11月30日に始まった、NHKの連続テレビ小説『おちょやん』。新型コロナの影響で、2か月遅れでスタートした。初回の視聴率は18・8%(関東地区)で、’17年前期の『ひよっこ』以来、7作ぶりに20%を割っての船出となった。
平均13・5%のワースト1を記録「
「民放ドラマなら18・8%という数字は十分に合格点。20%を切ったことがニュースになるのは、朝ドラならではのことです」
と話すのは、演劇や映画のルポを手がけ、『みんなの朝ドラ』の著者である木俣冬さん。ドラマについてのコラム執筆や、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』の著者、田幸和歌子さんは、
「朝、家事をしながら見たり、時計がわりとして見ていたり。そういう見方が習慣となって根づいている」
そう高視聴率の理由をあげる。しかし、数字をとることが当たり前という朝ドラの中でも“コケた”と言われてしまう作品も……。朝ドラを知り尽くしたこのふたりに“黒歴史”を振り返ってもらった。視聴率がとれなかった作品の傾向とは!?
「朝ドラの歴史の中でよく言われるのが、’00年代が低迷期ということです。作品でいうと’04年の『天花』のあたりからですね。そこからジリジリと下がって、’09年『ウェルかめ』で平均13・5%のワースト1を記録してしまいました」(木俣さん)
確かに歴代の低視聴率を記録した作品は、’04年から’09年に集まっている。この時期の朝ドラについて、木俣さんはこう分析する。
「全部、お話が現代モノなんです。この時期以前にもあったのですが、ヒロインが家庭で夫を支え、その出世の手助けをするといったオーソドックスな朝ドラの雰囲気は保っていました。
でも’03年の『てるてる家族』では突然ミュージカル調になるという斬新なことに挑戦したりしていました(笑)。
ある意味、民放のゴールデンタイムなどに放映している、若い女性が見る感じのドラマの雰囲気で作り始めたんです」
その結果、それまでの朝ドラの“既定路線”を求めていたファン層が離れてしまったのでは、と話す。また、田幸さんは描かれているヒロイン像の変化も視聴者との距離を離してしまったとも。
「’00年以降のヒロインは、みんな自分探しをしているんですよ。個人的な人生の目標があって、紆余曲折ありながら進んでいく。ただ、それまでの朝ドラファンは、貧困や戦争の中でも健気に生きていく女の子、というヒロインが好き(笑)。視聴者が求めているものと乖離してしまった。
さらに、このヒロインの人生がイージーモード。目標に至るまであまり苦労しないでトントン拍子で進んでいく人生が多かったと思います」
ヒロインはベテランより若手の方がいい!?
視聴率ワースト10の中でも異色を放っているのが8位の『芋たこなんきん』だと、ふたりは口をそろえる。
「すごくいい作品なんです。でも、ヒロインが朝ドラ史上最年長の藤山直美さん。当時47歳で、まだこの記録は破られていません(笑)。上の世代の主婦層に共感されるようにと藤山さんを起用して、円熟味のあるしみじみしたいいお話を作ろうとしたのかもしれませんが……。
朝ドラって、若いときに素敵な恋もしたわね、みたいな美しい思い出として見たい部分もあると思うんですよ。だから、主人公や相手役は若い方が適しているんです」(木俣さん)
藤山はキャリアも圧倒的に積んでいる女優。
「これまで朝ドラで悪役もやられていますし、何しろ演技が達者ですから、視聴者が共感して応援したいヒロインではないですよね。でも、夫役の國村隼さんとのベテラン同士の掛け合いは本当に面白かった」(田幸さん、以下同)
最近では『スカーレット』で戸田恵梨香さんと松下洸平さんのふたり芝居が話題になったが、
「『芋たこ』はそういった日常シーンがずっと続く感じ。今放送したら、もっと数字はとれるんじゃないですかね」
それならば見直してみたいが、『芋たこ』は、傑作なのにDVD化されていない。
「ヒロインの嫁ぎ先は子どもが5人いる10人家族。子どもにとっては“おばちゃん”の主人公が少しずつ家族としての関係を育んでいく。そういった新しい家族のカタチを描いているので、今ならもっと注目されると思うのですが」
視聴率ではワースト4に入りながらも『芋たこ』と並んで、好きな作品ベスト3の1本は『ちりとてちん』だと田幸さん。
「『ちりとてちん』はDVD化されていて記録的な売り上げを達成しています。この作品、内容がすごく濃くて、1回見ただけだと見落としてしまう小ネタがあったり、意味がすぐにはわからない伏線も多くて……。言ってしまうと、忙しい時間帯に見る朝ドラ向きではないんです(笑)。
今では朝ドラを何回も見る人がいますけど、そういった視聴習慣ができたのって『ちりとてちん』からなんですよ。この作品はストーリーが落語家の一門の話で、ヒロインだけを真ん中に置いている話ではないんです。一門の群像劇であり、内容も落語を下敷きにしている点からも、ドラマを複雑にしていました。なので今までの朝ドラファンからは敬遠されたのかもしれません」
朝の忙しい時間に、ながら見するには不向きな内容。1日のうちで朝見て、昼見て、夜見て、と見るたびに発見があったり、3回目で理解できることもあったという。これは制作サイドの挑戦だったのかもしれない。
