神奈川県座間市のアパートで男女9人の遺体が見つかった事件で、強盗強制性交殺人などの罪に問われた白石隆浩被告(30)に、死刑判決が言い渡された。
白石被告は、2017年8月から10月にかけて、ツイッターで自殺願望をほのめかす相手を見つけると、自分にも自殺願望があるように見せかけて遺体発見現場となったロフト付きのアパートの部屋に誘い、15歳から26歳までの若者を相次いで殺害している。
裁判での最大の争点は、被害者が殺害を承諾していたかどうかだった。
弁護側は、被害者は自らの意思で被告人に会いに行ったことなどから、殺害に同意していたとして承諾殺人を主張。検察側は、被害者は殺害時に全員抵抗していて、承諾はなかったとして死刑を求刑。しかも、被告人本人は「承諾はなかった」と主張して弁護側と食い違う異例の展開となった。
東京地方裁判所立川支部は判決で、被害者はいずれも殺害を承諾していなかったとしたうえで、被告人の証言も信用できるとして、死刑を言い渡している。
言い渡し直後、裁判長が被告人に「聞こえましたか」と声をかける。「はい、聞こえました」と答える白石被告。死刑を認識させる場面も珍しい。
裁判で感じた「しゃべりのうまさ」
私(つまり筆者)はこれまで、数多くの死刑判決者あるいは死刑相当事犯の裁判を見てきた。この裁判でも、傍聴席から白石被告の声を聞いた。そこでほかの死刑判決者とは違う特徴があることに気付く。
淡い緑色の大きめの服に身体を通し、黒髪を背中まで無造作に伸ばして法廷で語る白石被告の言葉に、まず感じたことは、しゃべりが上手なことだった。
高くもなく低くもない声のトーンで、検察官の質問に答えていく。淡々としている、というより、抑揚を抑えながら言葉が途切れることなく、スムーズに語る。だから、耳障りもよく、すうっと言葉が頭に入ってくる。
おそらくは、風俗のスカウトの仕事をしていた経験から、そんな話し方を身につけたと思われるが、そうすることで、相手女性を安心させることも知っていたはずだ。
もうひとつの特徴は、その話し方に加えて、対人関係におけるスマートな感覚だった。言い換えれば、自分のことをどう思っているのか、相手を冷静に見る視点と賢さだ。
これまで観てきた死刑判決者は、どこか対人関係に不器用なところがあった。コミュニケーションが苦手で、孤立し、やがて犯罪に結びつくことも少なくない。池袋通り魔事件は仕事先でうまくいかず、早朝に携帯電話にかかってきた無言電話がきっかけで、怒りを顕わに飛び出していく。先週、最高裁判所が再審を認めない決定をした山口県光市母子殺害事件の元少年も、相手のことなど最初から無視している。
白石被告の場合、4人目の被害者を殺害する前に、すでにアパートに寝泊まりしていたもう1人の女性がいた。この女性も自殺をほのめかして、誘い出していた。だが、殺してはいない。
その理由を検察に問われると、こう答えている。
「お金になると思いました」
「個人的な情報、悩みなどを聞くうちに、収入があることがわかり、お金になると思いました」
その女性の職業については、「夜の商売です」とだけ答えている。
そもそも、この犯行に至った最初の動機は「ヒモになりたい」ということだった。そこに性的欲求が加わり、女性を誘い出し、金づるにならないとなると、性的暴行を加えてから殺害する。
では、その女性とは性行為に及んだのか。検察が問うと「いえ、していません」ときっぱり答え、その理由をよどみなくこう説明している。
「性行為をしたほうが親密になる女性と、性行為をしないほうが親密になる女性(がいる)と経験からわかっていたので、しないほうがお金を引っ張れると(思って)、しませんでした」
「夜の仕事で身体を触られて、プライベートで触られるとウンザリする女性がいることは、スカウトでわかっていたので、しませんでした」
少なくとも彼なりにそこもよくわかっていた。
信頼、依存、恋愛のいずれかを抱いていると感じた
しかも、金を引っ張れると思った理由について、次のように語っている。
「本当に雰囲気でしか言いようがないですが、私に対して、信頼、依存、恋愛のいずれかを抱いていると感じとったからです」
そして、4番目に犠牲となる女性とアパートの最寄り駅で落ち合う約束を取り付ける。だが、アパートに連れ込むとなると、すでに寝泊まりしているもう1人の女性と鉢合わせになる。そこで、
「事前に、友人が遊びに来るからと話して、アパートから出て行ってもらうように言っていました」
実際には、この女性は犯行当夜、駅前のカラオケ店で過ごしている。その間に、白石被告は4番目の女性をアパートに招き入れると、短時間のうちに、
「お金は引っ張れなさそうと判断しました」「雰囲気から収入がなさそうと感じました」
という理由で、ほかの被害者もそうであるように、いきなり背後から襲い、失神させてから性交すると、ロープを首に巻き、そのままロフトを利用して吊して殺害している。
カラオケ店で過ごした女性は、朝、アパートに戻って来た。ちょうど浴室で遺体を解体している最中だった。女性は解体現場を見ている、と供述している。
このあたりの事情を推測としながらも、白石被告はこう説明している。
「事前に、ツイッターの方と会って、自殺を手伝って、遺体を解体すると話していたはずです」
だが、それでは警察に通報されてしまうのではないか、そのおそれはなかったのか、と検察が問う。
「知り合ってから時間が経ちます。信用、信頼、恋愛、依存の感情を私に向けてきたので、話した結果、例えば警察に話したら、私が捕まって私がいなくなると困ってしまうので、言わないだろうと考えて話しています」
この女性は、結果的に殺されることもなければ、警察に通報することもなかった。
悩みや問題がある人のほうが口説きやすい
白石被告には、こうして相手が自分をどう思っているか、十分に理解して、巧みに操作していたところがある。むしろ、まるで狩りを楽しむようにコミュニケーションツールを利用して女性を絡め取っていた。
そもそも、ツイッターで自殺願望のある女性を探したことも、こう語っていた。
「何か悩みや問題がある人のほうが口説きやすいと思いました。操作しやすいということです」
日本では10代後半から20代、30代の死因の第1位が「自殺」であること、そんな状態が20年以上続いていることは、以前に書いた(座間事件が映す「若年層の死因1位が自殺」の闇)。白石被告は、希死念慮を持つ若者が多く、付け込みやすいことも知っていた。対人スキルも心得ていてうまく利用した。そこがほかの死刑事件と違うところだ。
白石被告は死刑になっても控訴はしないと法廷で語っていた。そして、被害者の承諾はなかった、と弁護人と違う主張をして、事件を流暢に語った。にもかかわらず、反省、悔悟の言葉はなかった。
裁判が終わってみると、この事件で最も希死念慮に囚われていたのは、白石被告なのかもしれない。自殺願望を持つ同世代に親近感を抱き、猟奇的犯行をゲームのように楽しみ、それで死刑になることを望んだ。
そうでなくても、解体した遺体の一部を一般ゴミと一緒に捨てる一方で、被害者の頭部をアパートに置いておいてどうするつもりだったのだろうか。ため込めば、いつかは追いつめられ、破滅する。その時を待つかのように、警察がアパートを尋ねてきたときは、観念してごまかすこともしなかった。
青沼 陽一郎(あおぬま よういちろう)作家・ジャーナリスト
1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。