遺体の長期保存を可能にする技術「エンバーミング」。日本ではまだ聞きなれない言葉だが、この技法により、なんと50日間も遺体を衛生的に保全することができるという。時代とともに生活様式が変わる中で、“お別れ”の仕方にも変化がーー。コロナ禍でも注目を集めるエンバーミングについて、国内では数少ないエンバーマーのひとり・真保健児さんに話を聞いた。(取材・文/熊谷あづさ)
保存期間は最大50日間
その理由は
“エンバーミング”という言葉がある。
ご遺体に防腐、殺菌、修復などを行うことで長期保存を可能にする技法で、その特殊な処置は専門技術者であるエンバーマーによって施される。
エンバーミングや納棺など故人と遺族のケアに携わる業務に特化した株式会社ディーサポートの代表・真保健児さんは、2000年代半ばにエンバーマーの資格を取得。現在でも日本での資格保有者は250名前後と推測される数少ないエンバーマーのひとりでもある。
「ご遺族様の中には、火葬場が混み合っていて火葬までに日数がかかる、遠方にいるご家族様がお別れに来るまでにある程度の時間がほしい、仕事の都合で葬儀の日程を遅らせたいなど、さまざまなご事情を抱えている方々もいらっしゃいます。そうした場合にご遺体を保全するための最適な方法が、お身体の中から処置を行うエンバーミングです」
人は亡くなると同時に腐敗が進むため、一般的にはドライアイスや保冷によってその進度を遅らせる。一方、エンバーミングは防腐薬や保湿剤、凝固した血液を緩和させる薬などをブレンドした薬剤を体内に流し込む処置を施すことで冷温処置が不要になる。
「腎臓病患者さんが行う人工透析をイメージしていただけるとご理解しやすいかと思います。エンバーミングを行うとドライアイスなどでの保冷が必要なくなりますので、故人様にご自宅でお休みいただく場合は普段と同じようにお布団一枚で過ごすことができます。
実際、故人様を囲んでいつものようにお食事をされたり、隣の布団でお休みになられたりするご家族様もいらっしゃいます」
ただし、いつまでもご遺体を保全しておけるわけではない。エンバーミングの保全期間は、国内では最大50日以内と規定されている。
「エンバーミングは、あくまでもよりよいお別れを実現するための処置ですから。仏教なら四十九日、神道でしたら50日でひとつの区切りをつけることは、ご遺族様にとっても大切なことであると認識しています」
「三密」を避けたお別れが可能に
真保さんはエンバーマーでもあり、故人を棺に納めるために必要な作業を行う納棺師でもある。いずれの場合も、ご遺体の表情の復元は大切な仕事のひとつなのだという。
「故人様との最後のお別れのときのお顔というのは、みなさま、しっかりと覚えいらっしゃるものなんですね。ですから、目やお口が開いていたり、痛々しい表情をなさっているご遺体の場合は、できるだけ自然に休んでいるような表情をお作りします。
もちろん、おひげを剃ったりお化粧をしたりもいたします。故人様が安らかなお顔になることで、ご家族様のお気持ちが少しでも癒されますようにと心を込めて仕事をしています」
コロナ禍の今、故人とのお別れの仕方も変わらざるを得ないのが現状だ。三密を避けて家族だけでひっそりと見送るケースも少なくない中、エンバーミングによって新しい葬送の形が可能になるという。
「大勢の方が集まるお葬式ができない場合、たとえば故人様にはご自宅でゆっくりとお休みいただいて、最後のお別れをしたい方が個別にいらっしゃるような形をとることで新型コロナの感染リスクを下げられます。エンバーミングによって火葬までの時間をゆっくりと取ることができれば、こうしたお別れの形も可能になるんです。
私がこれまでにご対応させていただいたご家族様の中には、ご自宅で故人様をお花や風船で囲い、来訪者をお迎えした方や、ひと部屋を故人様の記念館のように仕立てた方などがいらっしゃいます。エンバーミングによって得られたご遺族様の時間的なゆとりは、悲しみを癒す心のゆとりへと変化していくんです」
