いまや飼育頭数で犬を抜き、ペットとしての不動の地位を築いた猫。意外にも猫を飼うメリットは、単なる癒やしにとどまらないという。猫専用ヒーリングミュージックCD付きの『猫がゴロゴロよろこぶCDブック』を著した猫の心理学者が最新の研究から解説する。
猫を飼うだけで健康になれる?
猫のかわいらしい見た目や愛らしいしぐさに、日々癒やされている飼い主さんも多いことでしょう。
市場調査会社の発表によると、世界の主要国では実に56%の人が犬や猫などなんらかのペット(伴侶動物)を飼育していることがわかりました。
ペットを飼うという文化・習慣は、私たちの社会に当たり前のように根付いています。
しかし、冷静に考えると「わざわざお金を出して、自分とは他の生き物を飼育する」という行動は不思議に思えます。金銭的な面では、デメリットしかありません。
また、広い動物界を見渡してみても、人間のように他の生き物を飼育する動物は極めて稀です。
それでは、猫の飼育にはどのようなメリットがあるのでしょうか?
結論を先にお伝えすると、猫を飼うことで、健康増進につながり、猫とのふれあいに人は幸福感を感じると最新の調査・研究で明らかになっています。
猫を飼育する人は、そうでない人と比較して頭痛や花粉症などの健康的な問題が少ないことが報告されています。
また、これは猫だけでなく、ペットの飼育全般についてのメリットになりますが、動物を飼育している人としていない人を比較すると、動物を飼育している人のほうが、2年後の累積生存率が高くなっていることがわかっています。
さらに、心血管系疾患による死亡率も低いという報告もあります。
このような報告からも、ペットを飼育することで、健康が維持されることがわかります。
ただし、残念ながらこれだけでは手放しに猫の飼育による健康効果を喜ぶことができません。
なぜなら、このようなアンケート調査がベースの研究に参加できる人というのは、そもそも猫や犬を飼育できるくらい健康で元気な人であると考えられるからです。
厳密にペットの飼育による健康効果の調査をするのであれば、無作為に集めた人たちに同時に猫や犬を飼育してもらい、その人たちの健康状態が改善されたのかや維持されているかどうかを追跡調査する必要があるからです。
もしくは次に紹介する研究のように、日常的な場面を想定し、猫を撫でている間の脳活動や撫でる前後の気分評定を行い、その効果を探る方法もあります。
動物とのふれあいを通して、人の心を癒やし、ストレスを軽減する「アニマルセラピー」をご存じでしょうか?
例えば、犬では老人ホームなどを訪問し、入居者と触れ合うことで癒やしの効果を与えるセラピー犬が存在します。
それでは、猫を撫でることで、なんらかの健康効果があるのでしょうか?
猫を撫でるだけで幸せになる!?
つい最近、東京農業大学の永澤巧さんが、「猫を撫でることの健康効果」を明らかにしました。
この研究では、日常的に猫を撫でるという行動が、人の脳の活動や気分にどのような影響を及ぼすのかを調べました。
実際に人が猫に触っているときの脳活動を調べ、その前後の気分評定を行いました。
また、触る対象による違いを比較するために、猫に触る群と、ぬいぐるみに触る群とを比較しました。
その結果、猫群でもぬいぐるみ群でも、ネガティブな気分が減少することがわかりました。
その減少は、猫群で特に顕著でした。
また、脳活動においても猫に触ったときとぬいぐるみに触ったときで差が見られました。
対象にしたのは、前頭前野の「IFG領域」という部位です。
この部位は、非言語コミュニケーションや他者との関わりにおいて重要な認知機能を担っているといわれています。猫に触ったときの方が、ぬいぐるみに触ったときよりもその部位の血流が活発になっていることがわかりました。
猫というポーカーフェイスの生き物に触ることで、「このコは何を考えているのだろうか?」という思考が行われ、この領域が活性化したのではと考察されています。
さらに、他者との絆形成に関わるといわれている「オキシトシン」というホルモンの上昇も、猫群でぬいぐるみ群よりも多く見られました。
オキシトシンは、免疫機能の向上やストレスの減少などのさまざまな健康効果があるといわれているホルモンです。
猫を撫でると、いいことばかり起こるではないですか……!
これらの結果から、猫に触ることはぬいぐるみに触るよりも、精神状態を改善させ、他者とのコミュニケーションを向上させる可能性があることが示唆されました。
さらに、猫と暮らすメリットはこれだけではありません。
猫はリラックスしているとき、喉をゴロゴロと鳴らす通称「ゴロゴロ音」を発することがあります。
ゴロゴロ音に含まれる微細な振動が、人の骨の骨密度を上げることがわかっています。
骨粗鬆症となり、骨密度が減少するリスクの高い人を対象に行った調査によると、振動を与えた群と与えなかった群の間に差があり、骨密度を測定すると、振動を与えた群で増加したことがわかりました。
つまり、ゴロゴロ音に含まれるような微細な振動が骨密度の増加に寄与したのです。
また、筑波大学の研究チームは、猫のゴロゴロ音とホワイトノイズ(換気扇の音やテレビの砂嵐音のような音)を人に聞かせたときの心拍解析を行いました。
まず、実験参加者の安静時の心拍数を測定し、これを基準値とします。
その後、ヘッドフォンから再生される数字を足していく計算課題によって、ストレスをかけます。その間、心拍数はずっと計測しておきます。
そのようなストレスのかかった参加者に対し、猫のゴロゴロ音を聞かせる群、ホワイトノイズを聞かせる群を作りました。
「ゴロゴロ音」はいいことずくめ!
最後にもう一度、音聴取後に心拍数を測定し、ストレス状態が緩和されたのかを分析しました。
その結果、音を聞いた後の心拍数は、ホワイトノイズ条件では基準値との差は見られませんでした。
それに対して、ゴロゴロ音条件では、心拍数が基準値と比較して減少していることがわかりました。
また、この減少には参加者が「猫が好きかどうか」は関係ありませんでした。
このように、ゴロゴロ音は骨に対するよい効果、リラックス効果がある可能性があり、人にとっていいことずくめの音になっています。
猫を飼育することで十分癒やされますが、さらにこんなに素晴らしいおまけがついてくるんですね。
高木 佐保(たかぎ さほ)ネコ心理学者、麻布大学特別研究員
1991年生。2013年同志社大学心理学部卒業。2018年京都大学大学院文学研究科行動文化学専攻心理学専修博士課程修了。博士(文学)。幼い頃から疑問を抱いていた「動物の心」を解明するため、ネコ研究の道へ。2020年現在、麻布大学で日本学術振興会特別研究員(SPD)を務める。ネコ研究集団「CAMP NYAN TOKYO」の一員としても活動中。「ヒトとネコが今よりもっと仲良くなれること」が研究の最終目標。著書に『知りたい! ネコごころ』(岩波書店)『猫がゴロゴロよろこぶCDブック』(サンマーク出版)がある。日本学術振興会特別研究員(SPD)。