宮本亞門

 未曾有の大打撃となったコロナ禍。日本を代表する演出家であり、朗らかなイメージが強い彼にも、さまざまな苦難が訪れていた──。がんになったことにより、持つことができた新たな視点とは。そして、現在の演劇界の盛り上がりを語る。

がんのおかげで優しくなれた

 2019年、テレビの医療バラエティー番組に出演し、前立腺がんが見つかった演出家の宮本亞門。幸い、早期発見で転移はなく、手術でがんを取り除くことができた。

 10月に発売された著書『上を向いて生きる』(幻冬舎)では、治療内容を赤裸々に綴り、がんとの向きあい方を伝えている。

プライドがあるのか、前立腺の治療のことを語る男性は少ないのですが、僕はペラペラとしゃべっていたので驚かれました(笑)

 この本にも、放射線治療ではなく手術を選んで、男性機能に影響があることや、術後の尿漏れなど、身体の変化について率直に書いていますでも、誰にでも老いはやってきますし、身体のあちこちが悪くなっていくものですできなくなったことに焦点をあてるのではなく、自分がやりたいことに心を向けて残りの人生を楽しもうと思いました

 がんを経験したことで、周りの人との関係にも変化があったという。

「市村正親さんには、『亞門ちゃん、がんを経験してよかったね優しくなったよ』と言われました。前から優しいつもりでしたけどね(笑)。でも、がんになったおかげで、いろんな方と生や死の話ができるようになったのは大きな変化です。町を歩いていても、『大丈夫ですか?』『うちの夫も同じ病気で』などと声をかけられることが増えました。

 ほかの人に話せないつらいことでも、僕には話せましたという人も多くなって……。それは僕にとってすごく幸せで、僕もみなさんのことを知りたいと思っています。つらい人に『頑張って』じゃなくて、『痛いよね』『本当につらいよね』と寄り添えるようになったのも、がんのおかげですね」

初心のつもりで舞台を作り続けたい

 がんの手術後に、名前の「亜」を旧字体の「亞」に変えたことも話題になった。

「僕はリセットが大好きなんです。毎回リセットしていかないと、物事が新鮮に見えなくなったり、わかったつもりになる裸の王様化するかもしれない。そうなった段階で、あっという間に演劇は死ぬと思っています。毎回ゼロから初心のつもりで舞台を作り続けたいので、がんサバイバーになったことをきっかけに、名前を変えて、気分を変えて、次の一歩へ進むことにしましたみなさんも、しがらみにとらわれずに、名前を変えたいならいくらでも変えればいいと思いますよ

 今年はコロナ禍を受けて、YouTubeで『上を向いて歩こう』を歌い紡ぐプロジェクトも立ち上げている。

「僕も舞台の仕事がなくなって、収入も途絶えた状況でしたが、人類の歴史を振り返ると、苦難なときにこそ、すごい作品やアイデアが生まれてきたのだと感じます。

宮本亞門

 僕もこんなときだからこそ、エンターテイメントの精神を発信したくて、コロナと闘っている人や医療従事者、不安を抱えている人たちに希望を感じてもらえるプロジェクトを企画したんです

 市村正親さんや大竹しのぶさんらの著名人の方に直接無償でお願いしました芸能界でそんなことはルール違反だとはわかっていましたが、たくさんの方に賛同いただけてうれしかったですね

 一緒に乗り越えようという連帯の意識が、みなさんの希望の光になればいいなと思いました

 コロナ禍で心が折れる人が増えることが想像できたからこそのプロジェクトでもあったが、「死なないで。生きていたら絶対いいことがあるから」とエールを送りたい気持ちが強かったという。

 また、今回の著書では、奔放な家族とのエピソードや、恋人との別れなど、かなり壮絶で赤裸々な事実も綴っている。

「これまで常識だと思っていたものが揺らいだり、軸だと思っていたものがなくなったときに、不安を感じる人はわっと増えます。僕も10代のころに自殺未遂を起こしたことがあり、死にたくなる人の気持ちがよくわかるんです。今でも死んだらラクになれるなと思うこともあります。でも、必ず後からいいことがやってくるものなんです。そして、苦難の中にも笑えることはある。人生の悲劇は、見方を変えれば喜劇にもなるんです。だから、どうかここで折れないでほしいという気持ちを本にはしつこく込めました」

 書内には、そんな彼の寄り添う思いにあふれたフレーズが、随所にちりばめられている。

僕も年を重ねて、肉体が以前ほど動かなくなりましたまた、がんが転移したりするかもしれないこのような不安にかられたときには、支えとなる言葉や思いを必要とします同じように、みなさんがつらい気持ちを感じたときや不安なときに、この本をペラペラっとめくってもらって、元気になってもらえるとうれしいですね

生のすごみが異様に伝わってくる

 演劇界でも、コロナ禍で中止になっていた公演がやっと再開し始めた。「今の舞台は絶対見たほうがいい!」と熱く語る。

『生きる』の稽古中

「とにかく稽古場の熱気がすごいんです。これまで公演が中止になったり、稽古ができない状態だったので、役者もスタッフも『ここにいられることが幸せだ』という思いが強く、そのありがたさから、エネルギーがほとばしっていますね。

 劇場の中はしっかり距離は保たれていますが、そこにみんなが存在しているという、生のすごみが異様に伝わってきます。

 私が演出しているミュージカル『生きる』は、いま生きていることの大切さがテーマですが、こういう時代だからこそ、響き方も大きくて、見た後は『生きていることはやっぱりすごい!』『絶対に生き続けよう!』と思って劇場を出ることができます。 

 とにかく、コロナ禍での舞台はすごいテンションなので、勇気や希望がもらえるはず。ぜひ、みなさんも経験してみてください」

(取材・文/紀和静)


『上を向いて生きる』著・宮本亞門(幻冬舎刊 税込1430円)自殺未遂や引きこもり、突然のがん体験などから「生きる」とは何かを綴った著書。今、新型コロナで生きづらさを感じる人に、読めば心が軽くなる、至高のメッセージを送っている。 
宮本亞門みやもと・あもん 演出家。2004年、東洋人初の演出家としてオンブロードウェイにて『太平洋序曲』を上演、トニー賞4部門でのノミネートを果たす。ミュージカルのみならず、オペラ、歌舞伎などジャンルを越える演出家として、国内・海外で精力的に活動。

『チョコレートドーナツ』主演:東山紀之 谷原章介
<東京公演>日程:12月7日(月)~30日(水)会場:東京PARCO
劇場問い合わせ:パルコステージ
<上田公演>日程:2021年1月11日(月・祝)会場:サントミューゼ 上田市交流文化芸術センター 大ホール問い合わせ:サントミューゼ
<宮城公演>日程:2021年1月17日(日)会場:仙台銀行ホール イズミティ21大ホール
問い合わせ:仙台放送
<大阪公演>日程:2021年1月22日(金)~25日(月)会場:梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ
問い合わせ:キョードーインフォメーション
<愛知公演>日程:2021年1月29日(金)~31日(日)会場:東海市芸術劇場 大ホール
問い合わせ:メ~テレ事業

『生きる』主演(ダブルキャスト):市村正親 鹿賀丈史
<兵庫公演>日程:11月13日(金)~14日(土)会場:兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
問い合わせ:梅田芸術劇場
<福岡公演>日程:11月21日(土)~22日(日)会場:久留米シティプラザ ザ・グランドホール
問い合わせ:博多座電話予約センター
<愛知公演>日程:11月28日(土)~30日(月)会場:御園座
問い合わせ:御園座