「他人になりきる」タイプの代行サービスが注目されている。「家族や恋人が欲しい」「友達と遊びたい」、さらには「年下上司になりきって叱ってほしい」なんて依頼も……。そんな現代人の心の隙間を埋めてきた代行業者に話を聞いた。
あらゆる代行サービスを提供しています
代行業、と聞くと思いつくのが、運転代行やベビーシッターなどといういわば便利屋的なものだろう。しかし最近にわかに注目されているのが、「他人になりきる」タイプの代行サービス。
お金を払って、人をレンタルする──。幅広いジャンルで代行業を手がける『ファミリーロマンス』代表の石井裕一さんに話を聞いた(※石井裕一さんの裕の字は、正しくはしめすへんに谷です )。
「冠婚葬祭やセミナーの代理出席から恋人、家族、友達代行、リア充アピール代行などありとあらゆる代行サービスを提供しています」
利用料はサービス内容により異なるが1時間数千円から1万円前後。スタッフのギャラはその半分ほどという。
「このサービスを思いついたきっかけは僕が24歳のとき。シングルマザーの女友達から息子の幼稚園受験にあたって、“夫の代わりになって一緒に面接を受けて!”と、お願いされたことでした」
結局、そのときは石井さんも友人の息子との関係をうまく築くことができず受験は失敗に終わった。しかし「核家族化が進む今の日本では、レンタル家族というサービスの需要があるのではないか」と石井さんは、代行業に商機を感じたという。
ファミリーロマンスで数々の代行現場をこなすベテランキャストの城山茜さん(35歳、仮名)は次のように語る。
「恋人役、娘役など、演じてきました。依頼を受けると数日前から代行する役の“モード”に入りなりきります」
一緒に妻の前で土下座してほしい
茜さんが受けた案件で、もっとも難易度が高かったのが「お叱り代行」だ。失敗や後悔を代行スタッフに叱ってもらうサービスだ。わざわざお金を払って叱られたい依頼者はどのような心持ちなのか?
「先日は元大手企業の管理職の60代男性からの依頼を受けました。今は建設現場の警備員として第2のキャリアをスタートしたものの現役時代のプライドが邪魔をして、年下の女性上司の指示を素直に聞けない、と悩んでいました」
年下上司の代わりに年下で女性の茜さんに叱られることで、大企業の管理職だった見栄やプライドを粉砕したい。そんな荒療治的な依頼だ。
「叱るといっても単に大声で罵倒するだけじゃダメ。相手を諭すように懇々と叱るため、知恵を絞りましたね」
叱ったと思えば、別の場面では叱られることもある。
「多いのは、不倫の謝罪代行です。『浮気がバレて、相手の女を連れてこいと言われているので一緒に妻の前で土下座してほしい』という依頼です」
まさか浮気をされた本妻も、目の前の女性が代行業者だとは露ほども思うまい。
「喫茶店でグラスの水をかけられたこともありました(苦笑)。場合によっては相手がヒートアップして危害を加えられることがあるので、すぐ近くで別のキャストにボディガードとして待機してもらっています。場所も喫茶店など人目があるところで行いますね。謝罪はなにかとリスクも高い案件なので報酬は高額。先日のギャラは40分間の謝罪で10万円でした」
代行の範ちゅうは謝罪まで。慰謝料の話などは依頼者に任せる。
はたして依頼者の男性が反省しているのか、いささか疑問は残るものの、これも家庭平和を維持するうえでの必要な策なのかも。また当然ながら謝罪も、「法に触れたり、公序良俗を乱す依頼は受けていません」(石井さん)
ここからは石井さんがこれまで遭遇してきた印象深い代行エピソードをご紹介しよう。
CASE1 レンタル彼氏
「学生時代から付き合っていた彼にこっぴどく振られました。原因は彼の浮気……」
レンタル彼氏を依頼した内藤梨奈さん(30代、仮名)は、その胸の内を明かす。
「新しい誰かと出会ってデートをして……というイチからの手順を踏むのは正直しんどい。もう2度と傷つきたくないんです。今は、自分の好きなタイミングで会えて、めいっぱい楽しく過ごせる代行彼氏がちょうどいいんです」
