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 コロナ禍で先行きが不安な中、高い教育費を見すえ、せっせと働きながらお金を貯め、懸命に子育てをする──。そんな親たちの心に、暗い影を落とすニュースが飛び込んできた。政府が、子育て世帯に支給している児童手当の一部をカットすることを検討しているというのだ。

「高所得者だけ」と放置すると痛い目に

 その目的は保育施設を増やして待機児童を減らすこと。財源をひねり出すため、狙われたのが高所得世帯だ。

「一定所得以上の世帯が受け取っている特例給付(月5000円)をなくす」「給付対象かどうか判断するため、従来は稼ぎ頭の所得のみをチェックしていたが、今後は夫婦合算の所得を見るように」といった案が検討されている。

 カットが検討されている夫婦の年収の目安は1500万円以上とも、960万円とも言われている。実現すれば、子どもが2人いる家庭なら年12万円のマイナスに……。これに対して子育て世代から怒りの声が上がり、ネットでは縮小反対の署名運動がスタート。11月24日時点で3万人を超える賛同が集まった。

 ただ、その一方で、「少子化対策に使うんでしょ。稼いでる夫婦なら、月5000円の給付がなくなるくらいガマンすれば?」という冷めた声も聞こえてくる。

 子どもの貧困問題に詳しい日本大学教授の末冨芳さんは、こう話す。

「“年収が多いならいいだろう”と他人事のように考えてはダメ。今回の見直しを進めている財務省の思うつぼです。

 仮に年収960万円以上が切り捨ての基準になったとしてこれはあくまでも一歩目。いずれは児童手当をカットするボーダーラインを800万円、600万円と切り下げてくることは明白です。実際、医療制度でもそうした改悪の例が過去にはあります。

 最終的にはすごく貧しい人以外には給付しなくなる、それが自助を強調する菅内閣の基本姿勢だと理解しておいたほうがいい。今、年収がいくらだとかいって分断して、問題を放置すれば被害はどんどん拡大していきます」

 生活経済ジャーナリストのあんびるえつこさんも、コロナ禍の状況で、こうした検討が行われていること自体に首をかしげる。

「特に今年は休校期間中に昼食代がかさんだり、子どもの面倒を家でみるために仕事を休んだりで、金銭面でも時間面でも親たちは負担を強いられました。そのタイミングで負担増の話が出るなんて、何を考えているのか……」

子育て支援を削って少子化対策になる!?

 また、収入が多い親を狙い撃ちすることは、少子化対策の面からもデメリットが大きいと末冨さんは言う。

「ただでさえコロナ禍で生み控えが起きているのに、その動きがさらに強まるでしょうね。おそらく第2子、第3子が生まれなくなります。出生率が下がり、やがては待機児童そのものがいなくなる可能性だってあります」

 そうなれば、まさに本末転倒となるわけだが、収入の多い親の手当を削ることが、どうしてそこまでの影響を起こすと考えられるのだろうか。

「国民生活基礎調査によると、子育て世帯のうち、年収1000万円以上なのは約15%、910万円以上が25%ぐらい。もし年収960万円以上が給付カットされたら、約2割もの世帯が影響を受けることになります。

 その多くは都会に住んでいて、確かに給料も高いけど住居費や物価も高い中、必死で働きながら納税している人たちです。決して楽をしているわけじゃない」(末冨さん)

少子化対策に「真正面から取り組む」と述べた菅首相だが、親いじめの方策に批判殺到! ※写真はイメージです

 さらには日本ならではの事情もある。中所得や高所得の人ほど、結婚や出産などのライフイベントと、それにかかる費用を先々まで緻密に計算しながら貯蓄する傾向にあるという。そんな慎重な人たちが、児童手当を受け取る見通しが立たなくなったら……。

「日本では、都会の稼いでいるカップルは、子どもを産めるカップルの人口のかなりのボリュームを占めています。その人たちが子どもを産み育てる気がなくなれば大変なことになります」(末冨さん)

 あんびるさんも、「少子化対策として共働きのための保育園をつくるのに、共働きの手当を削るなんて、アクセルとブレーキを同時に踏むようなやり方です」と、バッサリ。今回の案が、このところの女性活躍促進と矛盾する動きになると指摘する。

特に問題なのは、(特例給付の)判定基準が稼ぎ頭の年収から、夫婦の稼ぎを合わせた世帯年収になること。共働きのカップルに対して、“共働きは損”というマイナスの心理的影響を与えることになってしまいます。

 これから子どもを産んで頑張って働こうとしているカップルに、“妻はフルタイムではなく、非課税枠の範囲で働いたほうがいい”と思わせてしまいかねません。女性活躍を謳う今までの政策にも明らかに逆行しています」(あんびるさん)

児童手当のカットで「子育て罰」が強化

 そもそも日本の子育て世帯は、「子育て罰」ともいえる厳しい仕打ちを受けている状況だ。児童手当の削減案はその強化につながる、と末冨さんは言う。

「子育て罰」とは、立命館大学の桜井啓太准教授ら貧困問題に詳しい研究者が使い始めた言葉。もともと国際的に、子どものいる女性の賃金が低くなる現象があり、「チャイルド・ペナルティー」と呼ばれていた。

