「舌は身体の状態を反映して変化しています。例えば水分をとりすぎると、むくんでボテッとした舌になり水分不足だと舌も乾きます。1日1回、観察すると、その日の体調を反映して、舌が敏感に変化していることがわかるでしょう」
そう話すのは、中医師の幸井俊高先生。中国の医学である中医学では、舌の色や形、表面や裏側の状態を観察して、診断の助けとする。これを舌診(ぜっしん)という。
知識があれば誰でも舌の観察は可能
「舌診は血液検査やレントゲンがなかった時代に、外から身体の中の様子をとらえる技術として発達しました。舌は表面の粘膜の新陳代謝がさかんで、3日で新しいものに入れ替わります。粘膜が薄く、血管を流れる血液の色もよく見えます。ですから、舌には体内の状態が敏感に反映されるのです」(幸井先生・以下同)
舌の状態を見ることで、患者の体質や、病気の性質、進行具合までもが推し量れる。舌診と患者からの聞き取りだけで、その人に合った漢方薬を処方する名医もいるそうだ。
専門家でなくても、知識があれば舌からおおよその体調を知ることはできる。
症状が出る前に、舌が先に変化することも少なくないという。
「病気に向かいつつある兆しを『未病』といいますが、舌を観察していれば、この未病の段階で対処できます。舌が変化したら、生活を見直したほうがいいというサイン。ちょっとした体調不良なら、それだけでよくなることも」
気になる変化があったら、専門家に相談することを幸井先生は推奨している。
「中医学の専門家に見てもらえば、漢方薬や本格的な治療が必要かどうかを判断してもらえます。舌の観察は病気の早期発見にも役立つのです」
舌の観察は次の手順で行う。
(1)鏡の前で、口を大きく開け、舌を出す。このとき、力を入れると舌がとんがるので、力を抜いて、舌の丸みを保つ。
(2)舌の色、形、表面、舌の表面に付着する舌苔(ぜったい)を観察する。
(3)L(エル)を発音するときのように、舌先を上あごにつけ、舌の裏を観察する。
「同じ光のもとで、同じ時間帯に行うと、変化がわかりやすくなります。おすすめは起床時の舌チェックです」
また、舌は病気以外にも、さまざまな要因で変化する。例えば、夏は蒸し暑さで舌苔が厚く黄色くなり、冬は寒さで舌が湿っぽくなりやすい。女性なら生理前には舌が赤くなり、生理中は舌が白くなる。
「年齢でも舌は変わります。年をとると誰でも、身体の水分が減少して、舌苔が乾燥したり、表面にひびが入ったりしがち。それらの影響も考慮して観察しましょう」
ちなみに、舌の色がはっきりわかるのは自然光。また、壁や服の色が、舌の色に影響を与えることもあるので、その点にも注意を。
【理想的な舌は薄紅色でほどよい大きさ】
次のような特徴を兼ね備えているのが理想的な舌。大人の場合、たとえ健康でもこれほど理想的な舌をしている人は少ないが、観察するときの参考に。
◎表面……斑点やひび割れなどがなく、なめらかな状態が理想的。
◎色……赤すぎず、白すぎず、淡い紅色から薄いピンク色がよい。
◎形……健康的な舌は、ほどよい大きさと厚みで、生き生きしている。
◎舌苔……適度な湿り気のある白い舌苔が、薄く均一についているのが正常。
◎裏側……静脈が2本流れているが、それが見えない、もしくはぼんやり見える程度がグッド。
舌でわかる病気:50代が注意すべき6例
中高年世代が注意したい6つの病気ごとに、よく見られる舌の特徴と対処法を紹介。気になる兆候がある場合は、専門家に相談して早期発見につなげよう。
■高血圧
老化で身体が乾燥すると血管の柔軟性が失われて、高血圧となりやすい。その場合、舌も乾燥が進むため、舌苔がつかなくなり、裏側は血管が浮き出てくる。
【特徴1】舌苔がつかないので、表面はつるつる。光沢のある舌になる。
【特徴2】乾燥して血液がドロドロになると、舌の裏の静脈が太くなる。
《対策》体液を補い、血行をよくするホウレン草、ヤマイモ、アスパラガス、ごま、青魚などを意識してとろう。
■脳梗塞
「急に体調が変わりやすい体質になると、脳梗塞の危険性が高まる」と中医学では考える。次のような舌は脳出血や心筋梗塞も起こりやすい状態なので注意。
【特徴1】ブツブツや赤い斑点は、突然の出血が起こりやすい状態を示す。
【特徴2】血液がスムーズに流れなくなると、大きくてはれぼったい舌に。
《対策》ストレスや温度差の刺激で発症しやすいので注意を。食材はホウレン草、トマト、ごまなどがおすすめ。
■肝機能障害
栄養素の代謝や血液の浄化などを担う肝臓の機能が低下すると、体内の栄養が不足して、血行も滞る。その結果、見るからに弱々しい舌になることが多い。
【特徴1】舌に栄養が届きにくくなるので、やせた薄い舌になる。
【特徴2】血行が悪くなると、舌の色も変化。赤みがない、青や紫の舌に。
《対策》肝臓をいたわる食材は大豆製品、貝類、イカ、タコ、旬の野菜など。お酒や暴飲暴食を控えるのも重要。
■糖尿病
糖尿病は「体液不足で血液循環が悪くなり熱がこもった状態」と中医学ではとらえる。血液がベトつくと舌は赤くなる。また熱がこもると舌苔が黄色くなる。
