かつて恒例だった『著名人の長者番付』。高額所得者の納税額をランキング形式で公示するこの制度は、時代の移り変わりを見事に反映していた。振り返ると今は懐かしいあの人がランクインしていて──。
令和の『長者番付』、ランクインするのは誰?
「『長者番付』がスタートしたころは国全体に活気があった。毎年公示される高額納税者の名前を見て、“自分も頑張ろう”と思う、そんなムードがあったと思います」
そう話すのは『税理士YouTuberチャンネル!!/ヒロ☆税理士』で動画配信する税理士ユーチューバーの田淵宏明さん。
高額納税者公示制度、通称『長者番付』。そこにはその時代に一世を風靡(ふうび)したタレントや俳優、歌手が名を連ねていた。2004年度分をもって廃止されて16年。いま『長者番付』があったら誰がランクインするのだろうか──。
昭和、平成、令和の芸能界を取材してきた芸能レポーターの石川敏男さんが解説する。
「当時から上位にいる芸能人でランクインするのはダウンタウンの2人くらいでしょう。彼らの納税額が芸能人の中でいちばん多いと思います」
ほかにはマツコ・デラックスや有吉弘行、爆笑問題といった冠番組をいくつも持っていて視聴率が取れるタレントたちだという。俳優ならば、
「吉永小百合、渡辺謙のギャラは高いので、そんなにたびたび出ていなくても数本の作品でランクインすると思います。かつて渥美清は寅さん1本で2000万円のギャラをもらっていたと言われています。中堅の代表は米倉涼子ですかね」
しかし、苦戦しているのは音楽業界だという。
「音源がなかなか売れない時代。特に演歌や歌謡曲の歌手は厳しい。ランクインできるとしたら舟木一夫くらいじゃないかな。今年はできませんでしたが、彼は今でも1か月公演を行うなどしていますから」
そんな過酷な業界で、ひとり勝ちしている人がいる。
「AKB48や乃木坂46などをプロデュースする作詞家の秋元康さんでしょう。彼は印税などでかなりの収入を得ているとみられます。同様のプロデューサーに小室哲哉やつんく♂もいたが、秋元さんが断トツ。きっと2位を大きく引き離して不動の1位だと思います」
前出・田淵さんが注目するのが動画配信業界だ。
「HIKAKINさんやはじめしゃちょーさん、ヒカルさんら人気ユーチューバーは上位にランクインすると思います。
長者番付上位にいたとんねるずの石橋貴明さんも最近ユーチューブを始めました。タレントさんも、どんどんユーチューブで配信をスタートさせていますから、それだけ注目されているんです」
ただし、芸能人であることで注意すべきなのが『脱税』だ。
'19年にもチュートリアルの徳井義実が巨額脱税で活動を自粛することになった。
「上場企業となると株主がいて、お金の動きは常に監視されている状態です。しかし芸能人はいわば個人事業主や中小企業が大半。どうしても監視の目が少なく、納税への意識が甘くなることも関係あると思います」(前出・同)
そんな芸能人たちの高額な税金は国家予算としてあてられて、私たちの生活に還元されていく。
『長者番付』は、その時代をうつす鏡。そこで、高度経済成長期、バブル崩壊間際に“プレーバック!”
バブル直前の80年代は
1980年5月2日、朝日新聞22面に掲載された1979年分の高額所得者を公示する記事のタイトルは、《TVは“ゼニの源”芸能人・作家ウハウハ》。テレビが娯楽の頂点だったこの時代、お茶の間の人気はドラマや映画で活躍する俳優たちだった。
音楽業界は当時まだ30、40代で現役バリバリの演歌歌手の北島三郎、森進一、五木ひろしが常にランクイン。一時はランク外に落ちた美空ひばりさん(享年52)も、不動産譲渡による所得加算も得つつ、上位に不死鳥のごとく甦った。
そこに挑んだのが当時、若者から圧倒的な支持を得ていた“ユーミン”ことシンガー・ソングライターの松任谷由実。'80年代前半から上位ランク入り。'84年には6935万円の高額納税をし、堂々1位に。
'80年代の音楽業界は演歌、歌謡曲の中からフォーク、ロック、ニューミュージック系が台頭しだしてきた。サザンオールスターズの桑田佳祐は'84年分が3659万円で5位と初快挙を成し遂げた。
空前のトットちゃんブーム
時の人となったのが不動産を売却して納税額が爆上がりした俳優の三船敏郎さん(享年77)と演歌の大御所、三波春夫さん(享年77)だ。
三波さんは'86年に敷地面積3300平方メートル、プール、ゴルフ練習場もある「三波御殿」と呼ばれた東京・中野区の自宅を売却したことが話題に。
「突然ランクに名前が挙がる俳優がいるんですが、これは本業以外にも不動産売却などで収入があったことが理由ですね」ちなみに同年、歌手・松田聖子と『2億円結婚式』が話題となった俳優の神田正輝も4位5995万円にランクインしていた。結婚を機にCM出演依頼が相次いだからだそう。
'80年代、最注目は黒柳徹子だろう。'81年分から5年連続で首位を守った。理由は自伝『窓際のトットちゃん』が当時500万部で戦後最大の大ベストセラーになったことから印税もガッポリ入った。
俳優でタレントの山城新伍さん(享年70)も6回ランク入りしている。芸能レポーターの石川敏男さんによると、
「あのころ山城さんはいつもバラエティー番組に出ていたね」
バブル崩壊が近づき、昭和が終わりを迎えようとしていた'80年代後半。ランキングに名前が挙がり始めたのが、「国民的女優」「お母さん女優」の代名詞をほしいままにしていた俳優・三田佳子だった。
【コラム1】そもそも『長者番付』って何?
