一昨年の1月、看護師との不倫疑惑を否定する会見を開き、引退した小室哲哉。衝撃的だったのは、自身の性欲に言及した場面だ。肝炎などによる「体調不良」について説明しつつ「非常にお恥ずかしい話」としたうえで、
「男性としての女性を呼び込みたいというような欲求」
がないことを告白。男として枯れてしまったことまで匂わせた姿は、かつてのプレーボーイには似合わないものだった。
引退撤回した小室の恋愛遍歴
そんな小室が今年7月に活動を再開。乃木坂46の新作『Route 246』の作編曲を手がけた。プロデューサーの秋元康によれば「古くからの友人」ゆえに依頼したとのこと。それも嘘ではないだろうが、乃木坂の話題作りにうまく利用した印象も否めない。
逆から見れば、2008年に5億円詐欺事件で逮捕され、すっからかんになった小室が自分を安売りするような構図にも映るのだ。
が、この誘いに乗ったのは、小室がまだ枯れていないからだろう。何せこの人、無類のアイドル好き。それが創作の原動力にもなってきた。
TMN時代に岡田有希子のアルバム曲を手がけたことに始まり、中山美穂、堀ちえみ(引退ソング)、宮沢りえ(デビュー曲)らに作品を提供。篠原涼子をブレイクさせてからは作詞もこなすプロデューサーとして、数々の女性歌手を“歌姫”に仕立てあげた。
なかでも、華原朋美については「アーティストに手をつけたのではない。恋人に曲を書いてデビューさせただけだ」とする歌謡史上、最大の公私混同戦略で大成功。Jポップ界の王子様として、B級グラドルだった朋ちゃんをシンデレラにしてみせた。
ちなみに、最初の妻もアイドルデュオ・キララとウララの大谷香奈子だし、華原と破局後、再婚した妻は自らプロデュースしたAsami。3度目の妻は一緒にglobeをやってきたKEIKOである。
こうした生き方ができたのは、彼が音楽面だけでなく、容姿的にも経済的にもイケていたからだ。篠原はブレイク前、東京パフォーマンスドールのメンバーだったが、その公演を小室はお忍びで見に行っていた。いわゆるオタク然とはしていない美青年の出現に、メンバーたちは「いったい、誰がお目当てなんだろ、って盛り上がってた」(篠原)という。
そんな小室も、61歳。王子様というより、おじいさまでもおかしくない年齢だ。秋元の要求で7回書き直したという今回の復帰作も、懐メロ感が漂う。「WOW」が連呼されるサビなど、いかにも'90年代のJポップで、そんな小室っぽさがわかりやすいほうが話題になると秋元は踏んだのだろう。
なお、乃木坂のセンター・齋藤飛鳥は「もともと小室さんのファンだった」としたうえで、
「楽曲も“小室さん感”があふれていて、個人的に本当にうれしかったです」
とコメント。ただ、齋藤が生まれたのは小室が失速しつつあった'98年なので、いささかリップサービスっぽい。老いたベテランをいたわっているようでもある。
とはいえ、男としての欲求が枯れたかのようなことまで言っていた人が精気を取り戻し、引退も撤回したのだ。
このうえは、彼なりの余生を楽しんでほしい。王子様だったことを知らない少女たちにとっては、アイドル好きのおじいさまにしか見えないとしても──。