「ひどい現場でした。あの惨状がしばらく夢にも出てきてうなされました。今でも食事も満足にとれていません」
そう話すのは動物保護団体『たんぽぽの里』代表の石丸雅代さん。
9月末、神奈川県内にある4LDK一戸建て住宅から猫144匹が保護された。多頭飼育が崩壊した家庭だった。
多頭飼育崩壊は全国で発生、社会問題に
多頭飼育崩壊とは、犬や猫などペットの数が膨れ上がり、飼い主だけでは飼育困難となる状況を指す。
ペットの犬や猫はエサや水が満足に与えられない。排泄物も垂れ流し状態で掃除も不十分。動物たちにはノミやダニがたかり、皮膚病にかかり、伝染病も蔓延。衰弱し、命を落とせば、空腹の仲間が共食いすることも……。
なのに飼い主はお気に入りの犬、猫ですら病院には連れて行かない。それどころか、「大切な家族。可愛がっている」と歪んだ愛を語る。
多頭飼育崩壊は全国で発生し、社会問題になっている。崩壊現場は10数匹~100匹を超えることもある。北海道札幌市で高齢の夫婦が飼えなくなった猫238匹が、島根県出雲市では8畳2間で飼われていた163匹の犬がそれぞれ保護されている。
日本動物福祉協会栃木支部長の川崎亜希子さんは、
「多頭飼育でも、しっかりと飼えている人もいます。猫は年に複数回、発情期がありますから避妊・去勢をしないでオスメスを一緒に飼えば一気に増えてしまう。動物を飼うどころか、人の生活も崩壊しているのに飼い主は動物に対して執着が強く、手放すことを拒みます」
これまで寂しさから猫や犬を集める高齢者やひとり暮らしで生活が困窮し飼えなくなり、崩壊することが問題視されていた。しかし最近では同居する家族がいて、定職にもついているごく一般家庭での崩壊も増えているという。
冒頭の石丸さんらが関わった神奈川県のケースもそのひとつだった。一軒家で144匹の猫を飼っていたのは50代後半の早川康夫さん(会社員・仮名)と妻・幸子さん(50代飲食店勤務・仮名)、その娘の由美さん(10代サービス業・仮名)。関係者によると最初に猫を飼い始めたのは10年ほど前。すでに家を出ている由美さんのきょうだいが保護してきた猫に対し、適正な時期に避妊手術をしなかったことが悪夢の始まりだった。
住民が我慢できず、行政に相談するも…
猫の数が多くなるとまず問題になるのが排泄物。掃除もされず、糞は室内のあちこちに放置。おしっこは床や布団に染み込み、室内はすさまじいほどの悪臭だった。
『多頭飼育崩壊インターベンション』代表理事で動物愛護推進員(神奈川県)の河野治子さんは、
「近隣住民はコロナ禍だというのににおいを防ぐため換気もできず困り果てていました」
近隣住民は保健所に相談するも、一家への直接的な指導はなし。
その後も保健所や行政に苦情を入れ続けたが、行政は一家に対し、何も手を打ってこなかったため、状況は改善せず、猫は増えた。
今年8月、事情を知った神奈川県内の市議会議員が石丸さんに相談。早川さん宅を訪れてア然とした。
「当初20~30匹と聞いていましたが実際、中に入ったら100匹以上いることがわかりました。食器棚や作りつけの棚の上、あらゆるところに猫がいました……」
エサは糞に混ざって土間のような床に散らばり、水は取り替えられることなく干上がり、皿にカビが生えていた。
「ひどいアンモニア臭で目も痛くなり、長時間の滞在は困難でした」(前出・河野さん)
アンモニア濃度を測定すると計測不能をしめす99ppmオーバーを表示する部屋も。10~30ppmで健康被害が出るといわれているが、そんな状況下で猫と人間が同居していた。
ほとんどの猫はアンモニアが原因で目や鼻からは分泌物を流し、栄養状態は悪く、脱水症状や皮膚炎などの病気を患っていた。
栄養失調と脱水症状、人間にも不信感
「妊娠している猫が多数いました。一刻も早く保護しなければ、さらに増えてしまいます」(前出・石丸さん)
誰が見ても猫はネグレクトされ、多頭飼育が崩壊していることは明らかだった。
環境の改善と繁殖への対応、早急な対策が求められていた。どうにか飼い主を説得し、猫の所有権放棄を約束させた。9月末、石丸さんら神奈川県の3つの愛護団体やボランティアスタッフらによって捕獲作戦が行われた。
そこで関係者はさらにおぞましい光景を目撃する。
「逃げ込んだ猫を捕獲するため、引き出しをどかしたところ、その下に大量の“カツオブシムシ”がいたんです」
その数の多さに石丸さんは叫び声すら上げられないほどの恐怖を覚えた。
カツオブシムシとは動物のタンパク質を好む小さな甲虫。そこにいたであろう猫の形をなぞるようにびっしりと集まっていた。
そして室内からは生後2週間くらいの死体や、エサにまみれて干からびた状態の子猫の死体も見つかった。
飼い主は猫が生まれたことも知らずに放置していたのだろう。室内にいた猫の多くが3~5歳ほどの成猫。今年生まれたはずの子猫の姿はどこにもなかった。
「近親交配を繰り返しているため死産で生まれたり、育たなかった子も多かったのではないでしょうか。猫たちは栄養状態が悪かったので成猫が食べてしまったり、他の猫が子猫をおもちゃにしてなぶり殺してしまったことも考えられます」(前出・河野さん)