折しも世間はコロナ禍。職場はテレワーク、プライベートでは女子会も激減した。
「傷つきたくないとはいえ、人と会えないのは寂しいので、今はレンタル彼氏とはLINEでのやりとりもお願いしています。何げない会話に癒されていますね」
CASE2 母親代行
「周りの人たちからは、私たちはどこにでもいる普通の母と娘にしか見えなかったはず」
そう語るのは千葉県在住の湊恵利さん(30代、仮名)。
「幼いころから母子家庭で、母はアルコール依存症。機嫌が悪いときは殴る蹴るの暴力もありましたね。高校を卒業してすぐに家を出てからは、ほぼ絶縁状態です」
つらい過去を持つ恵利さんだが、年明けには、かねてから交際している男性とゴールインする予定だ。
「いずれは彼の子どもを産んで、子育てをしたいと考えています。でも私が生まれてくる子どもを母のように虐待しないかが不安で……。これからの人生を前向きに進めるためにも、母親のぬくもりや愛情を擬似とはいえ体感してみたかったんです」
休日に代行の母親と2人公園で手作りのお弁当を食べて、ショッピングモールで買い物……恵利さんが願ったささやかで幸せな時間だった。
「事前にお願いしたとおり、実際に来てくれた母親役の女性は、体形も私とそっくりの少しぽっちゃりタイプ。母親も今はこんな感じなのかなあなど想像していました。彼の話も優しく聞いてくれて温かい気持ちになりました」
CASE3 母娘代行
「10年ほど前、末期の乳がんに苦しむ妻にいちばん“言ってはいけない”言葉を投げつけてしまったんです」
そう悔やむのは牧純一郎さん(60代、仮名)。50歳のとき妻のがんが発覚した。やがて牧さんも妻の介護に明け暮れるようになったが……。
「不得手な家事にイライラが募り、ある日、“痛い痛いばっかり言って……少しは我慢しろ!”“なんでお前はそんな病気になったんだ!”と責めてしまったんです。それがきっかけで妻は、娘を連れて実家に帰っていきました」
5年間の闘病生活を経て1度も顔を合わせることなく妻は他界。娘とは絶縁状態だ。
「後悔と寂しさから自暴自棄に陥りましたが『まずい』と思ってテレビで知ったレンタル家族を頼んだんです」
派遣されたのは妻役と娘役のスタッフ2名。3か月に1度、牧さんのもとを訪れ、部屋を掃除し、たこ焼きをしたり一家団欒のときを過ごす。
孤独を克服して欲しい
「孤独な人が増えたと思います。ほかの人とうまくコミュニケーションができず、鬱々とした感情をため込んでしまっている人も多いですね」
そう話すのは前出・石井さん。さらにコロナ禍では、思うように人とつながれず、よりいっそうの孤独を深める人も少なくないという。
「矛盾しているようですが、寂しいからといって、母親や父親、恋人など誰かをレンタルするのはあくまでも一時的な孤独を癒す対症療法。最終的には利用者の方が寂しさに自ら向き合い、孤独を克服して“代行サービスなんていらないよ”と言ってもらえるようになるのが切なる願いです。その前段階として私たちのサービスで前向きになってもらえたらうれしいんです」
心の隙間を「誰か」に代わって埋めてくれる代行業者。人間関係が希薄になる現代を私たちが生き抜いていくためのセーフティーネットなのかもしれない。
『お叱り代行』記者も体験
「実際にお叱り代行を体験してください」
突如として担当編集者から話を振られた記者。聞くと、記者が代行スタッフになってみる、というのだ。
体験なのでリアルな依頼者ではなく、前出の石井さんを依頼者に見立てて、スタッフ研修のような形式で行った。しかし記者は、演技はズブの素人。これはなんたる無茶ぶり。はたして無事に務まるのだろうか……。
お叱り代行の設定は、次のとおり。依頼者はギャンブルにのめり込み、家族に内緒で借金を重ねた中年男性。ギャンブルも借金も、妻に打ち明けたら、離婚を言い渡されかねない。とはいえ誰にも相談できないので代行スタッフに妻の代わりに叱ってもらって、ギャンブルをやめるきっかけにしたい、というもの。
