現在放映中のドラマ『24 JAPAN』。前評判は高かったが、視聴率は低迷続き。同作にはいったい何が足りないのか? 唐沢寿明のこれまでのキャリアからひもといてみた

 くっきり二重なのにどこか涼しげ。黒目が大きいので観る者を引きつけるが、顔は想像以上に小さい。昔ながらの濃い顔でもなければ、今流行の薄い塩顔でもない、不思議な折衷案の二枚目顔。絵に描くより彫像にしたい顔である。もともとアクション俳優の下積み経験もあり、キレのある動きも可能。滑舌と発声の明瞭さは、声優としてのポテンシャルも高い。醜聞とは無縁、妻も女優という同業夫婦で、王道スターとしては理想形。そんな「一点の曇りもない」唐沢寿明がどうにもこうにも活かされていない気がする。

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もう誰もちゃかせない『24JAPAN』

 アメリカで約20年前に人気を博し、世界中で話題になったドラマ『24』を令和の今、日本版を放送するというテレ朝の暴挙。『24JAPAN』の話である。え、それ、もう古典名作劇場だよ? 唐沢はその主役で座長を引き受けちゃったのである。

 緊迫した1時間を1話で、刻一刻と24時間を描く見せ方に約20年前はみんな熱狂したようだ。本家を観ていない私が語るのもなんだが、『24』風の演出はイヤというほど知っている。分割画面で見せる手法といい、秒をカウントするあの音といい、ドラマやCMで使い倒され、モノマネ芸人が模倣と創作を繰り返したから。

 開けてみれば、どうにもこうにもおかしな設定。テロ対策ユニット「CTU」……ん? 警察? 公安? 内調? 独立組織? 日本初の女性総理はまあいいとして、総選挙? わしら総選挙で総理大臣を直接選んだことがないけれど……。設定で「?」の連続。原作側のこうるさい制約に屈服したと推測はできる。想像を絶する交渉の苦労もあったとは思うが、やはりそのままの設定にするには無理があった。

 初回放送するまでは喧伝されていたが、あまりに視聴率が低い。昨今はその日の夜に放送するドラマの記事がネットに連なるのが定番だが、もう誰も『24JAPAN』に触れなくなった。「もう誰も愛せない」というか「もう誰もちゃかせない」状況に。

 ま、ことの始まりが深夜だし、唐沢の娘が誘拐拉致されるという暗くて陰鬱になるイヤなシーンが、人の気持ちを寄せ付けないのかもしれない。私はちゃかすよ。ちゃかしたうえで最後まで見るよ。唐沢が太陽光を浴びるまでは。日本版の醍醐味をひとつでも見つけるまでは。

 ここのところ、唐沢は「海外ドラマ原作」という呪縛にとらわれている。2019年はアメリカの原作『グッドワイフ』(TBS)と、韓国の原作『ボイス 110緊急指令室』(日テレ)に出演。どちらも原作の人気は高く、評判もすこぶるよかった。

 数年前からNetflixやAmazonプライムなどの契約者が増え、海外ドラマも新作から古典まで手軽に見られる。「制約をうけた中途半端な日本版を観るくらいなら、面白い原作を見る」人が増えている中で、あえて挑む「無鉄砲」。唐沢にもその気質があるのだろう。厳しい状況にあえて自分を追い込む、みたいなことを本人も述べていたので、イヤイヤ徴兵されたのではなく志願兵だとわかる。

 それにしたって一世を風靡した古典名作のリメイクは難しい。時代に関係なく、普遍性のある人間ドラマならばまだしも、勢いと臨場感と時間制限という特性のある『24』は、原作に忠実にすれば既視感、オリジナル要素を加えれば蛇足と言われる。残念ながら今期は「視聴率爆死ドラマ」に認定されてしまった。この責任は主演の唐沢ひとりが背負わされるものではない。テレビ局がなんとかしないとね。

 そういえば、織田裕二もフジで『SUITS』をやっていた。しかもシーズン2まで。あっちはあっちで「軽妙洒脱なエリート弁護士モノ」のはずが「友近&なだぎ武臭のするシチュエーションコメディー」に成り下がってしまったという問題を抱えており、海外ドラマ原作には高くて大きな壁があるのだと改めて痛感。

「適役」に恵まれた90年代から2000年代

 話を唐沢寿明に戻そう。今は「海外ドラマ原作でうっかりとばっちり期」だが、歴史をさかのぼると彼の魅力を再発見できるはずだ。「唐沢と言えばどのドラマ?」の問いに、必ず登場するのが『愛という名のもとに』(1992年・フジ)である。

 政治家の息子だが誠実な人柄で、親友・チョロ(中野英雄)からは「一点の曇りもない憧れの存在」と慕われる。「涼しげで黒目がち」の目は、確かに適役だった。

 90年代の唐沢は、恋愛至上主義のフジテレビでかなりの活躍を見せた。カタブツエリートや正義の味方を演じる一方で、やさぐれたお調子者という役どころも淡々とこなした。何でもできるマルチ俳優であると同時に、器用貧乏のイメージもある。

 大河ドラマも出演、飛躍したのは、作家・山崎豊子のお気に入りになったあたりか。豊子の寵愛はそれまで上川隆也に注がれていたが、晴れて唐沢も仲間入り。『白い巨塔』(2003年・フジ)、『不毛地帯』(2009年・フジ)と出演し、社会派の大作に出る俳優として確固たる地位を築き上げた。これが唐沢の「昭和の大作御用達期」である。「豊子とフジと新潮社の寵愛&蜜月三つ巴期」と言ってもいい。

