行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は転職によって収入低下を繰り返すモラハラ夫との離婚を選択した女性の事例を紹介します。(後編)

※写真はイメージ

【東大卒モラハラ夫との離婚】年収1800万円が半減、夫に尽くす妻が見た限界《前編》のあらすじ

 東大卒の夫・春樹(以下、すべて仮名)と結婚して丸17年、家事・育児を一手に引き受け、夫を支え続けてきた専業主婦の奈美さん。日ごろから奈美さんへの束縛が強く、モラハラ気質な夫は相談もなく2度の転職をして、1800万円だった年収が900万円に半減。住宅ローンの返済が危機に陥るも、自分の小遣いは減らさず、家を売ってお金を作ろうともしない夫に奈美さんは嫌気がさして離婚を決意するが、大学受験を控える長男を放ってはおけない。長男の世話を続けながら夫と離婚・別居するために、奈美さんが考え出した作戦とは?

<登場人物(すべて仮名、年齢は相談時点)>
夫:龍造寺春樹(46歳・会社員)
妻:龍造寺奈美(44歳・専業主婦)☆相談者
子ども:龍造寺玲央(16歳・春樹と奈美の長男)

苦渋の決断で親権を放棄した妻

「離婚の成立には原則、旦那さんの承諾が必要ですが、『家に住むのは妻子』『子の親権は妻』という条件では旦那さんは首を縦に振らないでしょう」

 と筆者は苦言を呈しました。そのせいで離婚できないのでは元の木阿弥です。

「とにかく急を要しています。早く話を進めたいんです!」

 奈美さんは焦った様子で訴えかけてきたのですが、ストレスでできてしまった脱毛斑を今はかろうじて地毛の長さで隠すことができるものの、このまま同居、結婚のストレスを浴び続けた場合、ウィッグなどで隠さなければならない大きさになる恐れがあります。奈美さんは息子さんを置いて、1人で家を出るという苦渋の決断をしたというのです。

「息子さんの心情を考えるとどうなのでしょうか? 家に残された息子さんは、お母さんは僕より自分自身のほうが大事なんだと思うのではないでしょうか? これではご主人と同じ穴のムジナですよ」

 筆者は首をかしげたのですが、奈美さんは「勘違いしないでください!」と一喝。自分が子どもを捨てるような薄情な母親ではないことを力説し始めました。奈美さんが目指したのは離婚の成立と息子さんの世話の両立。息子さんの生活環境を変えずに離婚するにはどうしたらいいのかを考えた結果だそうです。

 奈美さんが親権を放棄したので、息子さんの親権者は消去法で夫になります。とはいえ亭主関白の夫は今まで洗濯、掃除、料理など一切の家事をしてこなかったのに息子さんの面倒をみることは無理でしょうし、身勝手な夫は何もしようとしないでしょう。

「息子さんの身の回りの世話をどうするのでしょうか?」と筆者は質問したのですが、奈美さんは「本当は主人から離れた場所にしたかったのですが、地区の委員や当番もやっている責任があるので……息子のために自宅と別宅を行き来して、できる範囲で家事をするつもりです」と言います。具体的には奈美さんの名前でワンルームを借り、家賃を支払い、自宅ではなく別宅で寝泊まりするスタイル。

 筆者と相談の上、奈美さんは夫との間で家事の方法や費用について事細かく決め、離婚に踏み切りました。もちろん、プライドが高い夫は三行半を突きつけてきた妻に対して、当初は「とにかく妻の言いなりになりたくない」という態度でした。しかし、いまさら夫が料理の仕方や洗濯機の操作、風呂の洗い方を覚えるのは屈辱以外の何物でもありません。そのため、奈美さんが引き続き家事をするという条件で離婚に応じたのです。そして家事の詳細についても、奈美さんの希望が反映される形になりました。

家事の費用は元夫が元妻に支払う

 第1に家事の方法ですが、息子さんだけでなく元夫の料理を作り、衣服を洗い、部屋を掃除するのは今までと変わりません。自宅へ滞在することができるのは平日9時~16時、家事の所要時間は2~3時間なので、どの時間帯に行うのかは奈美さんの自由。ただし、自宅内で休憩するつもりはないので家事が終わり次第、すぐに帰ります。

 第2に家事の費用ですが、元夫が奈美さんに家事代として月8万円を支払います。ただし、食事の材料費、交通費、息子さんの小遣いや外食費、雑費はその限りではなく、元夫が別途負担します。つまり、いったん奈美さんが立て替えて支払い、元夫が妻に立て替え分を返すのですが、費用は発生するたびに清算するのは面倒なので月末締め、翌月末払いとします。

 第3に家事代の支払いは、奈美さんの口座(離婚し旧姓に戻った後の名義)に「振り込む」という形を採用しました。なぜなら、元夫の顔を見たくないから離婚するのに直接、現金で渡されるようでは困ります。元夫が所定の場所(リビングの引き出しなど)に現金を入れておき、奈美さんが受け取る方法もありますが、いかんせん相手はモラハラ“元”亭主です。奈美さんを困らせたくて仕方がないので、例えば、無断で場所を変えて「ちゃんと探したのか」と責めたり、現金を入れていないのに「入れた」と嘘をついたり、今月はまだ受け取っていないのに「月に2回も払うのか」と騙したりするかもしれません。

 元夫の顔を立てるため、戸籍上の親権者は元夫ですが、実際に親権者としての役割を行うのは奈美さんです。そのため、息子さんと電話、メール、LINE等でやり取りをするのは自由。家事の時間帯に息子さんと直接会うことは難しいでしょうが、それ以外の時間帯に自宅以外の場所で会うことに夫の承諾は必要ありません。

