行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は交際中の彼との子どもを妊娠し、未婚シングルマザーの道を選択した女性の事例を紹介します。(後編)
*【未婚シングルマザー】妊娠して幸せの絶頂からどん底へ、無責任男との別れ《前編》のあらすじ
今回の相談者・黒澤真美子さんは交際中の彼との子どもを身ごもり、結婚に向けて話が進んでいた。しかし、病院の妊婦検診代や生活費は折半で負担する約束だったが、彼は異常な浪費家で、毎月の支出を差し引くと預貯金の残高はほとんど残っておらず、金銭面は全く頼れない。さらに真美子さんへの束縛も強く、機嫌が悪いと手をあげることも……。真美子さんはこんな彼と結婚できないと、未婚のシングルマザーになることを決意。彼に養育費や出産費用を請求する方法とは?
相談者:黒澤真美子(36歳。契約社員。年収350万円)
彼:城田桔平(38歳。地方公務員。年収822万円)
相談者の母:黒澤恵子(70歳。パートタイマー。年収120万円)
認知をしないと子の戸籍の父親欄が空欄に
真美子さんが彼に要求できることは「子どもの認知」「養育費」「出産費用の支払い」の3つですが、順番に見ていきましょう。
まず1つ目の認知です。両者間の子の扱いについて嫡出子と婚外子(非嫡出子)では大きく異なります。結婚している夫婦の間に産まれた子のことを嫡出子、結婚していない男女の間に産まれた子のことを婚外子といいます。
嫡出子の場合、夫婦なので夫の戸籍と妻の戸籍は同じです。そのため、子は夫婦の戸籍に入り、子の戸籍の父親欄には夫、母親欄には妻の名前が記載されますが、必要な手続きは役所に出生届を提出するだけです。
一方、婚外子の場合はどうでしょうか? 同じく役所へ出生届を提出したら、子がどこの戸籍に入るのかです。婚外子の場合、男性の戸籍、女性の戸籍という具合に別れています。子は母親の戸籍に入るのですが、この段階では子の戸籍の父親欄は空欄のままです。父親欄に彼の名前を記載するには、認知という手続きが必要です。具体的には彼が認知届に署名をし、役所へ提出しなければなりませんが、最初のうち、真美子さんは認知を望んでいませんでした。
「私としては養育費さえ払ってもらえれば、認知をしてくれなくても構いません」
と言いますが、なぜでしょうか?
「彼に認知をしてもらうと、こちらの生活に干渉したり、子どもに会う権利が発生するんじゃないでしょうか? 産まれたら私もほとんど余裕はないと思います。母は手伝ってくれますが、彼に足を引っ張られたくないんです!」
同棲期間中、彼の束縛癖に散々、悩まされてきた真美子さんはトラウマを抱えていました。真美子さんと彼はすでに関係を解消したので赤の他人ですが、彼は認知によって父親の立場になります。元彼が元彼女を束縛するのはストーカーですが、子の父親と母親なら問題ない。「子どもに会いたい」と言えば真美子さんへ連絡をとっても大丈夫。彼が父親の権利を盾に真美子さんの生活に入り込んでくることを恐れていたのです。
婚外子の場合、母親が子の親権を持つ
婚外子の場合、母親が子の親権を持っています。そして彼が子どもと面会するのは親権者の許可が必要です。そのため、子どもを彼と面会させるかどうかは真美子さん次第です。もし彼が1日に何十通もメールやLINEを送ってきたり、「会わせないとただじゃおかない!」と脅しめいた表現を使ったり、「お前の頭のおかしさが遺伝したらかわいそう」と人格を否定したりした場合、そのことを理由に面会を断ることも可能です。彼はすでに真美子さんの電話を着信拒否、メールを受信拒否、そしてLINEをブロックしています。それなら真美子さんから同様のことをされても文句は言えないはずです。いっそのこと音信不通にしたほうが手っ取り早いでしょう。
「認知しないとお子さんの戸籍の父親欄は空白のままです。婚外子は珍しくありませんが、さすがに父親が不明の子は目立ちます。将来、結婚する際などに悪影響が及ぶかもしれません。将来的に別の男性と結婚し、その男性に認知してもらうつもりなら、父親欄を空けておいてもいいですが、そうでなければ血縁上の父親……彼に認知してもらうのが筋ではないでしょうか?」
