筋肉質な中年男の手が夏服の女子学生の臀部に伸びた。9月半ば、通勤・通学ラッシュで混み合う午前7時台のJR大阪環状線の車内。男は節くれだった長い指を丸みを帯びたスカートの上に這わせ、その感触を味わっていた。次の瞬間、男はすべてを失った。
クビになった大阪痴漢教師
「鉄道警察隊だ」
同じ車両に乗り、男の不審な動きに目を光らせていた私服警察官だった。
マークされているとは知らず、いつものように卑劣な行為におよんだのが運のツキ。乗車して10分足らず、下車予定の7駅手前にある京橋駅で降ろされた。
男は大阪市阿倍野区の市立中学で数学を教える西田尚樹教諭(36)。
登校途中に痴漢を繰り返していたとして11月11日、大阪市職員基本条例などに基づき同市教育委員会から懲戒免職処分を受けた。中学生を指導する立場にありながら、生徒と歳の近い女子学生に卑わいなことをしたのだから、二度と教壇に立たせるわけにはいかないだろう。
それにしても、なぜ犯行現場を押さえられながら刑事事件として処罰されないのか。
「私服警察官に取り押さえられた際、被害者とみられる女子学生がその場から逃げてしまい、行方がわからず特定できなかった。本人は犯行を認めているが、被害届が出ていないため厳重注意にとどまっている。被害者が特定できていれば大阪府迷惑防止条例違反の疑いで立件されたはず」
と在阪記者。
現職教師の痴漢とあって、複数の新聞・テレビが懲戒処分されたタイミングでこのニュースを報じた。西田教諭は市教委の聞き取りに対し、7月から複数回にわたって女子高生らに痴漢したことを認めたとされている。しかし、詳しい事情を知る学校関係者に「自白している痴漢行為は具体的に何回なのか」と尋ねたところ、複数回といっても数えきれないほどの回数におよんでいたことがわかった。
「本人が言うには、7月から取り押さえられるまで通勤時はほぼ毎日、電車で痴漢していたと白状しています。最初の犯行は、たまたま手が女性のお尻にあたり、相手に気付かれずに済んだらしく、それ以降は痴漢のハードルが下がったようです。スカートの上からならば触っても大丈夫と思っていた節がある」(学校関係者)
さらに、警察官から求められて差し出したスマートフォンには女性のスカートの中を盗み撮りしたとみられる画像が……。
西田教諭が市教委側に自白したところによると、わいせつ行為のきっかけは盗撮。6月に駅の階段で女性のスカートの中をスマホで隠し撮りしたところ、これも犯行がバレず複数回やったと認めている。
「盗撮のほうも被害者の特定は難しいようです。本人は“制服姿の女子高生を盗撮した”と話していますが、被害者に年齢を確認しているわけではありませんからね。痴漢も盗撮も、絶対に女子中学生に手を出していないとは言い切れない。ただ、本人はかなり反省しており、市教委の聞き取りに対してごまかすことなく洗いざらい答えているのでそこは信じたい」
と前出の学校関係者。
盗撮の舞台は路面電車の始発駅。痴漢を繰り返していたJR線から乗り換えるタイミングが“盗撮タイム”だったという。
現場に行ってみた。
乗り換え通路は随所に防犯カメラがあるものの、当該の階段はカメラの死角になっていた。上る角度はやや急で、数学教師らしく成功確率を計算した上で盗撮していた可能性があるように思えた。
どんな教師だったのか……
市教委によると、2009年4月に市内の中学校で数学講師として採用。翌年春に本採用され、現在勤務する中学校には2年前に赴任している。バスケットボール部の顧問を務めていた。
勤務先の中学校長は、
「何も問題のない先生だったので私も同僚教師もみな驚いています」といまだ信じられない様子。
「責任感が強く、与えられた役割を期限に余裕を持ってやり遂げる先生です。遅刻や無断欠勤はなく、気にかかる点や不安点もありませんでした。電話対応なども丁寧な言葉遣いで安心できました」(校長)
報道を受けて校長が全校集会で説明すると、生徒たちは冷静に事実を受け止めているようだったという。
しかし、ショックを受けているのは生徒も同じ。
女子生徒は「そんなことはせえへん人やと思っていました」と言葉少なだった。
複数の生徒によると、西田教諭はがっちり体型でどちらかといえば無口。好んでバスケのジャージーを着回し、生徒にプライベートを明かすことはなかった。
男子生徒はこんなエピソードを打ち明ける。
「どこか怖くて近寄りがたいオーラがあり、笑いを取りに行ってよくスベってた。例えば授業中、同僚教師のミスプリントを見つけ、“こりゃ(ペナルティーは)生中3杯(生ビールの中ジョッキ3杯)やな”とボケたもののクラスはシーン。
おもろないから笑いが起きひん。いつも酒に絡めた中学生にわかりにくいボケばかりだから数学の時間は静かだった。酒好きなので陰では“アル中(アルコール依存性)”と呼んでいた」
酒の話はしても、女性の話はしない。生徒が女性アイドルの話で盛り上がっても口を挟むことはなかった。独身なのに女子生徒に人気のあるタイプではなかったという。
犯行動機は運動不足?
西田教諭は犯行動機について、
「新型コロナウイルスで臨時休校になり、バスケットボール部で身体を動かせないストレスがたまっていた」
などと市教委側に説明したとされる。
しかし、盗撮を始めた6月は学校が再開されたばかり。思いどおりに部活動ができなかった面はあるとしても、痴漢を繰り返していたころにはストレスはかなり軽減されていたはずだ。バスケで培われたボールコントロールする手先のテクニックや身のこなしを悪用した“ファウル連発”だから退場は当たり前だろう。
学校はその朝、鉄道警察隊から連絡を受け、教頭が駅に身柄を引き受けに行った。それ以降、担任する2年生のクラスを含め、生徒には会っていない。
西田教諭は市教委側の聞き取りに大きな身体をすぼめ、
「自分の学校の生徒には何もやましいことはしていません」
とか細い声で弁明するのがやっとだったという。
《取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)》