保護された後、猫たちに誰もが胸を痛めた。
「ほとんどの猫は長年のネグレクトで人間に対し不信感を持っていました。おまけに栄養失調状態でやせ細り、脱水症状がひどい子も多く、皮膚は硬くなって、点滴の針すら入れられなかった」
『多頭飼育崩壊インターベンション』理事の門倉民江さんは表情を曇らせた。
家族は「虐待はしていない」と
それでも家族は「虐待はしていない」と訴え続けた。
河野さんは彼らに「愛護法違反のネグレクトであることをきちんと認識する必要がある」と伝えたが、
「“猫は家族といれば幸せ”と考えていましたので、幸子さんと由美さんは猫がいなくなった後、寂しくて毎日泣いていたそうです。典型的なアニマルホーダー(適切でない多頭飼育をやめられない人)の特徴です」
不思議なのは、大人が複数人いても誰も飼い方を指摘しなかったことだ。
「猫のことは職場の人や友人、周囲には隠していました。秘密を共有することで家族の団結が強まっていた。仲は非常によかったので。早川さん一家に限らずプライドや世間体を気にして相談できなかったり、無知や金銭的な事情が多頭飼育崩壊、悪意のないネグレクトにつながっていると考えられます」(前出・同)
猫は、捕獲も保護したあとの世話、避妊・去勢手術、保護団体や里親への譲渡、すべて保護団体やボランティアが行った。あまりにも多くの猫の保護。まずは行政に連携を相談したというが……。
「私たちが手術のお手伝いや保護の協力をします、と何度訴えても行政や愛護センターは“全頭受け入れたらすべてがストップする”などと。おまけに県の担当者からは“あなたたちが勝手に保護したいと言った”と言われました」
そう石丸さんは憤る。
行政は猫の保護に動物愛護センターの一角を使うことはしぶしぶ認めたが、保護団体がいくら訴えても「虐待」とは明言せずノータッチを決め込んだ。
そこで石丸さんや河野さんはSNSなどを通じて支援を募った。すると全国から350万円以上の寄付や物資が集まり、手術や猫の飼育に使われた。
行政は最後まで重い腰を上げることはなかったという。
悪質な場合はきちんと法で裁かれる必要がある
動物愛護に詳しい細川敦史弁護士に多頭飼育崩壊について法律的な観点から聞いた。
「飼い主がいくら“可愛がっている”と言っても客観的な虐待の状況や周辺環境に著しい問題を与えていれば基本的には愛護法違反となります」
多頭飼育崩壊のネグレクトは動物愛護法25条と44条2項が適用される。昨年6月に改正された同法では、ネグレクトをした飼い主に対して1年以下の懲役、100万円以下の罰金が科せられる。ネグレクトを繰り返せば刑罰は重くなる。ケースによっては公判請求されて執行猶予がついたり、懲役になる飼い主が出てくる可能生もあるという。
「前例がないためネグレクトをした飼い主はいつまでたっても略式裁判で罰金を支払うだけ。そんなふざけた話はありません。故意的にネグレクトを繰り返す、悪質な場合はきちんと法で裁かれ、処分を受ける必要があります」
しかし、刑事罰だけでは問題は解決しない、とも前出・細川弁護士は指摘する。
「社会から孤立している人たちが多頭飼育するケースが多く、誰にも相談できずに動物が増えてしまう。ですから福祉分野の専門家と連携し、解決しなくてはいけません。厳しく処罰すればいいという考え方もありますが、まずは犯罪者にさせないことです」
無責任な飼い主に猫を渡す人も問題
前出・川崎さんも訴える。
「悪質な事例や、正常な判断ができなくなって問題が起きている場合があります。ですので動物を緊急保護できるシステムを作ること、飼育を禁止する罰則を盛り込むべきときにきています」
多頭飼育は再犯率が高い。猫を取り上げてもその後の指導やフォローがなければ里親募集などを介して再び集めてしまうからだ。
「無責任な飼い方をする人に猫を渡してしまう人がいることも問題だと思います」
『群馬わんにゃんネットワーク』の飯田有紀子代表は訴える。飯田さんらも数件の多頭飼育崩壊現場を抱えている。
一連の問題には国も危機感を抱いており、環境省は年度中に多頭飼育に関するガイドラインを作成する予定だ。
河野さんらは多頭飼育を早期発見、崩壊を防ぐためにも、神奈川県内の各市町村で相談会を開催。愛護団体、ボランティア間の連携作りなどの体制を整えるという。動物行政とボランティアが連携し介護や社会福祉、民生委員らとも協力、飼い主への福祉的なアプローチも目指す。
「まだまだ現状を知らない人もいると思うので写真展などを通し、啓蒙活動をしていきます」(前出・門倉さん)
行政に対しても今回の反省をふまえ、多頭飼育崩壊の通報があれば市町村と保険福祉事務所が一緒に行って調査。その後、動物愛護推進員やボランティア、保護団体が連携して現場に対応ができるような仕組み作りも課題だ。
神奈川県警海老名署は11月26日、早川夫妻を動物愛護法違反の疑いで書類送検した。2人は容疑を認めている。
一方、保護された猫たちは新たな飼い主のもとで新生活を送ろうとしている。
多頭飼育崩壊の悪循環をどこかで断ち切らなければ人間・動物、互いの不幸は続く。