「このスタイルは、のちの『あまちゃん』につながりますよね。何度も見たいと思わせる作品なので、視聴率が悪くてもDVDは売れているんです」
伝説? 黒歴史? 物議を醸した作品
視聴率が悪いからといって、決して作品が面白くないわけではないとふたり。
しかし、さすがにこれは……と思う作品について聞いてみると、
「やっぱり『純と愛』ですかね。これでもかと不幸が連続して、見ていても“私たちの人生、素敵だった”という気持ちには、とうていなれませんから(笑)。
朝から悲劇を突きつけられて、終わり方もヒロインの夫が昏睡状態で……。なんだか哀しい現実ばかり突きつけられたという感じでした」(木俣さん)
夏菜が演じる純の就職したホテルが吸収合併などで売却の危機に。帰省した宮古島でホテルを開業しようと奮闘するも、夫の愛が脳腫瘍で倒れたうえに台風でホテルが甚大な被害を受けて……。と不幸のオンパレード。『純と愛』については田幸さんも思うところがあるようで、
「純が一本気なんですけど、“まっすぐなヒロインて怖い”と思わせてくれました(笑)。行く先々でトラブルを巻き起こし、ヒロインの存在がまさに“トラブルメーカー”。
脚本を担当された遊川和彦さんの作品は、好き嫌いがはっきり分かれますが、彼の作品の鬱展開というか、暗黒時代の頂点がこのドラマだと思います。
もともと朝ドラの脚本を受けたときも“朝ドラをぶっ壊す”とおっしゃって、本当にぶっ壊した作品ですよね(笑)。ある意味“伝説”の作品です」
“ストーリーが暗い”といえば、ワースト7に入っている本仮屋ユイカがヒロインの『ファイト』も負けてない、と田幸さん。
緒形直人が演じる、ヒロインの父親が経営する工場が取引先の不正に巻き込まれ、閉鎖。父親は自殺未遂を起こし、精神的に不安定になった酒井法子が演じたお母さんは浮気しそうに……。
「ヒロインも足のケガで大好きだったソフトボールができなくなり、やがて不登校に。ここまで不幸なのに、不思議とみなさんの記憶に残っていないんですよね。脚本は『僕の生きる道』シリーズの橋部敦子さんなんですけど、もうちょっと話題になってもよかったのに、と思います」
そして、“コケた朝ドラ”に見られる条件について、
「『天花』はヒロインの藤澤恵麻さんが小顔ですごく可愛かったんですけど、作中で描かれた米作りや、ヒロインの保育士という仕事の描写が薄っぺらいんです。
保育士が天職と言うんですけど、子育てもわかっていない若いヒロインが、お母さんたち相手に上から目線で説教をする。しかもストーリーが米作りや保育士よりも恋愛寄り(笑)」
挑戦を続けてきた朝ドラ
これに近いのが『わかば』だと田幸さんは続ける。
「ヒロインの原田夏希さんが“生きてるだけで丸儲け”と、さんまさんみたいなことを言うんですけど(笑)、造園会社に就職したらすぐにちやほやされ、ケンカを売った取引先業者の男性といい感じになって結婚して……。若葉を愛せないという視聴者の声が多かったと聞いています」
また、朝ドラでヒロイン同様、話題になるのがドラマのロケ地について。
「これも『天花』なんですけど、ご当地要素が薄っぺら。舞台になったのは仙台ですけど、牛タンを食べて“固い”と言ったり、冬に夏の風物詩・ずんだ餅を食べていたりと季節感がまるでありませんでした」
これには仙台の人たちからも不満の声があがったという。ほかにも多部未華子がヒロインの『つばさ』は日本全国でご当地になった最後の県、埼玉の川越を舞台にしていた。しかし、
「川越らしさはまるでありませんでした。この作品で話題になったのは、リオのカーニバルのようなサンバダンサーが唐突に現れて踊るシーン(笑)。インパクトはありましたけど、ご当地からしてみれば“?”ですよね」
また、テーマをたくさん盛り込みすぎるのも問題で、その“食べ合わせ”の悪さが目立つという。
「『瞳』ではヒップホップのダンサーを目指す榮倉奈々さん演じるヒロインと、里親養育をしている祖父と里子との関係をテーマにしました。普通に考えて、相性がいいと思いませんよね(笑)。狙いを完全に一本に絞れない、制作サイドの自信のなさみたいなものが見える気がします」
振り返ってみると、当時にしては“尖ったこと”をやろうとさまざまな挑戦をしていたように見える。
「前述した朝ドラの低迷期は、民放のドラマが刺激的で、NHKはトラディショナルすぎておもしろくない、と思う視聴者が増えてたんでしょう」
そういう人たちも取り込まなければ、とNHKの制作サイドも、若い視聴者に合わせようと作り手も若返り、選ぶ俳優さんも民放で人気の人を選ぶ流れになったという。
「でもそういったチャレンジがあって、’10年代の『あまちゃん』など視聴率の回復につながっていると思います。今から思えば、’00年代朝ドラは出てくるのが早かったのかなと(笑)」(木俣さん)
始まったばかりの『おちょやん』はこの先、どんな評価を受けるのだろうか?
「数字がよくても悪くても、話題になってしまうのが朝ドラ。ですから『おちょやん』には頑張ってほしいですね。
コロナ禍で変わってしまった日程の影響で、放送期間も短くなる可能性もありますし、いろいろ予定どおりにいかないといった事情もあると思いますが、こんな時代なので明るく楽しい作品であってほしい。とにかく、応援しています!」(田幸さん)