韓国、そして日本でもベストセラーとなった小説『82年生まれ、キム・ジヨン』の映画が公開され、さらなる反響を呼んでいる。誰かに意地悪をされたわけではない。特別な嫌なことがあったわけでもない。それでも日々を積み重ねる中で生きづらさを抱える母親たちの気持ちがここにある。キム・ジヨンに共感した女性たちがエピソードを語ってくれた──。
「涙が止まりませんでした。あぁ、私もキム・ジヨンだなって。国を越えて同じ苦しみを抱えている人の存在はありがたくもあり、無力さを感じる」
と、話してくれたのは東京都の主婦・恭子さん(33)。上映が終わったあとも、なかなか席を立てなかったという。
「いろんな場面で、あるあるって。例えば、夫の実家でのあの妙な感じとか、子づくりを急かされる感じとか」
10月9日に日本公開された韓国映画『82年生まれ、キム・ジヨン』に共感の声が集まっている。原作は韓国で'16年に発表され、130万部のベストセラーになった同名小説。女性の生きづらさをテーマにしたもので、日本でも18年の邦訳出版とともに話題になり、邦訳小説としては異例の20万部を突破した。
主人公のジヨン(チョン・ユミ)は夫デヒョンと幼い娘とともにソウル近郊で暮らす。仕事を辞めて子育てに専念する日々の中で彼女は次第に精神のバランスを崩し別人格が時折、憑依するようになり……。
同作ではジヨンが壊れてしまうことで周囲は気づくが、ギリギリで踏ん張っている女性たちはたくさんいる。私もキム・ジヨンだという女性たちが声を上げた。
進学・就職
ジヨンは大学の文学部を出て、広告代理店に就職。女性上司はジヨンの優秀さを評価するものの、大きな仕事を任されることはなかった─。
男尊女卑は韓国だけではない。
「勉強が好きでした。父親からは“女の子なんだから愛嬌を磨け”と言われながらも名門といわれる大学に合格しました。3歳下の弟がいるのですが、“(弟は)墓守だから”という理由で大切にされました。父も母も私より弟が可愛いんだろうな、と感じていました。
田舎の祖父母はあからさまな弟びいき。美味しいものはまず弟から。男尊女卑を感じ続け、就職先でも能力よりも愛嬌が優先される。女の敵は女ではなく、男社会だと痛感しています」(東京都・さゆりさん・40)
結婚・義実家
やがて大学の先輩であるデヒョンと結婚したジヨンは女児出産のため退職。結婚をすれば、毎年の年末年始は夫の実家に帰郷して家事を手伝い、同じく帰郷した夫の姉夫婦を接待する側に回らされる。
ジヨンのように、夫の実家で毒を受ける女性は多い。
「逆子が判明したときに姑から《あら、産みの苦しみを経験できないのね》と言われました。帝王切開だって陣痛はあるし、痛みも経験するし、自然分娩よりも治りが遅いんです。楽して産んだみたいな言い方されると許せない。だけど、世間では自然分娩がいちばん尊いとされているのが子どもを産んで10年たってよーくわかりました。
姑から始まり、ママ友、ベビー教室などいろんなところで感じましたね。あるママ友なんかには《自然分娩はママと子どもの最初の共同作業じゃん。一緒に頑張れなくてかわいそうだったね》と笑顔で言われました。私と娘の絆がないかのように言われて悔しかった」(東京都・純子さん・44)
子どもの性別
「お腹の子どもが男の子と判明したときに友人から《次は女の子だといいね》と悪意なく言われました。友人は姉妹の母親でそれが自慢のようで男の子を悪とばかりに言います。私は性別なんてどっちでもいいのに、その言葉が言霊のように残っていて何より男の子だとかわいそうと思われるんだというのが悲しい」(神奈川県・心さん・28)
最近でこそ女児が優遇されつつあるが、男児信仰は根強い。本作でも、長女、次女のジヨンを生んだ母親は、姑や周囲の圧力で3人目の女児を中絶する場面がある。
「私は姉妹の母なのですが、義父に会うたびに姉妹じゃ恥ずかしいと言われます。恥ずかしいってなに? 出来損ないみたいに思われているのがむかつきます」(神奈川県・美香さん・42)
幸せな出産をしても空気のような毒を感じているのだ。