 さらに日本では、収入が低いシングルマザーなどが税金・年金・社会保険料を負担しているのに十分な支援を受けられない状況にある。これを「子育て罰」と名づけたのだ。

「一方、年収910万円以上の親たちも第2次安倍政権による高校無償化の対象からはずされ、大学の貸与奨学金も借りられないなど、まったく支援を受けられない“子育て罰”を受けています。今回の児童手当の問題は中所得や高所得の人たちへの子育て罰を拡大するもの、と私はとらえています」(末冨さん)

 社会全体に余裕がなくなっている今、都会での子育て環境は厳しいものがある。

育児と両立させて頑張って働いても恩恵ナシでは、女性活躍の妨げに ※画像はイメージです

「私もベビーカーを蹴られたことがありますよ。そんな冷たい社会でみんな子育てをしながら、稼いでいるんです。収入が多かろうが少なかろうが、必死で稼いで納税し、社会を支え、しかも未来を担う子どもまで育てている。なのに、何も応援してもらえない。これのどこが少子化対策だというのでしょう」(末冨さん)

親たちを苦しめる教育費という元凶

 とりわけ日本の子育て世帯を苦しめているのが、のしかかる教育費の負担。なかでも大学進学費用をどう工面するかが悩みの種となっている。「大学なんて、国公立に行けばタダ同然」というイメージが昭和生まれの祖父母世代にはあるが、現状は厳しい。

教育費の家計への負担は重く、コロナ禍で中退の増加も懸念される ※写真はイメージです

 文部科学省によると、1975年には国公立大の入学金が5万円、学費は年間3万6000円だったのが、その後ぐんぐん値上がりして、2005年からは入学金28万2000円、学費は年間53万5800円に。国立大に進学しても4年間で240万円以上かかってしまう。私大の場合、大学や学部にもよるが、文系でも国公立大の倍はかかるのが一般的だ。

 子育て世帯は、この費用をひねり出すべく、児童手当をコツコツ貯めるなどして工夫をこらしてきた。しかし、今後、収入によってはそれも奪われてしまうことに……。

 こんなに各家庭で教育費がかかる理由は、教育に対する公的支出が少ないから。OECD(経済協力開発機構)が’20年9月に発表した調査結果によると、’17年の教育への公的支出がGDPに占める割合は、日本は2・9%。38か国中37位という低いレベルにとどまっている。

1人の女性が15歳から49歳までに産む子どもの数の平均を示す「合計特殊出生率」と照らし合わせてみると、日本をはじめ、少子化が社会問題になる国ほど教育費をケチっている傾向が。 主なOECD加盟国のGDPに占める教育への公的支出の割合※OECD「図表でみる教育2020」より編集部作成

「一方、ヨーロッパでは、子どもは親の所有物ではなく、独立した人格を持つ存在で、社会が育てるものという意識があります。だから親の所得に関係なく、国公立校の教育費は無償、または格安という国が多いです」(末冨さん)

 日本の高い教育水準は、各家庭の自己負担でなんとか支えられてきたのだ。しかし、これもそろそろ限界、というのが子育て世代の本音だ。

子育て予算をケチる日本に未来はない!

 なぜ日本は、教育へ予算をかけるのをケチる国になってしまったのか。あんびるさんは、「しかたがない面もあります」という。

「限られた財源の中、どうしたって優遇されるのが高齢者です。高齢の方々にしてみたら介護サービスや年金がそんなにいいと思えないかもしれません。ただ人数が多いから、総額でいうと福祉の資源が高齢者に偏ってしまう。選挙目当てで場当たり的な政策を繰り返してきたツケも大きい

 もちろん、こんな状態は長続きしない。

「社会全体で子育てを支える仕組みを実現するには、いずれもうちょっと高い税負担が必要になるでしょう」(あんびるさん)

 末冨さんも、新たな財源が必要だと強調する。

「財源が少ないからといって少子化対策のためのお金を子育て世帯から奪うようなことはやめて、新しい財源をちゃんと確保するべきです。以前、小泉進次郎議員が提唱されていた“こども保険”なり“子ども国債”なり、税金または社会保険といった形で、新たな安定財源を確保することを考えなくては」

 つまりは、子育てしている以外の世代からも広くお金を集めるべきということ?

それが当たり前のことだと思います。私たちが老いていったとき、日本の未来を支える子どもたちがいないのは困るでしょう。あらゆる人が安心して子どもを産み育てられるようにしなければ、この国は滅びます。収入の額で子育て世帯が分断されている場合ではありません」(末冨さん)

 多くの人が安心して子どもを産めるようにするには、どんな方策がよいのだろうか。

「質の高い教育サービスと金銭面のサポート、この両輪が必要です」(あんびるさん)

「教育無償化など、いろいろ打つべき手はあります。さしあたって参考になるのは明石市の取り組み。子育て経験のある支援員が0歳児のいる家庭に紙おむつを届けてくれる“おむつ定期便”など、収入に関係なく、子育て世帯の負担を減らす施策を次々と打ち出しているんです。子育て世帯を応援する姿勢を示したことで、明石市では出生率がアップしています」(末冨さん)

 やはり金銭面でのサポートは重要ということ。まずは目の前の児童手当の特例給付カットを止めなくては!

おすすめは、自分の選挙区の議員に自分の声を届けること。すでに多くの声が議員のもとに届いているようで、与党議員の中からも考え直すべきでは、という声が上がってきています」(末冨さん)

 “子育て罰”を受ける国を変えていくなら、今しかない。

《取材・文/鷺島鈴香》