行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は夫と離婚する際に、義父から援助してもらったマンション購入の「頭金」が問題になった妻の事例を紹介します。(前編)
良くも悪くも恋は盲目です。彼のことが大好きで、彼のすべて──仕事や趣味、そして彼の両親まで疑いもなく好きになってしまうという女性がいます。そして結婚するのですが、残念ながら、最初から最後まで盲目というわけではありません。恋が覚めたらどうなるでしょうか? 夫のことが嫌いな妻にとって、夫のすべて、そして義父母のことも反吐(へど)が出るほど嫌いになるのです。
離婚で問題になる「親からの頭金」
こうして夫婦は離婚するのですが、今回、焦点を当てたいのは両親が援助するケースも多い「頭金」です。例えば、夫婦がマイホームを購入するとき、夫の父親(義父)が援助を申し入れ、頭金として充当した場合。
義父は息子夫婦の結婚生活が「いつまでも」続くに違いないと信じて疑わないからこそ、援助を申し入れたのでしょう。この手のケースで頭金について借用書などの書面を交わすことはほとんどなく、口約束をすることすら稀有です。そのため、頭金を「あげたのか」「貸したのか」、そして渡した相手は息子本人なのか、夫婦2人に対してなのかは曖昧なまま。関係が良好なら問題ありませんが、険悪になった途端、そのことが災いの元になるのです。
「言った、言わない」、「俺は、私はこう思っている」、「普通はこうなんじゃないの?」
そんなふうに話し合いは紛糾して出口は見えなくなるばかり。今回の相談者・寛子さん(40歳)の場合は一体、何が起きたのでしょうか?
夫:智也(40歳・会社員。年収900万円)
妻:寛子(40歳・会社員。年収400万円)
子ども:莉緒子(12歳。智也と寛子の長女)
夫の父:久雄(70歳・無職)
夫の母:節子(69歳・無職)
夫の単独債務で分譲マンションを購入
「このたびは大変お世話になりました。先生に助けていただき、『あれから』3か月ですが、相手方は何も言ってきません。『いろいろ』ありましたが、先生のおかげで無事、再出発することができました」
寛子さんは今だからこそ穏やかな顔で語りますが、相談に来た当初は頬を赤らめ、声を上ずらせ、前のめりで訴えかけるほど金銭的、そして精神的に追い詰められていたのです。
「私という存在がいながら、こんな女に手を出すなんて!」
寛子さん夫婦は12歳になる娘さんがおり、11年前に購入した分譲マンションに暮らしていました。300万円の頭金を出してくれたのは義父。寛子さんやその両親は拠出していません。登記の際に購入資金の負担割合によって持分割合を決めるケースもありますが、所有権の10割は夫が持つこととし、義父も所有権を持つことを望まなかったそう。
当時、娘さんがまだ2歳だったので寛子さんは時短勤務中で年収は250万円程度。銀行の担当者いわく夫の年収だけで十分、審査を通すことができるようなので住宅ローンは夫の単独債務。そして債務額は購入代金から頭金を差し引いた後の4500万円。念願のマイホームはまだ築11年。寛子さん夫婦はコロナ禍でも円満な家庭を築いているはずでしたが、「ある事件」により、結婚生活の終了のカウントダウンが始まっていたのです。
会社の後輩と不倫した夫を家から追い出す
新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言下、夫の勤務先は電車ではなく車通勤を推奨していました。しかし、宣言が解除されても夫は車通勤を継続。これは女とドライブデートをするためだったのです。デート後にホテルで情事に及び、宿泊せず、日付が変わる前に帰宅。夫はパソコンにスマホのバックアップをとっていたのですが、寛子さんは密かに夫のパソコンにログインし、ホテルの宿泊予約の履歴を把握したのです。そこで興信所に尾行を依頼。場所は自粛中で誰もいない浜辺。波音をBGMに女の腰から尻に手を回したり、頬にキスをしたり、互いの頭をくっつけたりする姿を撮影した動画を入手。
夫は「たまたま近くに簡単に身体の関係を持てそうな相手がいたんだ。彼女は僕に妻子がいることを知っているし、いつまでも続くとは思わず、軽い気持ちだった」と懺悔(ざんげ)。女は同じ部署の後輩(派遣社員)でした。
「あいつがいるとイライラするんです!」
寛子さんは自分を裏切った夫とひとつ屋根の下で暮らすことでフラストレーションを溜め込んでいったのです。夫が娘さんの塾の保護者会をすっぽかしたので堪忍袋の緒が切れ、
「あんたがいると頭がおかしくなりそうなの!」
