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「テレワークになって給与が減ることで、老後の資金は少なくなる可能性があります」

 そう話すのは、社会保険労務士の井戸美枝さん。

給料が減る→社会保険の給付も減る

 コロナ禍で、一気に進んだテレワーク(在宅勤務)。内閣府が6月に発表した「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査結果」によると、東京23区のテレワーク実施率は55・5%で、そのうち今後も継続する人は約9割。これによって、通勤手当代を廃止し、実費精算に切り替える企業も増えてきた。

 さらには“在宅だと会社に残業代を申請しにくい”という嘆きも聞こえてくる。厚生労働省が8月7日に発表した6月の毎月勤労統計調査によると、所定外給与(残業代)は、前年同月比で24・6%減少した。通勤手当と残業手当がともに減ることが老後に影響を与える、と井戸さん。

「通勤手当や残業手当は労働の対価として支払われるお金なので、標準報酬月額に含まれます。この標準報酬月額は社会保険料の算出のもとになります」(井戸さん、以下同)

 短期的に見ると保険料が安くなっていいようにも思えるが、保険料の支払いが減るということは社会保険の給付すべてが減額になるということ。

「例えば、病気やケガなどで仕事ができない日が4日以上続くともらえる“傷病(しょうびょう)手当金”。これは標準報酬日額の3分の2が支払われるので、標準報酬月額が減れば、そのぶん少なくなります」

 ほかにも出産手当や失業手当も減ってしまうという。

「今すぐソンをするという話ではないが、お給料が減ると社会保険の給付も減っていくと考えてください」

 これらは、すべての人が必ずもらえる手当ではないが、

「会社員などが加入している厚生年金の受給額も標準報酬月額から算出されます。生きていれば必ずもらえる年金は、退職後の生活費の支えになるもの。なるべく減らしたくないですよね」

 では、具体的な算出方法を見てみよう。厚生年金の受給額は、定年退職までの月数×平均標準報酬月額(厚生年金加入期間中の標準月額の平均値)×厚生労働省が定めた乗数(入社が2003年3月以前は、生年月日などによって変わる。5・481/1000で統一)の計算式に従って決定される。

 テレワークがこのまま続けば、平均標準報酬月額は下がっていく一方。知らぬ間に年金の受給総額が減り続けてしまうという仕組みだ。

45歳のAさんが定年まで働いた場合

月に5万円以上、受給額が減る場合も

 写真ページの表を見てほしい。45歳のAさんはコロナ以前の標準報酬月額は45万円。65歳の定年まで働くと、

「厚生年金は年間59万2000円です。国民年金78万1700円を加えると、合計で137万3700円もらえることになります」

 では、テレワークで通勤手当と残業手当を合わせて月4万円減ってしまうと、

「前述した計算式に当てはめると、厚生年金は53万9000円。年金の受給額が年間で5万3000円減ってしまうんです」

 さらには、

「標準報酬月額が月5万円減ってしまうと、厚生年金は52万6000円となり、年間で6万6000円の減額に」

 年6万6000円は少ないように思えるが、85歳まで生きた場合、生涯で132万円と大きな金額差が生まれる。

 夫の年金が減るということは妻の生活にも影響するし、さらには夫が亡くなったあとの遺族厚生年金の受給額も下がってしまう。

「10月から出社する日数を制限する企業も出てきており、通勤定期代の廃止は進んでいくでしょう。また勤労者同士で雇用を分け合うワークシェアリングで人件費を削っていくという流れもあります。標準報酬月額が減っていくことはもう避けられない事態と言えるでしょう」

 私たちが老後の生活を守る対策はあるのだろうか──。

「在宅勤務によって、光熱費は平均で年5万円ぐらいアップすると言われています。それに倣って光熱費を月割りにして毎月、社員に支払っている企業もあります。テレワークによって働き方が変わったわけですから、会社は就業規則や賃金体系などもそれに合わせて変更し、社員にきちんと説明する義務があるんです。“通勤手当は日割りにする”“光熱費分など在宅勤務費を給与に上乗せする”など、新しい決まりを作っている企業は増えています」

副業でも稼いで老後資金の積み立てを

 いま勤務している会社が今後もテレワークを続けていく方針なのに、前述したような新しいルールが定められていないならば、

「就業規則などで示してほしいと会社に話してみるのもいいでしょう。このような手当は遡(さかのぼ)って請求することがなかなか難しいので、今すぐ会社に確認するのが肝心です」

 給与減額になると、老後は安泰とは言えず、もらえる年金だけで暮らしていくことは厳しいと考えるべきだ、と井戸さん。

「副業をもつことを許可する企業はどんどん増えています」

 全日本空輸(ANA)では、社員の副業を大幅に広げる方針を固めた。従業員が勤務以外の時間を活用できるように、ほかの会社とも雇用を結べるようにした。

「本業だけではなく、副業でしっかり稼いで老後資金を積み立てていくことが大切です」

 さらには、

「税制優遇のある『iDeCo』や『つみたてNISA』なども利用して、老後の備えを万全に整えてください」

 年金だけに頼らず、老後の安泰は自分で勝ち取っていく必要があるのだ。


《PROFILE》
井戸美枝さん ◎ファイナンシャルプランナー、経済エッセイスト。『大図解 届け出だけでもらえるお金』(プレジデント社刊)など著書多数。