11月に発表した3年ぶりの小説『オルタネート』が第164回直木賞にノミネートされた加藤シゲアキ。12年1月の作家デビュー9年目、現役アイドルとしては初の快挙(ジャニーズ事務所の所属アーティストとしても初のノミネート)。多くのマスコミが待ち構える会場に登壇すると「本日は寒い中、お越しいただきありがとうございます。短い時間ですが、よろしくお願いします」と挨拶した。
『オルタネート』は、高校生限定のマッチングアプリ“オルタネート”を通して繋がった3人がインターネットと現実のふたつの社会を通して成長していく姿を描く群像劇。発売と同時に完売する書店が続出。発売5日目で1万部の緊急重版となった話題作。
文学界にお邪魔している感覚があった
Q まずは、ノミネートおめでとうございます。
ありがとうございます。
Q 直木賞にノミネートと聞いたとき、どういう気持ちでしたか?
びっくりしましたね。やっぱり作家にとって憧れの賞ですので。もちろん、いつか候補になってみたいと思っていましたが、今作でノミネートされるとは思っていなかったので、本当にびっくりという感じです。
Q ご自身で分析してみて、どの部分で選ばれたと思いますか?
まったくわかりません(笑)。本当にわかりません(笑)。今までの作品が違ったのかと言われると、いつも全力でやってきたので。運がよかったという風に自分では受け止めるようにしています。
Q 直木賞にノミネートされる基準に、一定のキャリアがある、人気の作家であるという傾向があるそうですが。
そうですか? 僕も小説を書いている側ですし、読むのも好きなんですけど。ずっとノミネートされている作家さんもいますし、それでもなかなか、この方が獲れないんだと思うので。そういう方々と並んだとは思っていませんが、ある程度の部分は認めていただけたのかなとは思います。
Q いつから、賞を取れたらいいなと思うようになりました?
そうですね。ずっと思っていました。ずっと思っていたのは賞が欲しいということではなくて、自分はジャニーズ事務所(に所属)という立場だから、デビュー作『ピンクとグレー』から本を書かせてもらっていて。
普通の作家だと新人賞を取ってから作家になるのが通例にもかかわらず、自分はジャニーズ事務所のタレントだからという立場で本を出させてもらっていたので、そういった引けめというか、文学界にお邪魔している、小説界にお邪魔しているっていう感覚があったので。(会場のそばを走る宣伝車のアナウンスが聞こえはじめる)ちょっと待ちますね。
Q ありがとうございます(笑)。そういうところが、やっぱりわかっていらっしゃる。
いやいや(笑)。そうですね。ちゃんと作家と名乗っていいのかどうかという迷いがずっとあったので、直木賞の候補となっただけでも、多少、認めてもらえたのかなと思っています。
Q 先ほど、びっくりしたというお話がありましたが、作家風にいうと?
驚愕です(笑)。本当になんですかね。いまいち信じられなかったというか、ピンとこなかったですね。ご心配をおかけしたかと思いますが、僕、コロナにかかっておりまして。外出できない期間に2度ほど(検査を)受けたんですけど、(ノミネートの報告を受けたのが)1回目の陰性が出たタイミングだったので一応、体調としては万全だったんですけど、ただ、なかなか仕事のメドが立たなかったりとか、迷惑をかけてしまったことを感じる日々だったので、少し気落ちしていた部分もあって。
そこから直木賞の候補の知らせがあったので、なんて言うんですかね。フットボール(アワー)の後藤さん風に言うと、“高低差あり過ぎて耳がキーンとする”。本当にキーンとしました、そのときは(笑)。なにこれ? っていう感じでした。
NEWSメンバー
小山&増田の反応は…
Q ノミネートされた情報がまだ一般公開されていないですが(取材時)、どなたにも伝えてない?
基本的には知らせておりませんが、このタイミングでメンバーに言うのもちょっとあれかなと思って、前日に2人(小山慶一郎と、増田貴久)にだけは。マネージャーを通して伝えさせていただきました。
Q 自分からメンバーには伝えていない?
自分で言うのも恥ずかしかったのでマネージャーさんに伝えていただいたんです。まだ、(2人に)会えてはいないんですけど、マネージャーによると、増田が「僕は本を読まないからわからないんですけど、すごいことなんですよね?」と言っていたそうです。小山も「本当にすごいな」と。
(ここで会場が地震で揺れ始める)
ちょっと待ちましょう。メンバーの話はするなってことですかね(笑)。(震えが来るほど嬉しいのでは?)ありがとうございます(笑)。小山も「すごいね」と、噛み締めるように喜んでくれたとうかがっています。
Q 改めてメンバーには自分から報告する?
まぁ、照れくさいので。いつもメンバーにこういういいことがあっても、いちいち言わないんです、基本的には。僕自身もすごくうれしいことですけど、あくまでも候補ですので。はしゃがないように、粛々と受け止めようという気持ちでいます。祝ってくれるぶんにはと、思っています。
Q 何かおねだりが?
