大切な家族の一員であるペットも、人間と同じように高齢化。要介護になった犬猫や、い主亡きあとの心配に応えるサービスが続々登場している。ご長寿時代の「終活」最前線をレポート!

ペットと入れる特別養護老人ホーム「さくらの里山科」には、愛らしい犬猫がいっぱい! ともに暮らす中で認知症の症状が改善された利用者も

ペットと入れる全国唯一の特養

 神奈川県横須賀市にある特別養護老人ホーム「さくらの里山科」(以下、山科)は、利用者が愛犬や愛猫と一緒に入居できる、特養では日本で唯一の施設。理事長の若山三千彦さんは「高齢者ができないことをできるようにサポートする“あきらめない介護”が理念です」と語る。

 ペットと暮らすことも、できないことをできるようにするサポートの一貫だ。開所から8年、現在は定員100名のところ、ほぼ満室。ともに暮らす犬10匹、猫9匹のうち、ホームで飼っている保護犬が3匹、保護猫が4匹いて、それ以外は利用者のペットだ。

 ペットと暮らせる特養誕生のきっかけには、1人の高齢男性の悲しい経験があった。「さくらの里山科」を運営する「心の会」では、開所前、在宅サービスも行なっていたが、その利用者にミニチュアダックスフントとともに暮らす男性がいた。天涯孤独で、愛犬だけが家族。在宅介護を受けていたが、とうとう独り暮らしが難しくなり、老人ホームに入居することになった。その際、身寄りのない男性は愛犬をどうするか悩んだ末、保健所へ連れていったのだ。

 在宅介護で関わっていた職員が心配し、老人ホームに入居した男性に面会に行くと、そのたびに「俺は、自分の家族を殺した」と言って泣いた。生きる気力を亡くしたのか、その男性も入居後わずか半年で亡くなってしまう。

「“人生の最後に、自分の家族を殺して絶望しながら亡くなるなんて、こんなに悲しいことはない”と言って職員も泣いて。それを解決したいと思いました」(若山さん)

 現在、「さくらの里山科」では10室で1つのユニットを組み、施設全体で10ユニットがある。うち、2ユニットに犬が、2ユニットに猫が暮らす。犬猫たちは、このユニットの中では自由に行き来して、どの部屋にも入れる。

「ユニットがひとつの家族で、犬猫をみんなで飼っている感じです。ホームの飼い犬・飼い猫も、利用者さんの愛犬・愛猫も、同じように生活しています。犬や猫の飼育は2階のみとしているのですが、アレルギーを持つ方も安心して暮らすためです」

 と、若山さんは話す。

末期がんの飼い主を看取ったチロ

 特養への入居は、原則として介護認定で「要介護3」以上の人が対象。入浴や食事、排泄などで支援や見守りが必要となる。「さくらの里山科」では年間30名ほどが亡くなっている。

 80代のある男性が愛犬チロ(ポメラニアン)と入所したとき、男性は末期がんで余命3か月だった。延命も治療もホスピスも断り、愛犬とともに暮らすことを選んだ。

 ホームの1階ホールでは、毎週1回、職員がウェイトレスに扮し、喫茶店のイベントを行う。男性は毎回、車椅子でチロをヒザに乗せて参加した。ここで10か月ほど暮らし、亡くなる1か月前にも施設のバス旅行を楽しむなど、最期の半月以外は元気に過ごしていたそうだ。生前から「チロに看取られて死にたい」と周囲に話していた男性。亡くなったとき、枕元にはチロがいた。

 遺されたチロのような犬猫は、その後もホームで安心して暮らせる。これまでにペットとともに入居した利用者は、犬2匹と猫1匹の飼い主それぞれが亡くなったという。

「さくらの里山科」で入居者と暮らす犬たち

 チロのような看取りの光景は、「さくらの里山科」では珍しいことではない。若山さんが「かけがえのない存在」と話す保護犬の文福は、ここを終の棲家とする利用者の最期に何度も立ち会ってきた。

「同じユニットにいる高齢者が亡くなるのを数日前に察知して、傍に寄り添うんです。枕元で文福に見守られて亡くなった方が何人もいらっしゃいます」(若山さん)

職員も犬猫が大好き

 こうしたペットたちとの生活を、ここで暮らす利用者は実際にどう思っているのか。

 愛猫の祐介と暮らす澤田冨興子さん(80代)は「毎晩、祐介と枕を並べて寝ています。ずっと一緒にいられて幸せです」と話す。ミックス犬・ミックの飼い主、山田美津子さん(80代=仮名)は「捨てるなんてできないし、どうしよう……と思っていました。一緒に暮らせてよかった」と、ほほ笑む。

6年前に愛猫・祐介と入居した澤田さん。このホームなら離れ離れになる心配はない

 また、高齢になり1度は手放した愛犬を連れ戻せたというケースも。佐々木節子さん(80代=仮名)の愛犬、マルチーズのベラは、親戚に連れられ新幹線で半日かけて、ホームにやってきた。佐々木さんは「もう1度、ベラと一緒に暮らせるなんて夢のようです」と言う。

 こうしたペットの世話は、犬猫ユニットの職員がすべて行っている。ただでさえ介護現場は忙しい。利用者に加えて犬や猫の面倒までみるのは、負担ではないのだろうか?

よく、大変じゃないの? と聞かれるのですが、基本的に職員は犬猫が大好き。“犬ユニットに欠員が出たら、行きたいです”と伝えてくれる職員もいるほどです。大変さはあると思いますが、それよりも愛情が上回っているんですね。職員が持ってきてくれる犬猫グッズが増えてしまって、おやつにいたっては“持ち込み禁止”にしたほどです(笑)。犬好き、猫好きのパワーですね」(若山さん)

 利用者も、犬猫も幸せに暮らす「さくらの里山科」。気になるのは費用面だ。

「特養ですから、国が定めた基準に基づき費用が決まります。自治体によって違いますが、同じ横須賀市のユニット型の施設と変わりません」 

 と、若山さん。収入によって変動するため、月4〜5万円から、高い人で25万円程度。だが実際は、25万円になる人は滅多にいないそうだ。そのほか、犬猫の餌代・医療費などは自己負担になる。

 ペットと暮らす介護施設のニーズは今後、増していくだろう、と若山さんは言う。

「今の80代くらいの方々は、ペットは庭で飼うもの、という文化でした。しかし、室内飼いが始まっていた団塊世代も、いずれ介護施設へ入居します。10年後には、山科のようにペットと暮らせるホームを希望する高齢者が増えるのではないでしょうか」

(取材・文/吉田千亜)