つい先日まで、とある転職サイトに、こんな求人情報が掲載されていた。
≪「エンターテイメントを通じて世界中の皆さまに幸せをお届けする」皆さまに喜んでいただけるような、上質なエンターテイメントを創出し、世界中に笑顔と感動をお届けします≫
どこであろうジャニーズ事務所の求人である。求人ページのタイトルは≪ジャニーズ事務所【マネージャー】★東京 or 大阪勤務≫
よく見ると、そこには首をかしげる一文があった。
≪月の固定残業代:74,800円、59時間分含む≫
“固定残業代”とは、俗に“みなし残業代”とも呼ばれ、給料の中に、あらかじめその会社が定めた一定の時間分の残業代を含ませたもの。要するに“固定給にあらかじめ残業代が含まれている”状態のことだ。例えば「月40時間分の残業を含む」などとする企業に勤める社員は、月40時間を超えた分しか、いわゆる“残業代”は支給されないということになる。
固定残業“時間”は、特別に上限が設けられているわけではないが、時間外・休日労働時間については2018年に改正された労働基準法により、『36協定』の中で「上限は45時間まで」となっている。
「非常にブラックを感じる」
労働問題に詳しい杉並総合法律事務所の三浦佑哉弁護士は、ジャニーズ事務所のこの求人について、
「36協定の“特別条項”という例外がありますが、“月45時間上限”が原則なので、月45時間以上の固定残業代の定めは、それだけで違法の可能性が高いと思います。あくまで特別条項によって月45時間以上働けるのは、繁忙期や緊急時の突発的な例外だけです。かつ1年の半分を超えられません。非常に“ブラック”を感じさせる、問題ある求人であると考えます」
近年、大手芸能事務所に長く所属してきたタレントが事務所を退社するケースが増えているが、このような問題のある求人をいまだにしているようでは、タレントどころかスタッフもいい人材がそろわなくなるのでは……。
“ブラック”が蔓延する芸能界
芸能プロダクションの若手社員の薄給は今に始まったことではないが、時代は“令和”である。
ジャニーズ事務所が求人を出していた転職サイト内を調べてみると、このような違法性が疑われる求人を出していたエンタメ業界の企業は、他にもあった。大手レコード会社ソニーミュージックグループの人事労務担当で≪固定残業時間52時間30分/月≫、大手放送局WOWOWの情報セキュリティー担当で≪固定残業時間50時間0分/月≫というものもあった。
エンターテイメントの世界では、世間に名の通った企業でも、このような勤務体系がはびこっている。違法性のある求人をなぜいくつかの有名企業が出しているのだろうか。何か抜け道のようなものでもあるのだろうか……。
「抜け道のようなものはありませんね。違法となる可能性が高いと思います。2019年4月に改正労基法が施行されるまでは、今より多くの有名企業が45時間以上の固定残業代を設定していました。現在も変わらずに45時間以上に設定している企業は、法改正後も“そのままいってしまえ”という感覚なのではないでしょうか。ほかにも同じような企業があるので、問題にならないと考えているのかもしれません」(三浦弁護士)
条文上は罰則があるものの、労働基準監督署の慢性的な人手不足などもあり、指導に動くことはまれだという。前出の三浦弁護士が続ける。
「“月45時間・年360時間”という残業時間の上限を罰則付きで設けて、長時間労働や過労死を防ごうと日本全体が取り組んでいます。2019年4月の改正労基法の施行で上限ができたことで、このような求人を出す企業は減ってきている印象でしたが、世間で注目されている有名企業が、月45時間を超える固定残業代の下で社員を働かせているということは残念ですし、周りに与える悪影響も大きいでしょう。すぐに労働条件を見直してほしいですね」
芸能界という“夢を売る”業界で働く人たちが、長時間労働や薄給によって夢を見られないような状態になっているのは、本末転倒のような気もするけれど……。