夫の不倫が発覚。しかも妻が妊娠中の悪行三昧とくれば、世間は許さない。夫と不倫相手への容赦ないバッシング。女性たちの怒りと恨みは執拗で、犯罪者のように扱い、ときには彼らの仕事と人生を奪う。「世間は許さない」の構図は震えあがるほどすさまじい。
しかし、許す・許さないを決めるのは世間ではない。当事者の妻であり、家族だ。芸能人の不倫スキャンダルに見る「不倫夫の懲罰法」について、考えてみる。
離婚して縁を切る「削除法」は懐が深い
とにもかくにも視界から消したい。存在そのものを抹消したい。メールボックスでいえば、ゴミ箱マークにぶちこむ「削除法」。夫・東出昌大に対して、杏が選んだのはこの削除法だ。不倫発覚後の東出の素直すぎる記者会見も、火に油を注ぐような文言だったので、怒りを通り越して諦観と覚悟の境地に至ったのかもしれない。
俳優という同じ職業で、騒動やスキャンダルは今後一生ついて回る芸能人同士。しかも不倫相手も同じ世界に生きる若手女優。やや時間がかかったものの、杏の決断は万人の賛同を得た。
財産分与とか慰謝料とか養育費とか、法的な制裁はもちろんのこと、社会的制裁の部分はかなり大きかった。夫に対しても不倫相手に対しても、社会が、世間が、許さなかった。もちろん、これで溜飲が下がったとは決して思えないが、3人の子どもとの関係は続くにせよ、杏個人との婚姻関係を切ることで、長年抱えてきた苦しみから杏自身も解放される。
なんとなく懐が深いなと思ってしまった。イメージ勝負の俳優稼業で、いつまでも騒動を引きずらせるよりもリスタート(再出発)を切らせる。リボーン(生まれ変わる)は無理でも、リスタートを提供。離婚して「不倫俳優の看板を背負って、やれるもんならやってみろ」と突き放すのは、実は愛情の「最後のひとかけら」ではないかと思うのだ。
そして、もちろん自分のリスタートでもある。浮気男に苦しめられた自分を断捨離して、前を向く。削除法はお互いにとって、精神衛生上よきことかな、とも思う。当事者全員がリスタートを切る決断を下したのは、杏の「寛容な恩赦」ともいえる。
離婚せずに継続する
「保存法」は根が深い
一方、不倫が発覚しても離婚はせず、そのまま婚姻関係を続ける人もいる。メールボックスでいえばフラグやスターをつけて、消去しないように保存しておく。これを「保存法」と呼んでみる。保存法をとっている女性は、意外と多い。
近々で言えば、夫・アンジャッシュ渡部のトイレ不倫で「男気(ある種のヤンキー魂)を見せた」と高評価の佐々木希。少し前になるが、夫で俳優の田中哲司の不倫騒動にノーコメントを貫き、女優としての幅も格段と広げている仲間由紀恵。さらには、長男を出産した日に夫・宮崎謙介の不倫報道を知らされた元・衆院議員の金子恵美である。
夫の不倫の落とし前は三者三様。それでも離婚しない道を選んだ。不倫がバレた夫たちを決して野に放たない。死ぬまで、とは言わないが、婚姻関係を続けることで制裁を加える意味も大きい。「恩赦と減刑ナシの無期懲役」といったところか。
おそらく、離婚しないから「許した」わけではないだろう。むしろ「許さない」からこその継続とも言える。一見、夫の不倫に対しては「お灸をすえて許す妻」「懐と情けが深い、寛大な妻」という印象が強くなるけれど、なんだろう、もっと根深い気もする。
なぜなら、世間という強くてこうるさい味方をつけ、夫(の下半身)を二度と自由にさせない宣言は、最凶で最高の復讐でもある。そして不倫相手の女性に対しても、「正妻としての制裁」を叩きつける宣戦布告でもあり、果たし状でもある。そして、今後一生頭が上がらないであろう夫に、無言の圧力をかけてじわじわと苦しめることもできる。すごい復讐だと思うんすよ、個人的には。
樹木希林さんは
夫からの離婚届を“無効”に
もちろん、「結婚はしているけれど、もう自由に生きましょう、お互いに」という決別かもしれない。また、愛情がすっからかんに枯渇したけれど、離婚するメリットよりも継続するメリットのほうが大きいという覚悟かもしれない。
現に佐々木はママタレとしての株を上げ、仲間も貫録を身に着けてドラマで大活躍している。仲間の夫の田中哲司も、一時期は自粛していたせいかドラマに出ていなかったが、徐々にドラマ復帰。本来の持ち味である狂気の演技を存分に発揮している。
特に、金子恵美はメリットを最大限に生かしていると思われる。議員ではなくなった夫婦は、不倫で話題になったことを機に、テレビに出まくった。タレント活動も展開。10月には不倫夫の顛末を書いた『許すチカラ』(集英社)という本を出版するらしい。離婚しなかったからこそ得られる利ザヤ(※買値と売値の差のこと。買値より売値が高い状態のことをいう)をきちんと計算していて、たくましいというか末恐ろしいというか。いや、賞賛しますよ、マジで。ちょっとだけ読んでみたいと思っている。
そういえば、保存法を選んだレジェンドもいた。2018年に他界した樹木希林さんである。1973年にミュージシャンの内田裕也さんと電撃結婚。ところが2年後には別居し、その後、長女を出産。1981年に内田さんは一方的に離婚届を提出するも、樹木さんは無効を主張し、裁判で勝訴している。
内田さんの場合は不倫だけに収まらない蛮行が多すぎるのだが、結局このふたりは離婚しなかった。樹木さんが亡くなった半年後に、内田さんも息を引き取った。深い愛憎と呼ぶべきか、最高の復讐と呼ぶべきか。俳優としての功績はもちろんのこと、器のデカさと筋を通した信念は、芸能史だけでなく人々の心に深く刻まれたと思う。
別れる美学もあれば、別れない美学もある。決断には計り知れない苦悩もあるだろうし、報道されない真実もある。そこには正解もなければ、模範解答もない。不倫報道に思いを寄せすぎて過熱するのが世の常だが、「妻の決断が最善」と思うことにしている。
吉田 潮(よしだ・うしお)
1972年生まれ、千葉県船橋市出身。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。『週刊フジテレビ批評』(フジテレビ)のコメンテーターもたまに務める。また、雑誌や新聞など連載を担当し、著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『くさらないイケメン図鑑』(河出書房新社)、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか』(KKベストセラーズ)などがある。