真保さんが携わっている業務は、悲しみの中にある人をサポートする“グリーフケア”の一連の流れのひとつに数えられる。もともと整形外科の分野に特化した医療器械の営業職に就いていた真保さんは、医療業界で働く中でグリーフケアに関心を持ち、エンバーマーへの道へ進んだ。ご遺体を入浴させて洗浄する湯灌や納棺などさまざまな現場で経験を積み、2011年5月に現在の会社を立ち上げた。
「ご遺族の方に感謝をしていただけることは大きな励みであり、そのおかげでこの仕事を長く続けることができています」
そう話す真保さんだが、ときには大きなストレスを覚えることもあるという。
「私にも感情がありますから、世間的に大きく取り上げられるような死を遂げられた故人様が続くと、気持ちが不安定になってしまうこともあります。たとえば、近年は若い方の自死が増えていると言われていますが、実際にそういったご遺体に直面することもありますから。そのような事例が続くのは、やはりつらいものです」
自死や事故死の場合も
人は誰でもいつかは死を迎えるが、必ずしも年齢順にあちらの世界へと旅立つわけではない。真保さんは、事件や事故といった不慮の出来事に遭遇した故人に処置を施すこともある。
「たとえば、お顔が欠損している場合は人工的なもので補ったり、裂けている場合は縫い合わせて縫い跡をメイクで隠したりと、できるだけ元のお顔に近い形に復元するように最大限の努力をします。
ただ、正直なところ、ご遺族様の反応にはさまざまなものがあります」
事故などで亡くなった場合、警察は家族にご遺体のお顔を見せて本人かどうかの確認をする。ただし、あまりにも損傷がひどい場合、顔は見せずに服装や持ち物などで確認をとることもあるのだそうだ。
「前者の場合は、ご遺族様に感謝やご理解をいただけることもあります。ただ、後者の場合は、ご遺族様が覚えていらっしゃる故人様がそのまま戻ってくるのだろうと期待されている分、亡くなられて初めて対面したときに愕然とされる方もいらっしゃいます」
日々、死と向き合う業務に誠心誠意、取り組むためには、精神面を含めた体調管理が欠かせない。
「身体はもちろん心も意識して休ませるようにしています。普段、気を張っている分、なにもせずにぼんやりと過ごすことが一番の休養になりますね。時には4歳の息子を公園に遊びに連れて行ったりして、親父面をしたりもします(笑)」
今後の大きな目標のひとつは、エンバーミングの認知度を高めることなのだという。
「エンバーミングは戦争由来の技術といわれており、有事の際にご遺体を祖国へ帰すための手段でもあるんです。アメリカなどでは軍隊にエンバーマーが同行しますし、先進国のほとんどはサミットなどの国際会議の際にエンバーマーを含む葬送関連の人員が組織されています。
日本ではまだまだエンバーミングの認知度が低く、法律も整備されていません。ご家族様のお気持ちが癒され、納得のいくお別れができる選択肢のひとつとして、多くの方にエンバーミングのことを知っていただきたいと願っています。また、グリーフケアの業界は人手不足の側面があるため、コロナ禍の今、新しい分野のお仕事を検討されている方に少しでも興味を持っていただければと思っています」
<プロフィール>
ディーサポート代表・真保健児さん
新潟県新潟市出身。医療器械の営業職を約10年経験する中で遺族ケアに関心を持ち、31歳の時から2年間、エンバーマー養成施設で研修を受け、日本で62番目に資格を取得。エンバーミング業務と並行して葬儀等のノウハウを学び、2011年5月にディーサポートを設立。
・株式会社ディーサポート
エンバーミング、修復、復元処置、メイク等のご遺体の保全処置、納棺・海外搬送関連業務、葬儀実行や葬儀相談業務など、葬送に関わる一連の流れをマルチで請け負う。24時間体制で心を込めた葬送サポートを行っている。公式サイト http://www.dignity-support.jp