代行業者は叱る内容や方向性、さらにはどんなアドバイスが欲しいかを事前に依頼者からヒアリング。担当スタッフは自分なりにイメージを膨らませて、アドリブで叱る、という流れだ。
「今日はよろしくお願いいたします」と、まるで武道の試合前のように『礼』から始めるのがお叱り代行を始めるうえでのマナーであることを、石井さんが教えてくれた。
「改心させるには単に罵倒してもしかたない」と考えた記者は、切々と静かに説教するように叱ることにした。
「なぜギャンブルをやめられないのか」「どう返済するのか」という質問を投げかけるも、依頼者役の石井さんの口からは曖昧な言い訳ばかり。その姿を前に自然とイライラが込み上げ、同時にS心も刺激されてくる。
次第に「悪いと思ってないよね」などときっと相手が言われたくないであろう言葉も口をついて出るから、なんとも不思議だ。最後には、「家族のことを考えて」「具体的な返済プランをもらえる?」という言葉で初の「お叱り」を締めくくった。
初のお叱り、石井さんの記者への評価はなかなかの高評価。叱られているときは、
「あくまでも空想だが、心から家族のために自分自身を改めたい」という気持ちになったことを明かしてくれた。
お叱りの裏には愛情がある
その後、ベテランスタッフの茜さんがお叱りを披露してくれたのだが、こちらはかなりの迫力。のっけから表情は険しく、依頼者にガンを飛ばし、ときに「ちゃんと目ぇ見ろってんだろ!」とドスのきいた声で威嚇する。でも最終的には「せっかくこの場に来てるのは変わりたいと思ってるんでしょ? 自分の気持ちだけでギャンブルして借金を重ねて……もうこれ以上、家族を裏切らないで!」と心情に強くアプローチするひと言がなにより印象的だった。
叱られる側もこれが実際の夫婦だと「そういうお前も昔は……」などと、ついつい相手に言い返し、ときに論破したくなってしまうのが人の性。素直に叱られることができるのは、相手が代行業者という他人だから。これこそがサービスの醍醐味ともいえる。
本来、「叱る」ことは、相手に成長してほしいという愛情や期待があるからこそできるもの。しかし、大人になった今、私たちはよっぽどのことがない限り、他人から声を荒らげて叱られることはない。おまけに最近では、職場で上司が部下に少しでも声を荒らげると、パワハラ扱いされかねない。
怒りと叱りは違う。労力と時間、ときに相手に嫌われるかもしれない、というリスクも要するお叱りの裏には愛情がある。人間関係が希薄になる現代、身銭を切ってまで叱られることを望む人は、自分に向けられる辛辣な言葉の中に確かに存在する「愛情」や、内なる気づきを求めているのだろう、と確信した。
ほかにもある!びっくり代行サービス
●「退職」代行
「仕事を辞めたい」本人に代わって業者が退職の意思を伝えてくれるので上司と顔を合わせることはない。弁護士に依頼する場合、労働問題の交渉などもしてもらえることも
●「おはよう・おやすみコール」代行
「〇時に起こして!」といった目覚まし時計代わりから「寂しいから寝るまで話し相手になってほしい」など話し相手を代行。誰かの声を聞きたいという孤独な人におすすめ
●「執事」代行
気分はお嬢様! 誰しも憧れる執事をレンタルできる。物腰柔らかで優しい執事が買い物に付き添って荷物を持ってくれたり、会社と家の間を送迎、悩みだって聞いてくれる
●「墓参り」代行
「遠方に住むため墓参りに行けない」「コロナ禍で外出が不安」そんな声に応えてスタッフが代行。掃除をして花を手向け、最後にはきちんと手を合わせて供養を
●カラオケ代行
カラオケ好きにはうれしいサービス。「1人でカラオケに行くのは寂しい」「歌がうまい人に好きな曲を歌ってもらいたい」などの声に応えてカラオケに同行する
●「マラソンの応援」代行
一緒に走ってくれる相手はもちろん、ひとりでは気持ちが折れて続かない人を元気づけてくれる「走り友」の代行。応援してくれる相手がいれば毎日続けられるかも
著書に『人間レンタル屋』(鉄人社)がある http://family-romance.com/
(取材・文/アケミン)