どうなんでしょうね。そんな気持ちはないですが、むしろされるんじゃないですかね。小山くんこのあいだゴチ(『ぐるナイ』のコーナー『ゴチになります』)で21万払っていたので、僕に奢ってくれというかもしれませんね(笑)。
Q ジャニーズ事務所だから引け目があると言っていましたが、そういう中で書き続けるパワーとか思い、支えとは?
そうですね。初めて書いときは、自分もグループにとって何かできないかという思いがありましたし、自分自身を試してみたいという思いもありました。ここまで続けてこれたのは、本当にたくさんの方、ファンの方の支えがある。
初めて『ピンクとグレー』で書店まわりをしたときに書店員の方から「1作目は応援できるけど、書き続けないと応援し続けられない。応援し続けたいから書き続けてください」と言われたことが、非常に印象的で。
僕自身もいっちょかみしたとは思われたくなかった。本気で小説を書く覚悟を伝えたいなと思っていたので。続けることが自分を受け入れてくた小説界への恩返しかな。そうした思いですし、続けているうちにもうすっかりルーティーンというか、ライフワークというか、小説を書くことが当たり前の生活にいつしかなっていました。
Q 直木賞のノミネート。1月の発表まで、どう過ごしますか?
あまり考えないようにしたいなと思っています。今までも、いち読者として直木賞や芥川賞の選考はとても楽しみにしていて。作品を読んで予想したり。まさか自分が予想される側にいくとは思っていなかったので。考えれば考えるほどドキドキしますし、選考委員の方の評価が厳しいと知っているつもりなので、煮るなり焼くなりの覚悟ではありますけど。まぁ、ここまでこれただけでも十分だと思っていますので。淡々と過ごしたいと思っていますね。
Q とはいえ、狙いたいですよね。
いや、あんまり考えてないです。こういうのはもう、なんていうんですかね、あんまり考えず、はしゃがず。もう十分です。本当に十分。
待っていた“おめでとう”の嵐
Q 候補に選ばれた理由はわからないとのことでしたが、選ばれたことへの説明みたいなものはあったのでしょうか?
説明みたいなものはないです。これまで関わってくださった、いろいろな編集者の方から、こうなんじゃないか、ああなんじゃないかという話はありますけど。なぜ選ばれたのかという理由を僕は聞いていないです。
Q 周りからはどんな話が?
本当に、自分でいうのも照れくさいですけど、「今までで一番いい作品だった」という話は、数名の編集の方からもいただきました。どうですかね、今この時代に、マッチングアプリというもの、今年、偶然にもコロナのタイミングで、リモートであったり、デジタル化が進んだタイミングで(小説の題材の)マッチングアプリ、SNSという存在が時代と多少あったところもあるのかなと思います。
選考委員の方々が候補作を選ぶ段階で、かなり厳しい、何度かの審査を経て候補になったと伺っていますので、認めてくださった方がそれだけいるだけでも十分かなと思っています。
Q 前の5作との違いは?
そうですね。今まで以上に若い読者、今までは自分自身が読んで楽しいもの、読者は自分と想定して書いてきましたが、今作は自分だけじゃなくて、もっと広く愛される作品を書いてみようと。読んでいるあいだずっと楽しい作品、とにかく楽しく小説を読んでもらいたい。
今、若い方で本を読まない方も多いので、読書の楽しさをこのタイミングで伝えられたらというのを実は、いちばん意識していたので、いわゆる文学賞を狙うぞという意気込みよりは、楽しい作品を書こうという意識はすごくあったので、本当にびっくりしているところです。
Q これまでの直木賞のイメージは?
芥川賞の純文学に比べたら、より広く愛される娯楽小説的な部分が多い。かつ、最近の傾向としては、社会的な目線を蓄えているものという印象はあります。本当に話題になる文学賞。(文学界の)中にいると、いろいろな文学賞も知っているし、自分はどの文学賞も素晴らしいものと思っているので。直木賞はもちろん、憧れのひとつではありますが、だんだんわからなくなってくるところも実はあったりするんですけど。
この知らせを聞いた、弊社の人間のよろこび方が異常であったりとか(笑)、発売イベントよりもたくさんの方が今日来てくれているので、これが直木賞の力かと正直(笑)。改めて、実感させられています。
Q どんな感じで事務所の方はよろこんでくれたんですか?
「すごいなぁ」みたいな。「すごい」としかみんな言わないです(笑)。ちょっと紛らわしかったのが、僕が(コロナが治り)その仕事の復帰のタイミングで、事務所の方に迷惑をかけたので挨拶に行ったタイミングで、みんな「おめでとう」と言ってくれるんですけど、おめでとうが、復帰おめでとうなのか、(直木賞)候補に選ばれたことを知ってのおめでとうなのかわからなくて、「何がですか?」と毎回、こう、何に対してのおめでとうですか? と。
数名は、この知らせを受けた方々がいたので、「直木賞のことです」ってことで。こんなに「おめでとう」と言われることは、正月前にないなと。本当に影響力のすごい文学賞なんだなと改めて実感しました。
Q 小説に出てくるドラムを見せてくれた関ジャニ∞の丸山(隆平)さんは本を読んでくれましたかね?