 もちろんテレビドラマだけでなく、3部作の大作映画『本格科学冒険映画 20世紀少年』でも主演をつとめ、意外な歌唱力も見せつけた。とにかく「大作」に出演する印象が強い。これはスターの歩くべき道であり、王道でもある。

作品になんだか恵まれない低迷期に突入

 しかし、時代は変わる。2008年のリーマンショック以降、世界的不況へ突入。2010年代のエンターテインメントの世界はスケールが縮小し、大作志向はインディーズ志向へと変わった気もする。大作が似合う唐沢のイメージが「使いづらい・依頼しにくい」へと変わったのかと思うほど、一時期、唐沢をテレビドラマで見なくなった(この時期WOWOWドラマの撮影があったからと推測はできるが)。

 あの頃、個人的に強く覚えているのは『ギルティ 悪魔と契約した女』(2010年・フジ)の唐沢である。主役の菅野美穂は殺人事件の犯人に仕立て上げられ、服役した冤罪被害者だ。虚偽の証言で自分を有罪に陥れた人間たちに次々と復讐していく話だったが、唐沢は菅野につきまとうジャーナリストの役。つまり脇役である。

 菅野をおとしめる記事を書いたものの、冤罪と知って菅野の味方になるのだが、なぜか落ちぶれてホームレスのテイ。脂ぎったワンレングスの髪型に黄色い歯、ちょいちょいダジャレをかまし、なれなれしく呼びかけるなど徹底して「変なおじさん」に。あの正義や野心に燃える凛とした姿、一点の曇りなき瞳はどこへ? それでもギルティの唐沢は「王道からあえて外れる喜び」がダダ漏れで、興味深かった。

 そこからの唐沢はどうにも振るわない時期へ。いや、彼が振るわないのではなく、作品に恵まれない。あえて書いておこう、低迷期3部作を。

 泥棒のくせに大上段に構えて愛を滔々(とうとう)と語るという盗っ人猛々しい『TAKE FIVE~俺たちに愛は盗めるか~』(2013年・TBS)、30年間眠っていた昭和の刑事が斉藤由貴の「卒業」を聴いてなぜか目覚め、平成の時代にバブル臭をまき散らして大暴れする『THE LAST COP』(2015~2016年・日テレ。しかも映画化まで!)、そして、奇策連発で都合よく限界集落を盛り上げる公務員を演じた『ナポレオンの村』(2015年・TBS)だ。この3つ、記憶にある? それが答えでもある。

 今は漫画原作が席巻し、脚光を浴びる日本のドラマ界。登場人物が若く、ベテラン二枚目が主演を張れる作品が少ない。そもそも若さ優先業界なので、本来なら40代の俳優が演じるべき役を20~30代の俳優が演じる傾向がある。57歳でも40代に見える唐沢はイケそうな気がするが、若い人気イケメンが主役になる構図は崩れない。年齢相応が当たり前の海外原作にベテランが配置されるのは必然ともいえる。

どんな唐沢が見たいか、問うてみる

 恋愛至上主義から権威至上主義へ、企業レベルから国家レベルの危機まで背負ってきた唐沢に今後どんな役を演じてほしいのか、自分に問うてみる。

 思い返してみると、唐沢が劇中で精神的に最も追い込まれた役は『小早川伸木の恋』(2006年・フジ)ではないかと思う。これ、「小早川伸木の災難」といったほうがいい。病的に嫉妬深くて束縛が激しい妻(片瀬那奈)に心身ともに悩まされ、許されぬ恋心に揺らぐというドラマだったが、唐沢に100%同情した。いつもならどんな不倫ドラマでも女性のほうにシンパシーを覚えるのだが、これだけは別。

 唐沢は「優しすぎる人」、たぶん今でいうところの「エンパス」に近い役どころだ。人の気持ちや感情をくみとり、空気を読みすぎて疲れてしまう。完璧な善人に見えるけれど、本人の消耗は想像以上に激しい。いや、見ているほうもどっと疲弊して消耗する作品ではあったが、小早川伸木を心の底から助けてあげたいと思った。唐沢が演じてきた役の中で、こんなに同情したのは小早川伸木くらいである。

 たぶん、いつも正しい正義の味方で、トラブルや事件から人々を救ってきた唐沢に「弱み」を見せてほしいのかもしれない。それもちょっとやそっとの弱みではなく、人としての後ろめたさや、大人としての恥ずかしさを含む「弱み」を。

 また、唐沢の医師役キャリアの着地点としては、テレ東のスペシャルドラマ『あまんじゃく』(2018年・2020年)が面白かった。元外科医で殺し屋という役には「(人を殺める)作業上の合理性」と「命を救うはずが命を奪うという存在意義の矛盾」がある。大作や名作、王道もいいが、邪道や外道を突き進む唐沢も私は見たい。

 もちろん人それぞれ好みがある。テレ朝の人は「私の好きな唐沢ドラマベスト3」を挙げてみて。今後、そこに『24JAPAN』が入るよう、何か手を打つべきだと思う。


吉田 潮(よしだ うしお)コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。おひつじ座のB型。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より東京新聞の放送芸能欄のコラム「風向計」の連載開始。テレビ「週刊フジテレビ批評」「Live News it!」(ともにフジテレビ)のコメンテーターもたまに務める。