社会復帰
劇中、再就職が決まったジヨン。シッターが見つからず、夫のデヒョンが育児休暇をとることを2人で決めるが、姑から《息子の将来の邪魔をする気!?》と激しくなじられる。
出産を経ての職場復帰を阻む風潮は根強い。
「専業主婦の義姉に3歳までは一緒にいないとかわいそうだよ、と、なんども言われました。子どもももう小学校にあがりましたが、学校で何かあるたびに子どもを幼稚園に通わせていたママたちから《保育園の子だから(躾が行き届いていない)》と言われて気持ち悪いなぁ、と思いますね。仕事をして自分の世界が保てているので気にしていませんけど、その言葉はトゲのように刺さってはいます」(茨城県・智子さん・39)
「時短勤務に対する周囲の目が冷たい。子どもが熱を出したときに、またかという視線も恐怖で頼むから風邪をひかないでくれ、と願ってしまう」(東京都・なおみさん・40)
専業主婦
韓国では一部の専業主婦のことを《ママ虫》と呼ぶネットスラングがある。このママ虫に対する視線に苦しむ女性は日本でも多い。
「専業主婦っていうだけで何もしないで夫のお金で遊ぶバカ女という視線を痛いほど感じます。ベビーカーでママ友とお茶をしていると邪魔だという視線を投げかけられる。ファミレスで子どもが泣くとこんなところに連れてくるなと言われたこともあります。ファミレスですよ、夜中に来ているならまだしも、お昼を食べに来ただけなのに。そんなことは日常茶飯事です。かといって、もう年だし仕事もなかなか見つからないし」(千葉県・莉子さん・41)
夫
優しそうに見える夫の何気ないひと言もジヨンを追い詰めていく。夫の無理解を痛感するのはジヨンだけではない。
「夫は優しい人です。周囲からもそう見えます。でも育児を手伝ってやっているという感覚。日曜日に遊びに行くことを家族サービスと呼ぶことも腹立たしい。サービスってなんですか? 子どもがやっと4歳になって私が初めて友達との飲み会に行ったとき、子どもが泣くからと車で子どもを連れて居酒屋まで迎えに来た恨みは今も忘れません。
産後育児に追われそんな気になれないときに性行為を迫ってきたことも許していない。私の身体をなんだと思っているのか。だけど、それも妻のすべきサービスだと思っているらしく本当に許せない」(千葉県・愛さん・34)
「1人目を出産してすぐ、まだ生理が戻っていないのに夫に《この子に兄弟がいないとかわいそうだろ》と年子での出産を提案されたときは殺意がわきました」(東京都・沙奈さん・40)
キム・ジヨンというヒロインの名前は、韓国で最も一般的な名字のひとつ「キム」と、1982年に生まれた女の子の名前として最も多い「ジヨン」を組み合わせたもの。ごく平凡な、他者から見ると、どちらかというと恵まれている部類に入る女性の少女時代から30代前半までのありふれた人生を通じて社会の根深い性差別を突きつけた同作。
日本でも大反響を巻き起こしているこの作品が、それが韓国特有の問題ではないということを教えてくれた。
原作者のチョ・ナムジュは読者にこう語りかけている。
「最大公約数的名前をタイトルにしたのは、そこに誰の名前を入れても当てはまる物語であり、あなた自身の物語である」
『82年生まれ、キム・ジヨン』
キム・ドヨン監督/出演:チョン・ユミ、コン・ユほか
10月9日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
配給:クロックワークス
【あらすじ】主人公のキム・ジヨンは33歳の主婦。3歳年上の夫と1歳になる娘とソウル近郊で暮らしている。1982年生まれの韓国の女性で最も多い名前はジヨンとされ、主人公もどこにでもいそうな女性だ。ジヨンは誕生から学生時代、就職、結婚、出産に至るまでさまざまな女性差別に苦しみながら必死に生きてきた。しかし、ある日、通りすがりの男性から侮辱されたことで精神に異変をきたし、精神科病院に通い始める。物語は彼女が病院で話した半生を聞き取って記したカルテという形式で進んでいく──。