこともあり、アキさんは2ママと仲がよく、さらになんと、2ママと実母も仲がいいといいます。おおらかな人たちで、驚きます。

 数年前にアキさんが結婚式を挙げたときには、実母も2ママも、当然出席。もうじきアキさんは出産予定ですが、子どもが生まれたら、2人とも手伝いに来ることは間違いなさそうです。

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 さらにもうひとり、みきさん(仮名・20代)は、小学生のときに両親が離婚。中学校に入るとき、母親がみきさんを連れて再婚しました。妹は、継父と母親の間に生まれています。

 家族構成は、先にあげたエミさんやはるかさんと近いですが、しかしみきさんの継父は、暴力や暴言で彼女を傷つけることはありませんでした。主夫だったせいもあるのか、非常に教育熱心で厳しかったそうですが、実子である妹と区別することはなく、みきさんは「かわいがられていた」と、はっきり感じています。

 みきさんも、実父とはずっと交流が続いていました。実父は継父とは対照的に「ほめて伸ばす」タイプで、みきさんが好きな本などをよく買ってくれたそう。数年前に病気で亡くなるまで、よく会っていたといいます。なお、みきさんの母親はその後、継父とも別れてしまったのですが、みきさんはいまも、継父と交流があるということです。

 こういった例を思い返すと、子どもが親の再婚後も実親と交流していることは、子どもと継親の関係にとってもいいように感じられます。

 もちろん例外もあって、実親と交流が失われていても、継親子がいい関係を築いたケースもまあまあ思い当たります(子どもが実親に会いたがっていない場合など)。でも、逆に継親が子どもに虐待するケースや、つらく当たっているケースで、子どもと実親の交流が続いていた例は、少なくとも筆者が知る限りでは思い出せませんでした。

 見方を変えると、子どもが望んでいるなら、実親との交流を妨げないような継親が、子どもといい関係を築きやすい、というふうにもいえるかもしれません。

 子育ては、「親」として、決してラクなことではありません。特に幼い子どもの育児は手がかかりますし、忍耐もいるし、衣類の買い替えや食費、教育費などお金もかかります。「自分の子どもだ」と思えば、それは当然のこととして受け入れられても、自分の子どもではないのに「親」の役割を求められるのはつらい――。内心で、そう感じている継親も少なくないように思います。

 そんなとき、子どもが実親と交流を続けていると、継親は「親」としての役割、プレッシャーから多少とも逃れることができ、余裕をもてるのではないでしょうか。

 継親は「(実の)親」にとってかわるものではない、という考え方は、欧米ではもうだいぶ浸透していますが、日本ではまだあまりなじみがないでしょう。子どもがいるパートナーと再婚した人は、「自分が子どもの親にならねばならない」と気負いがちです。

 でも、子どもには実親がいるのです。継親はそう思っていたたほうが、子どもにつらく当たることを減らせるのではないでしょうか。

大塚玲子(おおつか・れいこ)
「いろんな家族の形」や「PTA」などの保護者組織を多く取材・執筆。出版社、編集プロダクションを経て、現在はノンフィクションライターとして活動。そのほか、講演、TV・ラジオ等メディア出演も。多様な家族の形を見つめる著書『ルポ 定形外家族 わたしの家は「ふつう」じゃない』(SB新書)、『PTAをけっこうラクにたのしくする本『オトナ婚です、わたしたち』(ともに太郎次郎社エディタス)など多数出版。定形外かぞく(家族のダイバーシティ)代表。