と筆者はアドバイスしました。
真美子さんは彼と子の血のつながりを断ちたいわけではないので、ようやく前向きな気持ちになり、認知の手続を母親に任せたのです。
彼はLINEをブロックする前、真美子さんへ「誕生を楽しみにしてるよ」というメッセージを送っていました。そこで母親が彼に対し、このLINEの画面を添付した上で認知するよう頼んだのですが、万が一、彼が「本当に俺の子なのか」と言い出したら大変です。例えば、出産後に親子かどうかを確かめるために、彼と産まれてきた子をDNA鑑定するなど、追加の手続が必要になります。鑑定費用は5~15万円とかなり高額です。しかし、彼は胎児が自分の子だということを自主的に認めたので心配は杞憂に終わりました。すんなり署名済の認知届を手に入れることができたのです。
養育費算定表を使うと毎月の養育費は9万円
2つ目は子の養育費です。前述の認知手続によって親子関係が発生したのですが、嫡出子であれ婚外子であれ、父親は子に対して扶養義務を負っています。それなのに彼は「払えたら払うって。養育費は義務じゃなくてボランティアだろ!」と言い放ったのですが、見当違いもいいところです。
養育費を計算する方法は家庭裁判所が公表している養育費算定表を使うのが一般的です。養育費の権利者の年収を横軸、義務者の年収を縦軸という形のチャート図になっており、お互いの年収に照らすことで妥当な月額を知ることができます。彼は同棲中、「年収822万円も稼いでいるんだぞ!」と豪語していたので今さら年収を聞き出す必要はありませんでした。彼のマウンティング気質が裏目に出た格好です。
一方、真美子さんは出産後、どうしても働くことができる時間が限られるようで、年収が200万円まで落ち込む模様。2人の年収を上記の算定表に当てはめると養育費は毎月9万円となりました。彼は「あるとき払い」ではなく、まとまった金額を毎月、支払わなければなりませんが、それでも猜疑心の強い彼は「本当に子どものために使うのか? お前の小遣いを払うわけじゃないんだぞ! ちゃんと線引きしろよな?」と言い、おかしな提案をしてきたのです。
具体的には真美子さんが楽天のショッピングSNS『ROOM』に欲しいものを保存し、彼にも共有します。そして彼が本当に必要だと判断した場合、彼が自分のお金で購入し、後日、真美子さんの家に商品が届くという流れ。
過去に被災地の自治体が『ROOM』を利用したことで知名度が上がりました。義援金は手元に届くのに時間がかかるのが難点です。一方、被災地以外の人間は自治体が『ROOM』に登録した商品を自分のお金で購入すれば、お金ではなくモノという形で被災地を支援することができます。
「彼はどのような基準で判断するのでしょうか? 例えば、ミネラルウォーターは私の飲料用にも子のミルク用にも使いますよ。彼の作った世界のなかで生活しなきゃいけないなんて息苦しいです。買い物ぐらい自由にしたいですよ。彼はいまだに私をコントロールしたいだけなんです。世間一般的には養育費は現金払いじゃないんですか?」
真美子さんは不満を口にしますが、不要不急の9万円分の商品が毎月、届いても困ります。彼は養育費を仕分けするのは自分。真美子さんではないと言い張っていますが、法律上、親権者には未成年の子どもの財産を管理する権利を有しています。母子家庭の場合、母親が親権者です。子どもの財産には養育費も含まれるので、毎月9万円を何に使おうが真美子さんの自由です。
このまま埒(らち)が明かず、家庭裁判所へ調停を申し立てた場合、毎月9万円という金額で決着したのなら「甲(彼)が乙(真美子さん)に対して子の養育費として毎月9万円を乙が指定する金融機関の口座に振り込む方法にて支払う」という調書が発行されます。彼の言う「乙が登録した商品のなかから甲の判断で購入する」と書かれるわけではありません。これは養育費の支払方法が現物支給ではなく現金払いだということを意味しています。裁判所に持ち込めば真美子さんの希望通りになるのだから遅かれ早かれ結果は変わりません。
