「ルパン三世」ならぬ「はぐれ刑事三世」。原田泰造が今は亡き名優・藤田まことの当たり役で22年間演じてきた「はぐれ刑事純情派」(1988年〜2009年 テレビ朝日系)を引き継ぐことになり、注目を浴びている。
先人の「はぐれ刑事」をそのまんま令和にリメイクするのではなく、藤田まことが演じた伝説の刑事“安浦吉之助”に名前“浦安吉之”が似ているため“はぐれ刑事三世”としてはぐれ刑事の魂を引き継ぐというもの。あくまで令和の新たな刑事ドラマとなる(放送は10月15日)。
なぜ、二世じゃなくて三世か、テレビ朝日宣伝部にたずねたが、明確な回答は得られなかった。三世のほうがゴロがいいというのもあるとかないとか……。
元祖“はぐれ刑事”の愛された面は “捜査にはことのほか厳しいが、やむなく犯罪を犯した者への温情は忘れない”というものだった。その人物を彷彿とさせる人物として、原田が演じるのは、道に迷いやすく、騙されやすい人物。そうして彼方此方(あちこち)“はぐれ”た先に真実を見つけるという趣向である。
予告映像を見ると、ドジだが憎めない中年刑事という印象を受ける。流行りの「かわおじ」(かわいいおじさん)を意識しているようにも感じられる。だが、そう見えて、じつは敏腕、つまり「能ある鷹は爪を隠す」人物らしい。
穏やかで優しい、いざというときに頼れる
こういう役は原田泰造なら任せて安心であろう。彼は、穏やかで優しい、でもいざというとき頼りがいがあるというイメージのある人物を演じさせると抜群だから。
1993年からお笑い3人組・ネプチューンの一員として活躍している原田は「曲がったことが大嫌い はらだたいぞうです♪」と節つきの自己紹介で人気を獲得した。最近は、このネタは滅多に見られないが、先日、バラエティー番組「しゃべくり007」(日本テレビ)で、若手の女性芸人にねだられて照れくさそうに披露していた。これは未だにこのネタは風化しておらず、有効であるということを示している。要するにレジェンド化しているということだ。
「曲がったことが大嫌い」によって、芸人はトンガッて、型破りなものという先入観を原田は壊すことに成功した。そして、頼りがいがあって安心な、でも面白い好人物。そのうえ背がすらりと高くてスマートという特性を生かし、女性をはじめとして、幅広い層に受け入れられた。
真面目で誠実な人というイメージが定着した原田泰造は、俳優としてもそのイメージを担うようになっていく。今夏放送されていた「未満警察ミッドナイトランナー」(日本テレビ)でもまさに正義感が強くて熱い昭和の刑事を演じていた。すらっとした身体でスーツが似合うからか刑事役を演じることがよくある。
俳優としての出世作は2000年「編集王」(フジテレビ)。土田世紀の人気漫画のドラマ化で、原田は主人公である元ボクサーの熱血漫画編集者を熱演した。以後、俳優としての活動が増えていく。
コントをやる芸人は、シチュエーションの再現性や間のとり方などの能力が高く、それは演技に生かされるので、原田もその力をドラマや映画、演劇で存分に発揮していった。
俳優として全国区の認知度を得る登竜門・朝ドラにも出演。2013年「ごちそうさん」のヒロイン(杏)のお父さんで、洋食屋の料理人役を担当。洋食屋だから箸は使わせないという意地を見せるエピソードもあるなど頑固すぎるほど真面目な好人物をみごとに演じていた。同じく登竜門の大河ドラマにも出ている。
近作ではNHKで初主演した「全力失踪」(2017年)とその続編「大全力疾走」(2019年)でいい芝居をしていた。仕事がうまくいかず借金に首がまわらなくなったところ、7年行方不明でいられたら死亡とみなされることを知り、逃げ続けるという奇想天外な話。全力でするのは失踪だが、逃げるため疾走もしていて、カラダを張って演じていた。
カラダを張って演じることで説得力が増す
原田泰造のイメージ・誠実さがこれだけ長いこと崩れることがなく一貫していることは評価に値する。つねにカラダを張って演じることで説得力が増しているからであろう。
穏やかで真面目そうで、でもユーモアがあるという役柄は、主演でも助演でも魅力的に映る。その一方で悪役を演じることもあり、それはそれでハマっているのだが、やはり、原田泰造には実直というイメージが強い。
俳優は、あるとき当たり役を得たのち、たいていどこかでイメージチェンジをはかろうとすることがあるもの。それが原田の場合、元が俳優ではなく芸人であることが強みである。俳優はいろいろな役を演じられる変幻自在性が評価の対象になるものであるが、芸人の場合、同じネタを長く続けていくこと、あるいは芸人本人の人柄で勝負することも重要なのだ。
以前、ある芸人に取材したとき、全員とは限らないものの、俳優には、舞台で毎日同じ芝居を繰り返すとき、その日その日、で違う感情が湧くことを大事にする人がいるが、芸人は同じネタを毎日、どんな状況でも揺るぎなくやる訓練をしているものだと言っていた(大意)。これは俳優と芸人の違いを考えるとき、念頭に入れておきたい極めて興味深い発言である。
今、ここでこの例を挙げたとき思い浮かんだのは、亡くなった志村けんである。彼こそ、“バカ殿”や“変なおじさん”というネタをじつに長く続けていた。後輩芸人たちにもひとつのネタを続けるように助言していたと聞く。さらに、自身の素顔を見せるような芸をやらないようにしていた。素顔を隠して徹底的にキャラクターを演じきることで、人々の心に消えることない強烈なキャラクターが生まれたのである。
志村は、晩年、NHKのコント番組「となりのシムラ」で“変なおじさん”のようなイロモノでないナチュラルなおじさんを演じたり、映画「鉄道屋(ぽっぽや)」(1999年)に次いで2度目の俳優出演となった朝ドラ「エール」で、悪役か?と思えるような苦み走った役(山田耕筰をモデルにした巨匠の作曲家)を演じたりして、これから新たな領域に向かいそうな矢先、コロナによる突然の死によってその可能性は絶たれた。
もし、存命だったら俳優としての活動も増えたであろうかとも惜しく思うが、彼がつくりあげてきた唯一無二の“バカ殿”や“変なおじさん”は永遠だ。
50代に入った原田がどんな「はぐれ刑事」を演じるか
一方、はぐれ刑事の藤田まことは俳優ながら、永遠のキャラクターを作り上げた。藤田は旅芸人の一座から出てきてテレビや映画で愛されるようになったのは喜劇役者としてだった。
代表作は、昼はうだつのあがらない同心で、夜は悪人を討つ殺し屋稼業の「必殺仕事人」(テレビ朝日系)の中村主水。「はぐれ刑事」はその次の当たり役である。コミカルな部分と意外性のギャップが受けた必殺仕事人から罪に対する人情という1点にぐっと絞り込んで愛されたはぐれ刑事にシフトチェンジしていった。どちらの役も長く演じ続けることで、強度を増していったのだ。
原田泰造は、今年2020年、50代に入った。「はぐれ刑事」によって、これまでの原田泰造の実直でユーモアがあるイメージをさらに積み重ね盤石にするのもいいだろう。あるいは伝説の刑事を受け継ぐことで、さらなる俳優としての飛躍につながるか。いずれにしても原田泰造のこれからが楽しみである。(文中敬称略)
木俣 冬(きまた ふゆ)コラムニスト 東京都生まれ。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。