中学1年生から介護を始め、知名度を上げるきっかけとなった2015年『 M-1グランプリ』の決勝前夜も夜勤をしていたという、お笑いコンビ『メイプル超合金』の安藤なつさん(39)。介護歴は実に20年超。この道に入ったきっかけや長年、現場にいたからこそわかる介護の楽しさと問題点、介護について悩む家族へのアドバイスなどを語ってもらいました。
介護がつらいという気持ちはなかった
叔父が小規模の介護施設を開いていたという安藤さん。中学生になると土曜日は毎週、学校が終わってから叔父の施設に出向いて一泊し、日曜日の夕方に帰宅するというボランティア生活をしていた。
「“介護をしている”という自覚はほぼなくて、遊びに行っている感覚でしたね。だから“つらい”という気持ちも一切ないし、楽しくやっていました。私が通っていた施設はお年寄りではなく、脳性麻痺で車椅子生活の方や自閉症の方など、いろいろな障害を持つ方々が集まっていましたが、みんな“今日はおやつが○○だ、イエーイ!”とか“じゃあ、今から散歩に行こうか!”みたいな感じで明るく過ごしていました。レクリエーションもすごく盛り上がりましたし、居心地がよかったです。お風呂にも一緒に入って、ワッと身体を洗って。仲のよい年上のスタッフさんたちに教えてもらい、食事の介助や口腔ケアなども行いました」
介護のやりがいを大きく感じたのは、その施設に入っていた認知症のおばあさんが心を開いてくれた瞬間だったという。
「土曜日には“○○おばあちゃん起こしてきて”とスタッフさんに言われるのが恒例だったんですが、そのおばあちゃんは私が行っても絶対、着替えてくれない。なんとか着替えたとしても、ふと見たらもう服を脱いでいたりして。でも、ほかのスタッフさんが来るとすぐ言うことを聞くんです。ある日、また反応が悪くて“今週もだめだったか〜”と思っていたら突然、着替えてくれて。それ以来は毎回、応じてくれるようになったんです。
認知症なので、私のことをあんまり覚えてくれてはいないと思うのですが、関係性ができたというか、心を許してくれたんじゃないかと感じてすごく印象深かったですね。毎週のように粘ったからかな。初めてすんなり着替えてくれたときの嬉しさったら、たまらなかったです」
高校生からは介護のアルバイトに励み、20歳のときに『ホームヘルパー2級』(※現在は『介護職員初任者研修』)の資格を取得。このころから、より適切な介護ができるようになっていったという。
「排泄介助やおむつの替え方など、それまでは習わずに我流でやってきました。それと、腰への負担を軽減する術(すべ)を知らなかったので、中学生のときに“ぎっくり腰”になってしまったんです。研修では、お年寄りの身体感覚を体感するプログラムがあります。高齢者の視界に近いメガネをかけたり、重りをつけて足の重さを体感したり、杖(つえ)をついての歩きにくさを味わったり……。おむつをして、自分でうまく排泄できるかという体験もやりました。なかなか難しかったです。こういった勉強をする前と後では、やっぱり違いますね」
その後も介護を続け、34歳で出場した'15年M-1グランプリの決勝前日にも夜勤のアルバイトをしていた。売れない芸人時代の働き口ならほかにもありそうだが……。
「生活できるだけのお給料はもらえたのと、急にオーディションが入ったりしても、その施設はわりと融通をきかせてくれたからという部分もあります。最近も、たまに顔を出したりしますよ。(自分たちが)有名になったことをみんな、めちゃくちゃ喜んでくれました。スケジュールがなかなか合いませんが、今でも人が足りなければ、ボランティアでもお手伝いにいきます」
介護は「受け入れてもらう」ことが大切
安藤さんの介護愛は深い。20〜23歳のときには、ひと晩につき15〜20軒ほど、鍵を預かっているお宅まで自分で車を運転し、おむつ交換や安否確認をしに回った。だが、やはり体力的には大変だったという。それでもなぜ、介護をし続けられたのか。
「訪問するお宅の中に、お手洗いに連れて行くことが日課の無口なおじいさんがいたんです。ある日、本当は勝手にするのはよくないのですが、チラシの切れ端で鶴を折って、お部屋に置いていきました。そうしたら次の週に、ご家族の方から“おじいちゃんが折ってくれました。こういうことをする人じゃなかったから、うれしかったです”という手紙と鶴が置いてあって。ものすごく感激しました。介護はしんどいかもしれませんが、普段の楽しさが少ないほうが、何かご褒美があったときに感情がひっくり返りやすいと思うんです。ずっといい環境にいると慣れてしまいますよね? お笑いのネタ作りと一緒で、大変さが大きいほど、(報われたときに)うれしいんです」
また、介護においては「受け入れてもらう」ことが大切だという。
「介護を受ける側にも絶対、緊張はあります。“自分はおむつ交換をしてもらわなければいけない。本当は自分で行きたいけれど……”という気持ちでいるはず。それに対して、どれだけ相手の緊張を取り払えるかが重要だと思っています。“本当は自分ひとりでトイレに行きたいな、でもお世話にならなきゃいけない。申し訳ない”という気持ちにさせたくないんです。
芸人で、同じく介護経験がある『EXIT』のりんたろー。君とかを見ていると前向きですよね。たぶん、りんたろー。君も、明るく介護をやっていたと思うんですよ。“全然いいっすよ〜”、“気にしちゃってる? 大丈夫ですよ”みたいな感じですかね。明るく楽しく接して、“この人になら別に、何をしても恥ずかしくないな”と思わせて安心してもらうのがいちばんいいと思います」
介護の現場で感じる限界もある。