かつてはその年に数千万~億単位を納税した高額納税者を毎年公示していた。
前出・田淵さんによると、
「表向きは高額な納税で社会貢献している人を明らかにしようということですが、裏では“脱税を防ぐ狙い”ということでスタートしたと言われています。
“羽振りがいいのに公示されていない”そんな人を第三者から密告させる監視的な意味合いもあったようです」
脱税を密告すると報酬がもらえるという制度があった時代もあるようだ。
【コラム2】なぜ『長者番付』は廃止されたの?
「廃止された明確な理由は明かされていません」
そう説明するのは前出の田淵さん。
『長者番付』は1947年納税分(公示は'48年)から始まり、2004年分(公示は'05年)に廃止された。
「考えられる理由のひとつは個人情報保護の観点から」
というのも、1000万円以上の高額納税者は公示されると金額、名前だけでなく住所も明らかにされており、情報は誰でも簡単に手に入った。そのため犯罪防止の意味からも廃止を求める声が上がっていた。
「個人情報がファンらにわかってしまうため、5ページで説明したように公示逃れをする芸能人は少なくなかったようです」
90年代、第2次お笑いブーム到来で
下克上が始まる
華麗なる下剋上、それが'90年代に起きた。
「いちばん印象に残っているのが'95年のこと。三田(佳子)さんがダウンタウンの松本人志に納税額で抜かれ、2位に。彼が首位に躍り出たことでしょう」
そう話すのは前出・石川さん。その理由を明かす。
「彼女は身内のスキャンダルが原因で、あっという間に転落した。三田さんはそれまで9年連続で首位でした。いつも印象のいい役をやっていて人気でしたから」
首位を走った'80年代、'90年代の三田の総納税額は15億円超。当時の日本でいちばん稼いでいる俳優といっても過言ではなかった。
それが'98年、息子の高橋祐也(当時17)が覚せい剤取締法で逮捕されたことで一転してしまう。
「あの会見もまずかったですね」(前出・石川さん)
逮捕を受けて行われた会見で三田は、「小遣い50万円」や「母が女優であることで未成年の息子が報道されてかわいそう」などと発言、反感を買うことになった。
「“できたお母さん”というイメージがとても強く、ギャップも大きかった。それが原因で仕事もなくなりはじめた」(前出・同)
小室哲哉は
2年で約21億円を納税
それとバッティングするように当時若者を中心に人気絶頂だったダウンタウンやとんねるずが取って代わる。
「(明石家)さんまやタモリも番組は多かったけど、あのころのダウンタウンやとんねるずはレギュラー番組も多く、勢いがあった」(同)
そして'96年。ダウンタウン、とんねるず、そしてビートたけしが首位を固めた。
「彼ら第3世代のお笑いブームのスタートですね」(同)
'90年代を象徴する人物がもう1人いる。プロデューサーの小室哲哉だ。安室奈美恵やTRFなどアーティストをプロデュース。彼女たちは小室ファミリーと呼ばれ、社会現象にもなった。
小室は'96年分、'97年分の2年で合わせて約21億円を納税していたから驚きだ。
こうして20世紀とともにひとつの時代が過ぎ去った──。
【コラム3】有名なのに名前が載らない理由は?