どうなんですかね? 前回、(出版)イベントでお話させてもらったので「名前出してくれてありがとう。読むね」と。翌日に、5冊買ってくれたって言ってましたね。あっ、違う、5冊買おうとしたら、「1人1冊までです」とその書店では言われて「5冊買えなかったよ。今度、買って配るね」みたいなところで話が終わっているので、また改めて連絡しようと思います。お礼も言いたいなと思います。
SNSとの向き合い方
Q 今回のテーマを描こうと思った理由は? 今の時点でも高校生がSNSというものに密接に関わって日々を過ごしていて、いろいろな立場の考え方があると思うが。
いろんな高校生たち。高校生に限らず、SNSというものはいろいろな方々が、いろいろな考え方で使用しているものでもあると思いますし、始まりのきっかけは、僕がやらせていただいているバラエティー番組で、マッチングアプリの是非を討論するきっかけがありまして、マッチングアプリで出会った方、結婚された方のその賛辞、メリットという意見もたくさんうかがう一方で、とはいえ危ないんじゃないの? リクスクがあるんじゃないの? というネガティブ側面を話す方もいて。そういった議論がかなり白熱した場面を目撃して、いろいろな方がいろいろな意見を持つものですし、これは何か物語が生まれるんじゃないかなと思ったのがきっかけで。
自分、30歳を過ぎたくらいだったので、高校生を描くのは今がいちばんいいかなと思って。(年齢的に)近すぎず、遠すぎずという意味でも。青春群像劇とSNS、マッチングアプリというものをかけ合わせることで物語のうねりが生み出せるんじゃないかなと思ったのが(執筆の)最初のきっかけです。
Q 読む人にどんな心の動きが出てくれたらうれしいと思うか?
僕が書いていて思ったのが、やっぱりSNSやアプリというものは、あくまでツールのひとつに過ぎないということ。そこを通してつながっているのはやっぱり人なんだということ。文面ばかり読んでいると、人間ではないような部分を感じる瞬間もあるんじゃないかと思いますが、やっぱり人と人、そこにいるのは全員、人なんだということを実は忘れがちですよね。
あくまでSNSはハサミや定規と変わらないツールなんだという部分で、ある程度冷静にドライに向き合えていたほうが、より効果的に使えるんじゃないかと僕自身は感じています。
Q アイドルという立場上SNSにもどかしさを感じる時もあると思うが。
SNSに限らず、僕は小学生のころからジャニーズ事務所で活動させてもらっていて、まぁ、いろいろなお言葉をいただいてここまでやってきたので。厳しい言葉も、言われなき誹謗中傷も受けてきましたけど、やっぱり苦しいですよね、傷つきますし。でも、そういった中でどう受け止めるか。必要以上にそのコメントに敏感にならなくてもいい。僕自身のことで言うと、厳しい言葉というものはすごく残るので。
たくさんの作品のレビューを読んでも、100褒められても1厳しい意見で、そっちの(厳しい)方が印象に残ってしまうことがある。人間というのは、そういうものだと僕自身が感じるので。その厳しい言葉が全てと受け止めてしまうのと、ちゃんと1/100だよねっていうドライな目線。そういうものをどう受け止められるかが、意外と気にしなくてすむのかなとも思いますし、(SNSは)あくまでツールみたいな。
もっとたくさんの厳しいコメント以上に興味を持ってくれる人もたくさんいるし。それが人生の全てにならないように、距離感や向き合い方が大事だよなということを(小説を)書いてからちょっと思いましたけど。今作であまりSNSの闇にスポットを当ててはいないのは、そういう理由です。ただ、そこにあるものを通して、人と人がどう出会うか、出会いの中で人間が成長していくということがあると思いますし。直接出会うことがすベてだと思ってはいませんが、そこで成長する部分がきっとあるんじゃないかなと。
今作の帯で書いていますが、私は私を育てていくという言葉があって。SNSに出る情報はあくまでも自分という種に対しての水であったり肥料。ときには、害虫かもしれませんが。あくまで外的な要因で育つのは自分。自分がどう花を咲かせるかをまず大事にして生きていくために、使うか、使わないか、向き合うか、向き合わないかが大事かなと思いました。すみません、長くなりましたが。
Q 加藤さんが小説を書かれることで、小説を読む人の間口を広げるというすごく大きな意味があると思う。直木賞を受賞することで、この国の小説を愛好する人のシーンを変えるかもしれないが。
それは、初めて小説を書いているときから思っているんですけど、僕が小説界にお邪魔するということは、今まで本に触れなかった方々に届ける機会になるだろうという責任はずっと背負ってきているので。今、改めて不安かというと、実はあまりないですね。それは、生意気ですけど、ここまで続けてきたことで培った自信があるから。
受賞できる自信はまったくありませんが、作品には自信があります。特に今回の作品は、勝手にですけど、そういった若い読者に本の楽しさを初めて実感してもらえたらというのが強くあったので。やっぱり楽しくないと読みたくないと思いますので、とにかく楽しく本を読んで、気付いたら読む前と読んだ後で少し人生が、景色が変わって見える作品になるように心がけていました。