「ヒロシです……」の自虐ネタで大ブレイクしたのは、約15年前。ネタのイメージから、ネガティブなキャラクターを想像していたが、会って話を聞いてみると、とにかく真っ直ぐな人だった。
好きなことだけを追い求め、ソロキャンプ動画をアップしているYouTubeチャンネルの登録者数は、86万人を超える(2020年8月上旬現在)。8月には書籍『ヒロシのソロキャンプ』も上梓した、ヒロシさんの「頭の中」とは──。
みんな、への違和感
ヒロシさんは幼少期から、なんでもかんでも“みんな”でやらなきゃいけない風潮に違和感を抱いていたそうだ。ピン芸人として大ブレイクしたときも、TV出演が苦痛だったのだという。わがままな話なんですけど、という前置きの後、彼は本心を語った。
「僕は、とにかく集団行動が苦手。お笑い番組に出演させてもらうときも、苦痛だったんです。台本で、思ってもいないことを言わなければいけないこともある。自分が考える笑いの流れと違う雰囲気で編集されてしまう。おかしいですよね。それって、シンガーソングライターの人が作った曲を、スタッフに『やっぱりBメロ変えようか』っていじくりまわされるようなものですよ。もはや、本人の作品ではなくなってしまう」
非常にわかりやすい例えだ。
「他人にいじくられた結果、僕のパートでスベっても、誰も責任をとってくれない。本人が、矢面に立たされるだけなんです。毎日、とにかく辛かった。それに比べると、YouTubeは自分だけで完結できる。ほんとうに楽ですよ」
ヒロシさんは、経営者の顔も持ち、執筆活動や店舗経営まで活動を広げている。もともと「成功するわけない」と言われながらも個人事務所を立ち上げた理由は、とてもシンプルだった。
「ひとりが好きで、事務所も入りたくなかったんです。大手に所属すると、上下関係が生まれるのがストレスで。今思うと、ひな壇もつらかった。ファミリーで賑わうキャンプ場に、僕がソロで混ざり込むようなものですからね。TV出演を減らしてから、気が楽になったんです」
40代になってやっと「ひとりでいいんだ」と思えるようになったというヒロシさん。転機は、ズバリYouTubeだった。
「単純に、TV以外の場所ができたのがうれしかったんです。いろんな人がたくさんいる中で番組出演枠を勝ち取るためには、運や努力、人付き合いが必要。それが、YouTubeやニコニコ動画なら、たったひとりで好きなだけ発信ができる。お金も稼げる」
もちろん、チャンネル開設当初から稼げていたわけではない。それでも、初めての動画広告収入が入ったときのよろこびは、忘れられないという。
「最初は、たった数百円。でも、ひとりで作り上げたものをお金にできたよろこびは、たまらなかったです。自信につながるし、みんななんでも発信したほうがいいと思いますよ。何がコンテンツとしてウケるかなんて、わからないですから」
今、「みんな」の中で苦しんでいる人へ
今でこそひとりを楽しんでいるヒロシさんだが、中学時代にいじめられていた経験がある。輪の中に入ることもできず、苦しんだそうだ。今まさに“みんな”の中でつらい思いをしている子どもにかけてあげたい言葉はないか、聞いてみた。
「キツいよね……いじめはね、しんどいですよ。大人になっても、嫌なことをしてくる人はいます。死にたくなるくらいなら、学校なんて行かなくていい。ただ、逃げてほしい」
つらい記憶が蘇ったのか、言葉を詰まらせた。
「僕も、転校していじめられました。小さなコミュニティーでああだこうだと言われるし、しんどかったです。誰も助けてくれませんでしたしね。先生だって全員が人格者というわけでもない。ただ、教員資格を持っているというだけなのに、子どもは『先生は間違いがない、素晴らしい人』と思い込んで、自分を責めてしまう」
いじめられていたことは、親にも相談できなかったそうだ。
「自分の息子がいじめられていると知ったら、親もショックを受けてしまうでしょう? 当時の自分は、よく耐えていたと思うけれど、心が麻痺してたのかもしれない。今なら『逃げろ、学校なんてやめてしまえ』と言いたいですね」
人付き合いを諦めたヒロシさんだが、「ソロキャンプ仲間」が多数いる。ソロなのに? と違和感を覚える人もいそうだが、彼なりの美学があった。
「僕はひとりで過ごしたい人間だけど、同じ趣味を持って、気が合って、距離感を守れる人は貴重です。価値観が近い人となら、うまくやれる。『あくまで別行動だけど、気が向いたら交流もする』くらいの付き合いができるソロキャンプ仲間は宝です」
続けて、ヒロシさんはこう語った。
「自分のことは自分でできる人同士なら、他人を背負わなくてよくて気楽です。もちろん、危険な状況になったら助けるけれど、『複数人でのソロキャンプ』なら、年長者だから仕切らなきゃとか、男だからしっかりしなきゃとか、一般社会で感じる重圧なしで付き合えるのがいいんです」
前向きに、ひとりを楽しむ心
九州出身のヒロシさんは、もうすぐ50歳になる。「男は稼いで、女は家庭を守るべき」という昭和の価値観で育てられたそうだ。結婚はとうに諦めているという彼だが、恋愛はどうなのか。
「歳をとってからは性欲もなくなって、本当に生きやすくなりましたよ。若い頃は、本当に苦しかったです。人並みに、モテたい欲もあったし。相手を探すためにコンパに行くけど、テーブルの隅っこでポツンとひとりでいるようなことが何度もありました。今は、女性より焚き火を眺めているほうが楽しい」
モテへのコンプレックスは、年齢が解決してくれたそうだ。
「人は何のために生まれてくるのか考えたんですけど『子孫を残すため』なのかなって。僕はもう、子どもを持つことはない。僕に関わってくれている人も、100年後にはみんないなくなって、全部なかったことになるでしょう? なら、人生をかけた暇つぶしを楽しもうと思って」
最後は、スッキリした顔つきでこう語った。
「僕はひとりが大好きだけど、じーっとタバコだけ吸って過ごすのは退屈。それなら、キャンプや仕事を楽しんだほうがいい。今は前向きにひとりを楽しむことができています」
小沢 あや(おざわ あや)コンテンツプランナー 、 編集者
音楽レーベルで営業とPRを経験後、IT企業を経て、2018年に独立。エッセイのほか、女性アイドルやミュージシャン、経営者のインタビューを多数執筆。Engadget日本版にて「ワーママのガジェット育児日記」連載中。豊島区公認の池袋愛好家としても活動している。