と激怒し、夫を追い出してしまったのです。寛子さんが筆者のところへ最初に相談しに来たのは別居開始のタイミングでした。
離婚後も妻と長女は今のマンションに住み続けたい
私たちはコロナ禍という混乱した非日常を送っている最中。寛子さんも物事をまともに判断するのは無理だろうと思いました。そこで筆者は「離婚という人生の一大事を今、決断するのは危険なのでは?」と諭しました。そして別居中の夫からは「考え直してほしい」と懇願するLINEが何度も届いていました。しかし、寛子さんの決意は固く……。
「コロナ禍でみんな大変な中、離婚するなんて短絡的だと言われることは重々、承知しています。それでも、あなたのためにこれ以上、努力するつもりはないから」
と別れを切り出したのです。争点は離婚の可否から条件に移ったのですが、寛子さんがどうしても守りたかったのは自宅のマンションです。
「離婚しても今のマンションに住み続けたいんですが、どうしたらいいでしょうか? 毎月13万円の返済は私には無理です」
寛子さんは頭を悩ませますが、今回の場合、寛子さんは連帯債務者でも保証人でもありません。返済義務を負っているのは債務者である夫ひとりです。そこで筆者は「どんな理由があろうと金融機関は居住者である奥さんではなく、債務者である旦那さんに返済を求めますよ。そのことは奥さんの希望を叶える上で有利に働くでしょう」と勇気づけました。
住宅ローン返済を長女の養育費とみなすことに
自宅マンションの最寄り駅は複数の路線が乗り入れる横浜市内の某駅。しかし、いくら好立地でもコロナ禍で不動産需要が落ち込んでいます。寛子さんが近所の不動産屋を訪ねたところ、住宅ローンの残高(3500万円)では買い手はつかないだろうという見立てでした。
売却できないなら賃貸というのも選択肢ですが、リモートワークの普及で地方移住が注目されている今日このごろ。いくら駅近の物件だからといって2LDKという中途半端な間取りです。寛子さんが複数の不動産屋を回ったところ、毎月13万円(住宅ローンの毎月返済額)の家賃を設定しても借り手は現れないだろうという見解でした。
結局、売ってもダメ、貸してもダメなら、このまま所有し続けるしかありません。筆者は「今さら旦那さんが戻ってきて、奥さんと娘さんを追い出すのは現実的ではありません。そして、旦那さんが住宅ローンに加え、養育費を支払うのは無理でしょう」と助言しました。それを踏まえた上で寛子さんにこんな提案をしました。
娘さんが成人するまで妻子が無償で自宅に住み続け、住宅ローン、固定資産税や管理費、修繕積立金等の諸費用は夫が負担する。ローンの返済を娘さんの養育費とみなします。夫はローンとは別に養育費を渡さないこと、それ以外の支出はすべて寛子さんが負担するという条件付きで、夫は離婚後も妻子が自宅に住み続けることを承諾してくれたそうです。
そこで筆者は契約書(離婚給付契約書)を用意しました。6月下旬、2人は契約書と離婚届に署名。無事に離婚が成立し、これで一件落着したはずでした。
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離婚給付契約書
●●智也(以下、甲という)と●●寛子(以下、乙という)は以下の内容に合意した。
第1条 甲と乙は協議離婚することに合意した。
第2条 間の未成年の子・●●莉緒子(平成19年10月11日生まれ、以下、丙という)の親権者を乙に定める。
第3条 甲は乙、丙が自宅に居住することを認め、自宅の維持費(住宅ローン、固定資産税や管理費、修繕積立金等、名目を問わない)は甲が負担する。本条は丙が満20歳に達するまで有効とする。
第4条 甲は乙に対し、1か月に1回、丙との面接交渉を請求することができ、甲と乙が携帯電話のメールやLINE、通話によって協議の上、丙の福祉に反しないよう、面会の日時、場所、面会方法、送迎方法、甲の両親同席の有無などを決定する。
第5条 甲乙は本件離婚につき相手方に対して本証書に記載した内容以外、何らの請求をしないことを相互に確約する。
(※編集部注:●●部分は苗字が入る)
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寛子さんと夫はお互いの両親に話を通さず、夫婦間だけで合意に漕ぎつけたのですが、そのせいで思わぬ落とし穴が待っていました。ある日、何の前触れもなく寛子さんのLINEにメッセージが届いたのですが、その相手とは──。
※【夫の不倫で離婚】義父母が妻に「貸した頭金を返せ!」理不尽な要求の対処法〈後編〉後編に続く
露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/