母親と彼がやり取りをした結果、彼は「毎月9万円を」「振込で」「子が22歳に達する翌年の3月まで」という条件を受け入れたのです。
豪遊している彼に出産費用を請求
そして3つ目は出産費用ですが、真美子さんは「目が飛び出ました。45万円もかかるって……そんなに貯金はありませんよ!」と動揺を隠せませんでした。
真美子さんいわく妊娠中、出産後の検診費用、そして入院や分娩費用、部屋代と合わせると合計で48万円に達するそう。筆者は「出産育児一時金として42万円が支給されるので自己負担は6万円だけですよ」と伝えました。
彼は子の父親であり、子に対して扶養義務があるのは前述の通りです。それなら毎月の養育費だけでなく、出産費用についても真美子さんと連帯して責任を負わなければならないでしょう。前述の通り、彼の年収は820万円、真美子さんは200万円なので、互いの収入割合に応じて按分するのなら、彼が全体の80%、真美子さんが20%です。
「彼は、同棲中は静かにしていたんですが……彼の友達のインスタでバレバレなんです! 最近は自粛していないお店を見つけたみたいで。高級なシャンパンを開けたりして豪遊しているんですよ。私が悪阻(つわり)で苦しんでいるのに許せません!」
そのことを踏まえた上で真美子さんは彼は貯金のなかから80%(4万8000円)を支払うことは可能だと言います。彼は「俺はあればあるだけ使っちゃうタチなんだ。明日のことは誰も分からない。俺は今を生きているんだよ!」と持論を展開したのですが、彼の収入や貯金を考えれば揉めるだけ時間の無駄だと悟ったのでしょう。「はした金はくれてやるよ!」という捨て台詞とともに、出産予定月の前月末までに4万8000円を支払うことを約束してくれたのです。
そして最終的には養育費、出産費用の約束については公正証書という書面に残しました。
日本では婚外子はまだまだ少数派
ここまで真美子さんが婚外子を出産する決意をし、彼に必要最小限の責任をとらせるまでの過程について見てきました。日本の場合、出産全体に占める婚外子の割合は28年の間で2.6倍に増えたのですが(1980年は0.8%、2008年は2.1%)出産全体の98%は結婚している夫婦の間に産まれた子です。現在のところ、婚外子の存在はまだまだ少数派でマイノリティーです。
一方、他国の事情はどうでしょうか? 例えば、フランスでは28年間で約4.6倍(1980年は11.4%、2008年は52.6%)、イギリスでは約3.8倍(1980年は11.5%、2006年は43.7%)、そしてアメリカでは2.2倍(1980年は18.4%、2008年は40.6%)に増加しているようです。増加傾向なのは日本と同じですが、日本との違いは全体に占める婚外子の割合です。欧米諸国では約半数に達している国が多いというのが現状です。(他にはスウェーデンやデンマーク、オランダなど。前述の数字はすべて平成25年の厚生労働白書より)
嫡出子、婚外子のどちらを抱える女性も筆者のところに相談しに来るのですが、ここ2〜3年で増えているのは後者です。結婚するつもりがない男性の子を身籠る未婚シングルはまだまだ少数派です。婚外子を授かる経緯は多種多様ですが、籍を入れずに夫婦同然の生活をしていたり(事実婚)、妊娠をきっかけに結婚の約束(できちゃった婚)をしたけれど、籍を入れる前に喧嘩別れをしたり、男性が既婚者なので籍を入れることが叶わなかったり(内縁)するケースが多いです。
今後、日本でも他国のように婚外子の数が増える可能性がありますが、男女の関係がずっと良好なら問題ありません。しかし、2人は戸籍という束縛がない男女です。途中で関係がこじれて、結果的に解消する傾向は強いです。
残念ながら婚外子の数が増えれば増えるほど、関係解消にまつわるトラブルも増えることが予想されます。そのため、結婚にこだわらないけれど子どもが欲しい女性は、真美子さんの悪戦苦闘を他人事だと軽んじたりせず、明日の我が身だと肝に銘じておいたほうがいいでしょう。
露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/