本格的な大型台風が襲来する季節がやってきた。直前に慌てるより、事前にできることのほうがはるかに多いという。どうすれば家族や暮らしを危険から遠ざけられるのか。
なぜ、今年の台風は例外的なルートをたどっているのか
「今年の台風の特徴は、日本列島の真南の洋上で発生し、そのまま北上するパターンが目立ちます。9号と10号がまさにこのルートだったのですが、実は典型的なルートではありません。今後は、気圧配置の変化によって本州に向かう可能性もあるため油断しないでください」
琉球大学の山田広幸准教授(気象学)は、そう警鐘を鳴らす。
気象庁が「最大級の警戒」を呼びかけた大型の台風10号は、9月6日から7日にかけて九州各地などを暴風域に巻き込み、人的・物的被害をもたらして北に去った。
予想された勢力を保たずに上陸したにもかかわらず、土砂崩れや突風被害などが発生。消防庁によると、死者2人、行方不明者4人のほか重軽傷者は111人を数え、浸水や破損などの住宅被害は計890棟に(9月11日現在)。
もし、予想どおりの強さを維持したまま台風が直撃していたら──。その怖さは語るまでもないだろう。
なぜ、今年の台風は例外的なルートをたどっているのか。
立命館大学・環太平洋文明研究センターの高橋学特任教授(災害リスクマネジメント)は「原因は2つあります」と話す。
「まず、太平洋西側の海水温が高くなっているため台風の発生場所が異なっている。もうひとつは、本州に太平洋高気圧がドカッと居座り、台風の行く手をさえぎっているので北に進むしかなくなっている。今後、太平洋高気圧の勢力が弱まれば、台風が通るルートは変わってきます」
高橋特任教授によると、赤道付近を東から西へ吹く風があり、それが非常に強くなっているため海面付近の暖かい海水をどんどん太平洋の西側に運んでいるという。西側にたまった暖かい海水は海上に大量の水蒸気を供給し、台風の勢力を増すエネルギー源となっている。
「今年は伊勢湾から遠州灘を経て東京・千葉まで、海水温の高い黒潮が沿岸にへばりついています。台風を大きくする要素です」(高橋特任教授)
台風の本番はまだまだこれから
本州への侵入をブロックしている太平洋高気圧が後退したとき、パワーアップした台風はどこへ向かうのか。
前出の山田准教授は、
「発生前の台風の進路を予測するのは無理です。ただ、典型的な台風は、日本列島の南東の洋上で発生して北西に進み、日本列島あたりで進路を変えて北東に向かいます。日本列島を縦断するような台風が起きやすい季節になってくるのは確かですね」
と注意をうながす。
気象庁によると、昨年発生した台風は29号まで。今年を除く直近20年では、年間平均24・55個の台風が起きている。今年はまだ10号だから、台風の本番はまだまだこれからといえる。
昨秋、千葉県を中心に大規模停電などをもたらした9月の台風15号に続き、10月には台風19号が東日本各地で洪水を引き起こしたのは記憶に新しい。
どうすれば、被害を最小限に食い止められるのか。
前出の高橋特任教授は言う。
「住んでいる土地の成り立ちや浸水の危険性を把握しておくこと。都合の悪い情報から目を背けてはいけません」
例えば、海や川の近くは高潮や浸水被害が心配されるし、山のふもとや崖下の集落は土砂崩れに警戒が必要だ。地盤の安定性を判断することも求められる。
大切なのは、準備すること
「崖崩れするのは山だけでなく、台地も崩れます。都内や千葉県周辺でも台地にニュータウンなどを形成している場所は多く、『関東ローム層』と呼ばれるように地層の上部は富士山や箱根から飛んできた火山灰が約7~10メートル積もっている。保水力は弱いと考えられます」(同・前)
高橋特任教授が台風によるさまざまな被害を心配する主な地域は下表のとおり。
「台風は標高500メートル以上の山は上手に乗り越えることができず、手前に雨を降らせることが多い。こうしたポイントも注意したほうがいい」(同・前)
いざというとき、自分や家族の命を守るためにはどうすればいいのだろうか。
『シニアのための防災手帖』を監修した一般社団法人「地域防災支援協会」代表理事の三平洵氏は、
「風水害に対して、何も準備しないことは絶対にいけません」
と警告する。
「突然起きる地震とは異なり、風水害は事前に備えることができますから。川が氾濫したらどのくらい浸水するか、土砂崩れは起きそうか、自治体のつくった『ハザードマップ』で確認しておきましょう」
浸水の程度によって、住居の上の階に逃げるか、別の建物に避難すべきかわかる。
「避難先は親戚・知人宅などに限りません。台風10号に備えて、安全なホテルに宿泊してやりすごした人たちがいました。物議をかもした国の観光業支援策『Go To トラベル』は防災面からみれば避難に使えます。避難の後押しにもなるので『Go To 避難』を検討してはどうでしょうか」(三平代表理事)
コロナ対策で避難所の定員は絞られている。また自宅でやりすごす場合も、停電などを想定した準備が必要という。