 上記の内容をまとめ、奈美さんは夫と以下の「雇用契約書」を交わしたのです。

  ◇   ◇   ◇  

  雇用契約書

龍造寺春樹(以下、甲という)と鎌倉奈美(以下、乙という)は以下の通り、合意した。

第1条 甲乙間の未成年の子・龍造寺玲央(以下、丙という)の親権者は甲である。

第2条 乙は丙および甲の家事の一切を行うこと。乙が甲の自宅内に滞在するのは平日9時~16時に限り、2~3時間で家事を終わらせること。ただし、上記の時間内でも乙は甲の自宅内で休憩してはならない。

第3条 甲は乙に対して家事代として毎月末日までに毎月8万円を乙が指定する金融機関の口座に振込入金にて支払うこと。振込手数料は甲が負担する。なお、食事の材料費、交通費、丙の小遣いや外食費、雑費等については乙が立て替えて支払い、甲が乙に立て替え分を支払うこと。これらの費用の清算は月末締め、翌月末払いの方法で行う。

第4条 甲は丙と乙が自由に連絡(電話、メール、LINE等)を取り合うことを承諾する。

第5条 乙は丙が甲と同居している間、途中で家事をやめてはならない。

  ◇   ◇   ◇  

「妻」から「家政婦」になり、夫の支配から逃れた

 こうして息子さんが就職するまでの間、家事を続けることを約束したのです。結果的に奈美さんは離婚をきっかけに「妻」から「家政婦」に変わった格好です。妻にせよ家政婦にせよ、家事の内容は同じです。

 しかし、今まで夫のための家事は「妻だから無償」でしたが、今後の家事は「家政婦だから有償」。そのことで奈美さんはずいぶん気がラクになったと言います。息子さんのことを考えれば、離婚するにしても別居より同居のほうがいいことは奈美さんだってわかっています。「我が子との別離」という犠牲を払ってでも夫の支配から逃れたかったのでしょう。

 離婚の二文字が奈美さんの頭をよぎったのは最近ではなく、元夫の1回目の転職のとき。それから8年間。奈美さんは離婚に向けた準備を進めてきました。例えば、彼の知らぬ間に秘書検定を受けて合格したり、元夫の年収が1800万円の時代に300万円のへそくりを作ったり、別居のことを考え、めぼしいワンルームの部屋を物色したり。奈美さんは今後、マナー講師養成講座に通い、企業向けのマナー講師として働くことを夢見ていますが、離婚時の収入はゼロです。

 ところで元夫は親権者。奈美さんは非親権者です。本来なら非親権者は親権者に対して毎月、養育費を支払わなければなりません。しかし収入がないのに毎月、養育費を振り込むのは無理です。親権者には子どもにかかる費用を負担する権利を有し、義務を負っています。奈美さんにまとまった収入があれば、息子さんにかかる費用はお互いの収入に応じて按分すべきでしょうが、今回の場合、元夫がすべてを負担するしかありません。

 元夫は大学の学費を出さないと豪語していましたが、本当にそうなのでしょうか? なぜなら、彼が「東大の特待生しか認めない!」と吐き捨てたのは奈美さんの前だけです。息子さんに直接、言ったわけではありません。父子家庭でも予備校で勉強し、志望校を受験し、見事に合格する。そんな誇らしく微笑ましい姿を目にしますが、息子さんの努力を無駄にすることができるほど、夫は悪人ではないはず。そして法律的にいえば、親権者である元夫は大学の学費を負担しなければなりません。

 元夫の個人的な意見と、法律の公式的な見解とどちらが優先するのかは言うまでもないでしょう。「東大以外の大学でも、学費を出してくれるのではないでしょうか?」と筆者は奈美さんを勇気づけました。

長男が自立するまで数年の辛抱

「来年、息子は受験です。大学に入って下宿すれば、私は家政婦はやめるつもりです」

 奈美さんは力強く言いますが、家事から解放されるのは早ければ1年後。息子さんが自宅から大学へ通った場合でも、浪人、留年せずに卒業した場合、就職するのは5年後です。息子さんは社会人になっても親のスネをかじる坊やではないでしょうから、遅くとも5年後には自由の身です。

 もちろん、息子さんが元夫と喧嘩をし、自ら家を出て行ったり、彼に追い出されたりして奈美さんのところへ転がり込む場合はその限りではありません。何しろ元夫との関係を断つ目途が立ったことで、奈美さんは肩の荷が降りた気分だと言います。息子さんのためとはいえ家に出入りするので、元夫との接点を完全に断つことは難しいです。実際のところ、離婚1か月目から元夫が攻撃を開始。

 例えば、ゴミ出し。奈美さんの地域では燃えるゴミの収集は週に2回。たまたまゴミ出しを忘れてしまい、ゴミ袋を台所に置いたままにしたところ、元夫からメールが。「お前、バカだろ? 何年、主婦をやっているんだよ? 生ゴミが臭うし、ふざけるな!」と。そのゴミ袋は3日後の次の回収日に出せばいいのに、ひどい言われようです。

 それ以外にも風呂に入浴剤を用意したり、リビングテーブルに生花を飾ったりしたところ、彼は「ムダづかいだ。お前が勝手にやったことだろ? 頼んだ覚えはない!」と言い、奈美さんが差し出したレシートにバツ印をつけ、そのぶんの清算を拒んだり。挙句の果てには「いくら稼いでいるんだ! 稼ぎが増えたら8万円は減らせよな!」とメールを送り付けてきたり。

「妻に逃げられた」現実を目の当りにすれば、少しは改心しそうなものですが、元夫は相変わらずという感じ。しかし、息子さんが自立すれば正式に縁が切れるのでもう少しの辛抱です。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/