「ネット・ゲーム依存症対策条例」などプライバシーにかかわる条例の問題点とは?(写真はイメージです)

 近年、家庭やプライバシーに干渉する条例が目立つようになってきた。そもそも条例とは地方議会によって制定される自治立法のこと。とはいえ制約がないわけではなく、法律の範囲内で定めることと規定され(憲法94条)、法令に反してはならないとされている(地方自治法14条1項)。基本的人権の侵害など憲法に違反すると考えられる条例については、違憲として無効となる。

「ゲームは1日60分」に科学的根拠はない

 最近特に話題になった条例が、今年4月、全国で初めて施行された香川県の「ネット・ゲーム依存症対策条例」

 18条2項に記された、18歳未満の子どもに対してコンピューターゲームの利用を1日あたり60分まで(休日は90分まで)を上限とすること、スマートフォンの使用は義務教育修了前の子どもは21時まで、それ以外の子どもは22時までにやめるようにすることを「努力義務」とする内容が批判を集めた。

 ネットでは《条例になれば、親も子どもに“決まりだから“と言いやすくなるし、子どもの“周りはみんなやってる”も言い訳にならなくなる》といった親目線の肯定的な意見もあったものの、《1日1時間とか、モンハンの素材集め一生終わらなそう》《家庭でルールを作ればいいだけで、条例で規制するのはどうかと思う》などの反対意見が多数を占めた。

 香川県弁護士会は5月25日に条例の廃止と18条2項の即時削除を求める会長声明を発表したが、そもそもこの条例のどこが問題なのか? 行政法を専門とし、慶應義塾大学法科大学院講師(非常勤)などを務める大島義則弁護士に話を聞いた。

「1つめは、1日60分の利用制限がネット・ゲーム依存症を防止するための手段であることを基礎づける科学的な根拠や事実がないこと。いわゆる立法事実の欠如という問題です。2つめはゲームの悪い点のみに焦点を当てて有用性を考慮していないこと。3つめは憲法13条の自己決定権、つまり自分のことは自分で決められる権利を侵害するおそれがあるという点です」(大島弁護士)

 県の発表によれば、平日60分・休日90分という利用時間については、平日のゲームの使用時間が1時間を超えると学業成績の低下が顕著になることや、スマホなどの使用時間が1時間を超えると、使用時間が長い生徒ほど平均正答率が低い傾向にあるという調査結果などを基準として規定されたものだという。しかし実際は、毎日60分以上プレイしてきても依存症になっていないゲーム愛好者は多く、学業とゲームを両立していた東大卒プロゲーマーも存在する。大島弁護士も、

「1日60分で依存症になるのか疑問です。一般的に考えて依存症防止対策としての根拠を求めるなら、ネット・ゲーム依存症の人の実態を調査して統計をとるべきでしょう」

 と指摘する。

自治体が考える道徳を押し付けているだけ

 また、ビデオゲームを使った対戦を競技とする『eスポーツ』が普及拡大する流れにも逆行する。

条例はゲームをやること自体が悪という捉え方。eスポーツ選手になりたい、子どもをeスポーツ選手にさせたいという人たちに1日60分というのは短いでしょうし、eスポーツ選手になろうとすることは自己決定権で、その道を閉ざすのかという問題もあります。ゲーム時間を1時間にするのか2時間にするのかというのは本来、家族で決めることですが、それを代わりに自治体が決めるというのは自治体サイドの考えた道徳を押し付けているわけです」(大島弁護士)

大島義則弁護士

 9月には条例が憲法違反だとして、高松市の高校生と母親が県を相手取って国家賠償請求訴訟を起こしたことで話題になった。しかし条例は「努力義務」であり、破ったところでなんの制裁もないので、市民の側からみると不利益が生じず、争いにくい。

 そんな中、秋田県大館市教育委員会では小中学生を対象にしたゲーム依存防止条例の策定を目指していたが、この違憲訴訟の動きを見て一時凍結したものの、「条例化は必要」との見方は変えていない。条例が全国に広がる可能性を踏まえ、今後の動きを注視する必要があるだろう。

喫煙の規制を家庭内にまで及ぼすべきか

 大阪府寝屋川市では今年10月に「子どもの健やかな成長のための受動喫煙防止条例」が施行し、注目を集めた。第6条2項で「家庭等においては、子どもと同室の空間で喫煙をしないようにしなければならない」、第7条で「子どもが同乗している自動車の車内においては、喫煙をしないようにしなければならない」としている。

