夫が亡くなると、残された妻は悲しむ間もなく“やるべきこと”がたくさんある。「万が一のときに慌てないように想定をしておくことが大切です。すぐにでも夫婦で話し合いましょう」と説明するのは、NPO法人『ら・し・さ』理事で終活アドバイザーの廣木智代さん。
お金・不動産・借金財産の洗い出しを
死後のモメごとといえば相続問題。一般的な家庭ではトラブルはなさそうに思うが、
「“前妻との間に子どもがいた。隠し子がいた”で、相続人が遺産の取り分を主張し、モメることが多い。回避するためにも夫の生前から計画的に準備しておきましょう」(前出・廣木さん=以下同)
●相続人の確認
まず、夫の相続人に誰がいるのかを調べよう。夫の血縁者が書かれた戸籍謄本を本籍地から取り寄せ、家系図を作っておくといい。さらに相続人の連絡先も書いておくことがベター。
「夫の死後に戸籍謄本を取り寄せると時間も手間もかかります。それに夫の戸籍を取り寄せてみたら“認知した子どもがいた”なんてことが発覚することもありますので……。戸籍謄本には期限がないので、取得後、数年たっても相続の手続きで使えます」
また、子どもがおらず、妻と夫の兄弟が相続人になる場合には、夫に遺言を書いてもらうこと。夫の死後、付き合いの少ない親族と相続の話をするのは気が重く、権利を主張されてしまうと妻が相続で損をするおそれもある。
●財産の洗い出し
損をせずにきちんと遺産を相続するためにも夫の生前、すべての財産の洗い出しをしておくこともポイントだ。
「夫の通帳や株、保険証券などの保管場所の確認。預貯金の残高、不動産などの資産は何があるかをすべて洗い出し、財産目録を作成します」
気をつけたいのが、相続したのに、存在を忘れていた山や雑木林などの買い手がつきにくいような土地。夫が死ぬと、それらも含めて相続することになる。
「そういった土地は売却できず、そのかわりに固定資産税や管理にかかる費用を払い続けることになります。“いらないもの”はできるだけ夫の生前に処分しておいてもらいましょう」
同時に確認したいのが保険金の受け取り先の名義だ。
「亡くなった親のままだった、なんてことも。忘れずに必ず確認しておきましょう」
なお、自宅については生前贈与で妻名義にしておく方法もある。結婚20年以上など一定の条件をクリアすれば、2000万円までは贈与税がかからない。生前贈与された自宅は相続財産に持ち戻しされず、また相続税がかかる財産にもならないため、分割対策と相続税対策の両方のメリットがある。
公正証書遺言を作成しておけば安心
相続問題対策で効果があるのは夫の遺言書だ。遺言書には公正証書遺言と自筆証書遺言の2種類がある。
「おすすめは公正証書遺言です。公証人役場で公正証書遺言を作成してもらいます。書類をそろえたり、費用はかかりますがプロが作成するので法的に有効な遺言となります。夫の死後、すぐに相続の手続きができます」
一方、自筆証書遺言はいつでも自由に手軽に書けるメリットはあるが、
「遺言の法律やルールを無視すればすべて無効になります。さらに誰かが隠す、発見されないことや、文章がわかりにくく、内容が不明確だとトラブルになりやすい。自筆証書遺言を残すなら、まずは頭を整理して内容をじっくり考えてから書くことが大切です」
遺言は認知症対策としても有効だ。相続人が認知症だと遺産分割協議ができないことがあるが、遺言があれば手続きがスムーズにできる。
死後の手続きを確認しておく
夫の葬式の出し方にも注意が必要だ。
「葬式を簡素化したら、菩提寺の住職に読経を断わられたり、お墓に入れてもらえなかったというトラブルもあります。事前の確認が必要です」
葬式が終わったらひと息つく間もなく手続き開始。
「健康保険証の返却、年金受給権者死亡届の提出の期限は死後14日以内です。年金は届け出をしないと勝手には止まりません。死後の分は返却することになります」
死亡保険金はなるべく早く保険会社に連絡を。
「うっかりしているともらいそびれてしまうことがあるので、確実にもらうためにも速やかに手続きをしてください」
公共料金の名義変更と解約。免許証、パスポートの返却は期限が決まっていないので忘れることも多い。後回しにすると、よけいな手続きも増えるため、速やかに。
自筆証書遺言の開封も注意したい。
「自筆証書遺言の場合、開ける前に家庭裁判所に提出し、検認してもらいます。検印がないと公の相続書類として認めてもらえないので相続の手続きが進められません」
ただし自筆証書遺言でも法務局に預けているものと公正証書遺言は検認不要。
ローンや借金は残された妻が支払う
遺言書がない場合は、相続人で遺産の分配を決める「遺産分割協議書」を作ることになる。
ただし、遺産はプラスの財産だけでなく、借金などマイナスの財産も相続することになる。支払いの義務は遺産を分割してもなくならない。
クレジットカードの未払い残高、ローンなどの残債、夫が黙って作った借金も相続放棄しない限り、相続人の妻に支払う義務が発生する。
住宅ローンの支払いは団体信用生命保険に加入していれば債務者死亡で免除される。だが、それ以外の車や高額な買い物で組んだ債務は残る。
「車などの残ったローンは妻が再契約し直すことになります。でも勤務先、収入などの面で審査に通らないことも。そうなると一括で支払いを求められることに。夫の生前に債務への備えをしておくことも必要です」
相続意思がないときは家庭裁判所に「相続放棄」の申請を。
「手続きの期限は3か月です。あきらかに負債のほうが多い場合は相続放棄なども検討したほうがいいでしょう」
相続放棄の期限が切れるまで負債の存在を黙っている金融業者の存在もある。夫の死後、取り立てられるなんてことがないように資産も負債もすべて調べることが肝心だ。
気になる相続税は?
夫の収入によっては確定申告も必要になる。死亡した年の年金収入が400万円以下、その他の所得が20万円以下でなければ、死後4か月以内に所得税の準確定申告と納付をする。
払うだけでなく、申請すれば戻ってくるお金もある。
医療費の上限額を超えた分払い戻される高額療養費の払い戻し請求の対象になったり、公的医療保険の制度から、葬祭費や埋葬料の一部が戻ってくることもある。速やかに相談、申請しよう。
妻が気になるのが相続税だろう。しかし、妻が相続した財産が、法定相続分内または1億6000万円までならば、相続税はかからない。
「遺産が多ければ税理士などに依頼し、評価額を調べ、相続税を支払う必要かどうかを確認しましょう」
支払う必要があれば相続開始から10か月以内に申告して納付すること。納付が遅れると加算税などのペナルティーがかかるので注意して。
相続や死後の手続きには複雑な法律や条件があり必要な書類、法律や制度も多い。そのため1度は夫婦で終活アドバイザーや司法書士などプロに相談しておきたい。さらに、
「財産の洗い出しや戸籍謄本の取り寄せなど、生前にできる手続きは夫に“仕事”としてお願いしてもいいと思いますよ。頼られることは生きがいにもなるようです。
私が普及活動をしているエンディングノートは、相続を含めた終活準備に大変役立ちます。より充実した人生を送り、いい最期を迎えるためにも未来を見据え、夫婦でイキイキとした終活を行ってほしいです」
《PROFILE》
廣木智代さん ◎終活アドバイザー。ファイナンシャルプランナー。マネーの相談、相続や終活に関するセミナーや執筆なども行う。NPO法人【ら・し・さ】理事。https://www.ra-shi-sa.jp/