「まだ暑い日が続く中、停電でクーラーが使えなくなれば熱中症になるリスクは高まります。経口補水液のほか、叩いたら冷たくなる保冷剤、ペットボトルの水を凍らせたものも役立ちます」(同・前)
洗濯ばさみも“凶器”になる
自宅の周囲にも、目配りしておきたい。
「防災システム研究所」の山村武彦所長は、被害を少しでも抑えるために、「飛ばされそうなものは室内に移動させましょう」とアドバイスする。
「自転車やバイク、植木鉢やプランター、物干し竿、ゴミ箱などは“凶器”になるおそれがあります。あるいは濡れ雑巾や洗濯ばさみも、強風に飛ばされて近隣宅の窓ガラスを割るかもしれないので片づけておく。風速50メートルを超えると、そういったものでもガラスは割れてしまうんです」
意外なものが台風によって“武器”に変わり、家族や隣人を傷つけたり、住居を損壊するかもしれないから怖い。
強風が自宅を襲いそうになったら、何に気をつければいいのだろうか。
「台風10号は特別警報級までにはなりませんでしたが、風速50メートル以上は竜巻のようなものです。竜巻の場合は、1階より2階のほうが窓ガラスが割れる危険性が高い。避難するときは2階より1階、1階より地下です。地下がなければ窓ガラスのない浴室の浴槽などに身を隠すようにします」(山村所長)
家族の命には犬や猫などのペットも含まれる。自宅を離れて避難生活を送る場合、ペットをどうするか。避難所では受け入れないケースも多く、事前に検討しておく必要がありそうだ。
前出の三平代表理事はこう提案する。
「台風の被害想定エリア外まで行けば、ペットホテルもペットサロンも受け入れてくれるはずです。人間は同じエリアのホテルに避難すればいい。また、ふだんから広域の飼い主同士でコミュニケーションを図り、お互いに災害時にはペットを預かるなどの約束をしておくと安心です」
乾電池は、用途別に分けて用意しておくといい
最優先しなければいけないのは命を守ること。しかし、事前に備えられるのだから、住居や家財道具などの財産もできるだけ守りたい。
割れると後片づけが大変になる窓ガラスは、どのように補強したらいいのか。
前出の山村所長は言う。
「まず雨戸やシャッターがあれば閉めます。ない場合は外側からベニヤ板で補強したり、粘着性の強いガムテープを使って段ボールで覆うようにします。内側にも養生テープを格子状に貼り、段ボールで補強して厚手のカーテンを閉めます。窓から離れて生活することが大事です」
ほかにも、台風がくる前に余裕を持って取り組んでおきたいことがある。
「自宅周囲の側溝や排水口を掃除しておいたほうがいい。泥や小枝、木の葉などで目詰まりしていると、排水できなくなって水害を引き起こしかねません」(同・前)
浸水によって自家用車が水没被害に遭うことも。
「台風10号では、休業を決めた商業施設が立体型駐車場を開放するケースがありました。時間的余裕があれば、前もって浸水被害を免れることのできる場所に車を移動させておきたいですね」
と前出・三平代表理事。
さて、自宅や避難先での被災生活で役立つものは何か。
「乾電池を懐中電灯用、ラジオ用、スマホ用などと分けて用意しておくといい。充電器や車から充電できるシガーソケットも必要です」(山村所長)
ほかにも、LEDのランタンは連続点灯で14時間もつものなどがあるという。
「非常用トイレは100回分で百科事典2冊程度のコンパクトなもの(※コクヨ製『非常用袋式トイレ 防災の達人』)もあります。停電で換気扇が止まると家中に汚物のにおいが広がりますが、非常用トイレの中には消臭剤や凝固剤が入っているため、それを防げます」(同・前)
液体ミルクは高齢者の栄養補給になる
水と食料は、1週間分は備蓄しておきたい。
「温めずに食べられるカレー(※江崎グリコ製『常備用カレー職人』)があって、栄養バランスと消化がよく好き嫌いがあまりない。5年保存できて1食100円程度と安価です。水は長期保存用を購入するよりも、安価なものを買い替えていけばいい」(同・前)
さらに、
「乳幼児がいるご家庭は、常温で備蓄できる液体ミルクが便利です。そのまま飲めて、赤ちゃんだけでなく高齢者の栄養補給にもなります」(同・前)と“隠れアイテム”も。
台風10号では事前に避難する人が17万8000人を超えた。前出・山田准教授は、こうした命を優先するアクションを評価する。
「台風がくるときは危ないから安全な場所にこもりましょう。世界的にみても日本は台風の襲来に遭うリスクが高い地域。黙って通り過ぎるのを待つしかないんです。気象庁は24時間以内に台風に発達しそうな熱帯低気圧について、これまで『1日先まで』の予報にとどめていましたが、『5日先まで』に延ばしました。より早くから台風に備えられるようになったんです」
仕事や学校のスケジュールなどを守って、命を失っては元も子もない。天災には逆らわないようにしたいもの。