 家庭内と自動車内の禁煙を努力義務とする条例は、東京都で2018年4月に施行された「子どもを受動喫煙から守る条例」に次いで全国で2例目となる。寝屋川市に寄せられた条例案のパブリックコメントでは「プライベートな空間に制限を設けるのは行き過ぎ」との声も寄せられていた。

「法格言である『法は家庭に入らず』という観点から批判があります。喫煙に規制をかけることを家庭にまで及ぼすべきかという問題はあるでしょう。また、喫煙者にとってはたばこを吸う・吸わないというのは自己決定権で、努力義務といってもそれに対して制約をかけているという捉え方もできるわけです」(大島弁護士)

 ただ、自己決定権は無制約ではない。家庭内で逃げ場のない子どもを救うという意義もある。

「ゲームの使用時間についてはある程度、親と子の話し合いが期待できますが、喫煙については親子の関係性などによって違いますよね。子どもが親の言いなりになるしかない家庭の場合は、話し合いはほぼ不可能でしょう。法律家によっても、喫煙者の自己決定権を守るべきという立場と、逃げ場のない子どもの健康を守るべきという立場とあります」(大島弁護士)

監視社会を招く可能性もある

 一方で、別の面から条例を危惧する声もある。禁煙・喫煙事情に詳しいジャーナリストの須田慎一郎さんは、

「条例が努力義務といっても、守られている・守られていない、違反したということを誰がチェックし、見つけ出すのでしょうか。正義感や善意から、“あの家では子どもがいるのにたばこを吸っていますよ”と密告する近隣住民が現れかねない。他人の家庭の中を監視する、つまり監視社会を招いてしまう可能性があるということが、この条例のいちばん大きな問題点ではないかと思います

 と話す。

 市では条例の実効性を検証するものとして、希望する小学生を対象に、ニコチンが体内に吸収されたことがわかる「尿中コチニン値」の検査を行う予算案も可決された。この検査結果によって、条例の実効性を検証するという。

「検査で濃度が高ければ、なぜ子どもの濃度が高いのか根掘り葉掘り聞かれたり、家庭に喫煙者がいたら、呼んで指導するという可能性もある。条例の実効性が上がらないので罰則規定を設けましょうというのは、すぐに飛び越えられるハードルなんです。子どもの健康のためという入り口は誰も反対しないでしょう。しかしその実効性を上げようとすると結局、喫煙自体を違法にする出口しか見えなくなる可能性があります」(須田さん)

 大島弁護士によると、各自治体で同様の条例が増えてくると、最終的に法律化していく“条例先行型”パターンもあるという。もはや喫煙は私事(わたくしごと)ではなく、公的に議論する課題になりつつある。

生活保護受給者に対する密告制度のようなもの

 2013年4月に兵庫県小野市で施行された「福祉給付制度適正化条例」も問題視された条例だ。生活保護受給者に対して不正受給をしてはならないとともに、給付金をパチンコ、競輪、競馬などのギャンブルに使い果たして生活の維持ができなくなる事態を招いてはならないと規定。また、常習的にギャンブルに給付金を浪費する生活保護受給者を見つけた場合は市に情報提供することを市民の責務としている。

「不正受給はもちろんあってはならないことですが、情報提供を責務とするのは密告制度のようなもので、同調圧力に期待する条例と言えるでしょう」(大島弁護士)

密告社会を醸成する危険性もある(写真はイメージ)

 私生活への過剰な干渉であり、憲法13条のプライバシーの侵害に違反するおそれがあるとして2013年4月26日に日本弁護士連合会が会長声明で反対意見を出したものの、条例は当初の形で現在も施行されている。

「生活保護受給者への差別意識を生む危険性もあります。本来ならば受給者に対する指導体制を強化するべきところを、密告社会で補おうとするのは不健全でしょう。この条例も道徳の押し付けを感じます」(大島弁護士)

 大島弁護士によれば、憲法や法律に抵触しやすい部分については、制裁のない「努力義務」や「責務」として条例化されることが多いという。確かな根拠なく市民の権利を制約するような条例については、市民が目を光らせて正していくべきだろう。

 2001年に施行された「DV防止法」を契機にして、「法は家庭に入らず」という限界を突破して家庭に対する法規制は活性化してきた。ただ、活性化すべき領域とすべきでない領域はあるだろう。ゲームの使用時間や喫煙に対して、法や条例が家庭に入っていくことを許すのか。どこまで家族で決めることとするのか考え、議論することが必要になってきている。