「有名なのにランクインしていない人がいるのはなぜ?」
疑問を田淵さんに聞いた。
「ひとつは確定申告をわざと期限後に申告。延滞税や無申告加算税などで所得税プラス1割ほどのペナルティーがありますが、公示され個人情報が明かされるよりいいと考える人はいたようです。
それと家族らを役員にして法人をつくり、給料をもらって所得分散することにより節税対策をする人もいます。さらに法人化することで高額な車なども仕事で使う名目で経費で買うこともあるようです。ただし、これは脱税ギリギリ、かなりグレーなケースもありますね」
【コラム4】実は多い『漫画家』たちのランクイン
子どもたちの力で億万長者へと上り詰めていた漫画家たち。その一部を紹介する。
'80年代には『ドラえもん』でおなじみの藤子不二雄さんにはじまり、『ドラゴンボール』の鳥山明さんがトップを独走。『キン肉マン』のゆでたまごさん、『キャプテン翼』の高橋陽一さんや『めぞん一刻』『らんま1/2』の高橋留美子さんもランクインしていた。
'00年代には『NARUTO』の岸本斉史さんも登場。『ONE PIECE』の尾田栄一郎さん、『NANA』の矢沢あいさんは所属するプロダクションが億を超える所得申告をしていた。
00年代、長者番付の終局
2000年代は浜崎あゆみ、宇多田ヒカル、MISIAといった新・歌姫たちが長者番付上位にランクインしたのが特徴だ。
浜崎あゆみは'01年に4億2611万円を納税。2年連続で首位を獲得していた。当時まだ10代だった宇多田ヒカルも'90年代後半から一気に上り詰め、順位は上下したものの総納税額は16億円を超えた。
カリスマ2人は、同年代の女性たちに多大な影響を与えていた。
そして2000年代、まず俳優・タレントのトップに君臨したのはとんねるずの石橋貴明だった。
その後、SMAPの中居正広、みのもんたといったバラエティー番組の司会者にその座を明け渡した。
「このころのSMAPは5人で活動するよりも個々で活動することが多かった。役者としては木村くんのギャラが高かったが、中居くんはCMやバラエティー番組にいちばん多く出演、司会者としても稼いでいましたね。今でも彼は数字を取れる司会者の1人です」(前出・石川さん)
そして、みのもんた。バラエティーから情報番組まで、彼をテレビで見ない日はないほど、局を越え、さまざまな番組に出演していた。
最後の『長者番付』となった'04年の公示でもみのもんたは俳優・タレント部門で2位の中居と差をつけ2億0101万円で首位を守った。
『長者番付』から振り返る芸能界の移り変わり。まさに栄枯盛衰を表している。
ただ、令和の今、懐かしい名前と金額を見るだけで当時の活躍がまぶたの裏に浮かんでくるようだ。
芸能人の収入は厳しく
音楽業界はさらに過酷
●テレビから動画配信、上場企業からITへ──
日本のお金持ちが変わっていく
「今、芸能人の収入は厳しい。なぜならテレビ局にお金がないからです」
そうきっぱり言うのは前出・石川さん。
「ネットの台頭で番組になかなかスポンサーがつかない。そうなれば支払われるギャラも減ります」
テレビでよく見ている芸能人が長者番付に公示されていたあのころに比べれば、全くもらえていないという。
それに今年はコロナ禍、タレントの収入は厳しい。
「視聴率を取ってくれるタレントには高額なギャラを支払わなければなりませんが、一方で予算も圧迫している。菅田将暉らよくドラマで見る若手はいますが、人気はあってよく出ていても彼らはそんなにもらえていないでしょう」(前出・同)
音楽業界は、さらに過酷だ。音楽番組もほとんどなければ、音源も売れない。1980年代ごろまでは街中でどこでも流行りの歌謡曲が流れていて、誰もが知っていたという。
「あのころは40万枚売れれば大ヒット、30万枚売れれば3000万人は知っていると言われていました。しかし、いまは買った人しかその曲を知らないという状況がほとんどではないでしょうか」(同)
作詞作曲をしていれば、印税が入るが、そうでないアーティストたちは食べていくのが大変だ。
前出・田淵さんは、
「私自身もユーチューブで配信していますが、いま多くのタレントさんたちが動画配信にも進出しています。娯楽が多様化して、テレビ離れが進んでいることを表しています」
というのもテレビ番組は年配者向けが多く、子どもや若者は離れてしまうことも一因。テレビやラジオ、映画からもっと身近な動画配信へ。歌手やタレントたちの活躍の場もどんどん広がっている。
そんな変化する時代に石川さんはぽつり。
「芸能人を見る私たちの関心も多様化しています。長者番付がもし今あれば、どんな様子を表すのでしょうね」
音楽業界の高額納税者が演歌や歌謡曲の歌手からロックやフォークなどのアーティストに変わった'80年代。
銀幕のスターからバラエティータレント、お笑い芸人たちが台頭してきた'90年代。
さらに、それが司会者へと変わり、再び歌姫たちが甦った'00年代。2020年の今、長者番付はどのような顔を見せているのだろうか。
芸能レポーター。松竹映画宣伝部から女性週刊誌記者を経て、日本テレビで番組のレポーターとなり、以後は芸能界の情報レポーターとして活躍する
税理士ユーチューバー。ヒロ☆総合会計事務所代表税理士。税務や会計のほか、登録者数16万人超の自身のチャンネルで税金のしくみや経営について動画配信