俳優・伊藤健太郎が起こした「ひき逃げ事故」。そして先日初公判が開かれた「池袋暴走事故」と、“加害者側”のニュースが世間を騒がせている。「ひき逃げ」は言語道断、しかし例えどんなに気をつけていたとしても事故自体は誰でも起こす可能性がある。いつでも加害者になり兼ねないのだ。
これまで2000件以上の事故や事件(凶悪事件含む)の加害者家族支援を行なってきたNPO法人World Open Heartの理事長・阿部恭子さんは、あの「池袋暴走事故」でも加害者家族から相談を受けてきたという。そんな阿部さんが実際に見てきた「交通事故加害者家族に起きたこと」をレポートする。
2019年4月19日、東京・東池袋で当時87歳の被告人が運転していた車が暴走し、2名が死亡、9名が負傷した「池袋暴走事故」の初公判が10月8日、東京地裁で開かれた。
筆者は裁判を傍聴し、被告人の「加害者家族」の体験をレポートしているが、本件被告人への上級国民バッシング同様、家族に対しても容赦ない批判が浴びせられた。
近年、高齢ドライバーによる死亡事故が各地で相次ぎ、高齢化社会のリスクとしてメディアが注目するようになって以来、高齢者ドライバーによる死亡事故が起きると、殺人事件同様に注目が集まり、家族もまた厳しいバッシングに晒される傾向にある。だが、それは高齢ドライバーの事故には限らないようだ。
10歳の息子が事故を起こし
「あの年で人殺しだぞ」
「気を付けてね」
由紀(仮名・30代)は、その日の朝も自転車で遊びに行く長男(10歳)にそう声をかけた。毎朝、夫や子どもたちをそう言って送り出してきた。この瞬間、考えることは、家族が事件や事故に巻き込まれる危険であって、逆に事件や事故を起こす立場になるなどとは想像したことさえなかった。ところがある日突然、加害者家族になってしまった。
「息子さんが事故を起こして……」
息子を送り出して間もなく、隣の家の人が駆け込んできた。近くの商店街で、息子の自転車が70代の女性に衝突したというのだ。
現場付近には人だかりができ、救急車が到着していた。その近くに救急隊員と話をしている息子の姿が見えた。由紀が息子の下に行こうとすると、住人のひとりが由紀の肩を掴んだ。
「おばあちゃん亡くなったらどうするんだ? 息子はあの年で人殺しだぞ」
「おばあちゃん、最近手術したばかりって言ってたのに……。どうしてくれるんだよ」
由紀は、しばらくの間、何人かの住人に取り囲まれ厳しい言葉を浴びせられた。
由紀の息子は、夏休み中で夜更かしをしてしまい、寝坊していた。友達とプールに行く約束の時間に間に合わないと、慌てて支度をして出ていった。目撃者によれば、商店街の中をかなりのスピードを出して走っていたという。息子はかすり傷とねん挫ですんだが、被害者は重傷を負っている。
被害者が回復しても
加害者には戻らぬ日常生活
<殺人犯の家族>
<人殺しの家>
もし被害者が亡くなるようなことがあれば、世間からそう呼ばれ、日本中を逃げ回るような生活になる。由紀は、住民から投げつけられた言葉が頭を離れず、気を失いそうになっていた。
被害者が搬送された病院に向かうと、被害者は意識を取り戻していた。しかし、これからまた手術が必要であり、その後、日常生活に支障をきたす可能性も大きいという。
由紀は、毎日病院に見舞いに行き、家族にも謝罪し続けた。事故が起きた日から熟睡することができず、食事も喉を通らなくなった。由紀の家族は子どもが三人で、夫の収入だけで家計を支えており、経済的な余裕はない。治療費の出費だけでも赤字だった。この先、どれだけの経済的負担を背負うのか、将来の不安に悩まされる生活が続いた。
事故から1か月が経ったころ、被害者は順調に回復し、事故前と変わらない生活を送ることができるように。被害者も家族も謝罪は十分だと、息子を許してくれていたが、由紀と家族にこれまでのような日常は戻らなかった。
由紀はパトカーや救急車のサイレンを聞くたびに、事故が起きた日のフラッシュバックに苦しめられるようになり、近所の人々と話をすることもできなくなった。次第に買い物に行くことさえ困難に、そして一家は住み慣れた地域を離れ、遠くの地方に転居したのだ。
自転車は保険加入が義務ではないことから、任意保険に加入していなければ、加害者は高額な損害賠償額を負担することになる。
平成25年7月4日、神戸地裁の判決では、自転車で60代の女性に正面衝突し、重傷を負わせた11歳の少年の親権者に、約9500万円の損害賠償請求額が認められている。こうした判決を受けて、自転車購入にあたって保険加入を義務付ける条例が各地で制定されるようになった。子どもがいる家庭では、トラブルに備えて、個人賠償保険に加入しておくことを勧めたい。
犯罪被害者から
交通事故加害者に
教師をしていた雅治(仮名・40代)の父(70代)は、地域で評判の厳しい先生で、退職後は非行や犯罪をなくすための啓発活動や夜間のパトロールといったボランティアに熱心だった。
10年前、ちょうど雅治が結婚し、実家の近くのアパートで妻子と暮らし始めたころ、自宅に泥棒が入ったことがあった。物色された跡があり、引き出しに入れていた現金が盗まれていた。しばらくして、近所に住む非行少年の集団が逮捕され、雅治の自宅に侵入した犯人であることが判明した。
この事件を知った父親は怒り狂った。小さな町で、加害少年の自宅はすぐ特定でき、父親は片端から自宅を訪ね歩き、少年や保護者を怒鳴りつけたという。
その父親がある日、車を運転中に自転車に乗って交差点を渡っていた高校生をはね、死亡させてしまったのだ。突然、雨が降ってきたことに気を取られ、信号を見落としたのだという。父親は、今まで見たこともないような憔悴しきった表情で家に戻ってきた。
雅治は父親に付き添い、遺族の自宅に謝罪に向かった。そこで、鬼の形相でふたりを待ち構えていた女性はどこか見覚えがあった。父親は覚えていないようだったが、雅治はすぐに思い出した。10年前、自宅に泥棒に入った少年の母親だった。父親が死亡させてしまったのは、加害少年の兄弟だった。
「私はあのとき全額弁償しました。あなたも同じように、息子の命を返してください」
少年の母親は、泣きながら父親に詰め寄った。かつて父親が加害者家族に投げつけた罵詈雑言のすべてが返ってきた。父親が奪ったのは命であり、取り返しがつかない。10年後、まさか、このような立場に置かれるとは夢にも思っていなかった。
ある朝、父親は散歩に行くといって家を出たきり戻って来なかった。数日後、投身自殺していたことが判明した。
「父は他人に厳しすぎる人でしたから、自分を許すことができなかったのだと思います」
被害者と加害者家族の双方の立場を経験した雅治はそう話す。
人を責めることは簡単だ。
最近では幼い子どもが犠牲になるケースも多いことから、人々の処罰感情は加害者だけに留まらず、家族にまで向かう。被害者家族の心情は伝えられるが、加害者家族の状況を伝えるメディアは少ないことから、筆者のもとにも「被害者家族はこんなに辛い思いをしているのに、加害者家族はのうのうと暮らしているんだろう」といった批判も多く寄せられてきた。被害者側になる想像は容易だが、加害者側になる想像は難しい。自分が加害者という立場に追い込まれたら――。一度は考えてみてほしい。
阿部恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)など。