【特徴1】糖尿病の人によく見られるのは、全体的に赤みが濃い舌。
【特徴2】乾燥して黄色い舌苔は、身体に熱がこもっているサイン。
《対策》適度に運動して、糖質ひかえめの食事をとるのが基本。食材は体液を補うヤマイモ、黒豆などがよい。
■胃炎
中医学では胃炎は「熱で生じる症状」ととらえる。その場合、舌は赤く舌苔は黄色くなりがち。さらに舌苔の状態を観察すると、より細かなチェックが可能に。
【特徴1】舌苔が奥だけにあるのは、胃腸の働きが弱い人に多い舌。
【特徴2】胃に炎症や潰瘍が生じると、舌苔が部分的にはがれた状態に。
《対策》胃腸の働きを整えるのはイモ類、ニンジン、豆類、カリフラワーなど。これらを温野菜にして、とろう。
■がん
がんになるか、ならないかを決めるのはその人の免疫力。元気がなく、生気が感じられない舌になると、免疫力が落ちているサインなので、注意したい。
【特徴1】免疫力が低下すると、しっとりして、やわらかい舌になる。
【特徴2】がんでは血流が悪化することが多い。その場合、舌に紫の斑点が。
《対策》生命力が強い旬の野菜や魚介類をとる。不規則な生活は免疫力を下げるので規則正しい生活を。
放っておくと危険!体調不良も舌で判明
栄養不足、疲労……。舌を見れば、そのときの体調が一目瞭然。炎症があるなど体調不良の可能性もわかるという。
ここでは、舌の色、形、表面の状態、舌苔など、舌観察のポイントごとに、体調不良を示す兆候を紹介。舌の正しいケア方法もぜひ実践を。
■色
・白っぽい……栄養不足で、疲れやすく、気力がない人によく見られる舌の色。消化器の病気、狭心症、うつ病などに注意。
・赤っぽい……体内で炎症が生じ、熱がこもると、舌が赤くなる。また水分不足で熱を冷ます力が弱まったときも赤い舌に。
・青または紫っぽい……身体が冷えると、舌から赤みがなくなり、青みがかった色になる。紫色は血行が悪くなり冷えているサイン。
■形
・歯型がついている……舌のふちに歯のあとがついてギザギザになる。これは、水分や疲れがたまり、舌がやわらかくなっている証拠。
・やせている……水分や栄養が不足している状態が続くと、舌も薄くなりやせてくる。貧血や自律神経失調症状に注意。
・はれぼったい……体内に余分な水分がたまると、舌が大きくはれぼったくなる。頭痛やめまい、アレルギーが出やすい状態。
■表面
・割れている……表面に割れめがあるのは、水分や栄養が身体の末端まで行き渡っていない証拠。気力がなく疲れやすい状態。
・ブツブツがある……身体の中で熱の勢いが強いと舌に点状の隆起や赤い斑点が現れる。炎症や感染症、精神面の不調の可能性が。
■裏側
・静脈が目立つ……血行が悪化すると、舌の裏側の2本の静脈が太くなり、盛り上がってくる。生活習慣病になりやすいので注意。
■舌苔
・カサカサしている……血液や水分の循環が悪くなると、舌苔もカサカサになる。炎症や病気の慢性化で、熱が体内にこもっている可能性もあり。
・はがれている……舌苔がところどころはがれ落ちているのは、栄養不足や免疫力の低下を示す。また、胃腸の機能が弱まっている場合も。
・べっとりしている……舌苔がベトベトして湿っているのは、体内で水分が過剰となっているか、冷えがあるサイン。めまいや関節痛などが出やすい。
・黄色い……感染症や炎症があると、舌苔が黄色くなる。薄くついているなら風邪の初期段階の可能性も。無理せず休養をとるとよい。
舌の正しいケア方法
「健康維持のために、舌の状態に合わせて、食材を工夫しましょう。例えば、熱がこもっている兆候があれば、ナス、トマトなど熱を冷ます食材を」
その他の兆候には、次のような食材を補うとよい。
●水分不足…豆腐、梨
●水分過多…大根、サトイモ
●気力不足、疲労…イモ類、豆類、魚介類
●血行悪化…青魚
●冷え…鶏肉、エビ、ねぎ
●胃腸の弱り…イモ類、豆類
どれも身近な食材だから、不調を感じたら、摂取して。
【舌はやさしくケアするのが正解!】
「舌は『露出した内臓』とも呼ばれています。敏感な臓器なので、基本的にはあまりさわらないほうがいいでしょう」と、幸井先生。口臭対策で舌みがきをする人もいるが、その場合はやさしく舌の表面をなでる程度に。ごしごしこするのはNG。
【舌の体操で口元からリラックスしよう】
ストレス社会に生きる現代人は、過剰に緊張しやすい。「舌の体操をすると、口のまわりの筋肉がほぐれ、リラックスしやすくなります。フェイスラインを引き締める効果もあるので、おすすめです」
1. 口を開け、舌をベーっと出したり、左右に動かしたりする。舌をストレッチする感覚で思い切りやろう。
2. 舌を戻して息を吐いて舌と口まわりの筋肉から力を抜く。口まわりから余分な力が抜けた感覚を味わって!
(取材・文/中西美紀)
幸井俊高先生 ◎中医師。「薬石花房 幸福薬局」代表。東京大学薬学部卒業。北京中医薬大学卒業。1988年、中国政府より認定を受け、日本人として18人目の中医師となる。著書に『舌をみれば病気がわかる』など。