「どうして、あんなに給料が安いのかな。理由を知りたいです。それに、現場で感じるのは『人手不足』。その状況下で必死に働いている人が多いのだからなおさら、お給金もっと上げてよ、と思います。介護は個人的には楽しいけれど、やっぱり大変な仕事ではあります。そのストレスを生活の中で発散できるくらいのお金はあげてほしい。
ヨーロッパは、介護現場への支援がすごく手厚いんです。機器の導入も進んでいて、機械浴などもあります。日本はそれも少ないから結局、介護者が腰を壊すとか、身体に無理をしてしまう。身を削っているわけです。でも給料が安いと、ろくに治療もできない。「ケア側のケア」もちゃんとしたほうが、介護者の心にゆとりができますし、そうすれば相手にもゆとりのある接し方ができて、最終的に、ケアの質も上がると思うんです」
第三者だから優しくできることもある
実際、身内を施設やペルパーに預けるか、自分たちで介護するかは難しい問題だと思う、と安藤さんは言う。
「例えば、夜中におむつに排泄してしまった場合、かぶれた状態でいるより、少しでも早く替えたほうがいいですよね。でも、そこで家族が替えるために睡眠時間を削ってストレスをためるぐらいだったら、第三者が入ったほうがいいと思うんです。円満な介護生活のためにも、家族が休むためのサービスは必要だと思うから。
ただ、事業所やヘルパーさん・介護職の人をどこまで信頼するかは悩ましいし、誰かに頼むには勇気がいると思います。自分の母親が寝たきりになって、おむつも交換しなきゃいけないとなったら、自分でやろうとしてしまう人も多いと思うんですよね。それでも、間に人が入ってくれるだけで楽にはなるはずです」
安藤さん自身も、両親の介護について考えることが増えたそうだ。
「もし親が自分のことを忘れるとか、身体が不自由になったら、やっぱりショックですよ。だから無理なくデイサービスに行ってもらうなり、施設に通うか入ってもらうなり、何かしら第三者を入れるようにはしたいと思います。顔を合わせるたびに“お母さん、忘れてるんだ”とか“動けないんだ”って実感しちゃったら、メンタルがもたないです。そのうえ“何でできないの”、“どうして忘れてるの”と、怒りのほうにシフトしてしまいそう。
そうなったときに、一定の距離感があるヘルパーさんとか介護従事者が間に入ることによって、親への落胆や怒りを直接ぶつけないようにできると思います。逆に介護する側も、何も知らない赤の他人で自分の親じゃないから、仕事だから、優しくできる面があると思うんです」
安藤さんは「自分の家族について、周りに“助けて”って言えない状況がいちばん問題です」と続ける。
「“自分が絶対に看なきゃいけない”、“自分の親がこんな状態なのを人に見られたくない”とか、葛藤があると思いますが、プライドや世間体を気にしすぎて孤独に頑張り続けると、共倒れしちゃうこともあります。そうなるくらいだったら、助けを求めてもいいんじゃないかと感じています。
そして、事前に家族で話すことも大切。私は3人きょうだいですが、親の今後をどうするか、弟、妹と一緒に話したりはするようになりました。全国的に、専門職の人などにもっと気軽に相談できる場所があればいいのになと思います」
介護従事者、そして世間へ
芸能界では、スキャンダルを起こした著名人が介護施設にボランティアに行ったり、介護の勉強を始めたりする事例も少なくない。また、'09年に覚せい剤取締法違反で有罪判決を受けた女優の酒井法子が、かつて刑事裁判で「芸能界を引退し、介護の仕事をやりたい」などと語ったものの、その後、介護と向き合っている様子はなく、世間からバッシングを受けたこともある。
「罪を犯した罰ゲームのように、介護をやろうとする風潮がありますよね。ですが、私たちからしたら、好きで選んでやっている仕事です。それを罰ゲームにされるのは心外ですね。毎回“何なの”と思うんです」
安藤さん自身はプライベートも充実しており、昨年11月22日(いい夫婦の日)には、ご結婚された。パートナーは介護職に従事されている男性。最初はやはり、介護の話で意気投合したそうだ。
「介護に対する“あるある”でわかり合えることが多かったです。介護中にケガが発生しないようにするためにはどうしたらいいのかなどを話したときに、価値観が近かったんです。例えば、夜中に起きてしまう人にはお薬を飲ませてゆっくり休んでもらったほうがいいか、それとも、ご家族が“お薬は飲ませたくない”と言った場合には、その意向に従うべきか。でも、それでもし転倒してしまったらどうするかなど、深い話をしました。共感できる相手って、惹かれますよね」
最後に、新型コロナが再拡大し不安が高まる昨今だからこそ、介護従事者らに伝えたい思いを聞いた。
「こういう時期だし、現場は怖い思いをしていると思います。自分が(ウイルスを)うつすんじゃないかという怖さと、自分がうつされるのではっていう怖さがずっとつきまとう職業ですから。密着して過ごしますしね。これをどうにかしてあげることはできないけれど、みな感染するときはするものだし、自分がいけないんだ、などと思わないで、ぜひ頑張ってほしいなと思います。お金がね、もう少しあれば……。どうにか、ななちゃんの力でならないですか。“介護業界にお金を回せよ”って言ってください」
(取材・文/お笑いジャーナリスト・たかまつなな)
【PROFILE】
安藤なつ ◎1981年1月31日生まれ。東京都出身。身長170cm、体重135kg。介護歴は20年以上。'12年、カズレーザーとお笑いコンビ『メイプル超合金』を結成し、『M-1グランプリ』などで注目を集め大ブレイク。'19年11月22日には自身のブログで、年下で介護職に従事する一般男性との結婚を発表した。
【INFORMATION】
※Youtube『たかまつななチャンネル』では、安藤なつさんへのロングインタビュー全編を公開中です。(https://youtu.be/rei7FXEUdSw)