圧倒された「逃げ恥SP」。「30の名言」でがっちり振り返ります(イラスト:momokoharada/東洋経済オンライン)

 コロナ自粛の影響で、近年になく映像作品に親しむようになった人が増えています。より日常が豊かになるような、映像作品の楽しみ方とは? コラムニストの佐藤友美(さとゆみ)さんが、ドラマと日常の間に、華麗に接線を引いていきます。今回のテーマは『逃げ恥スペシャル』です。ネタバレを含みますので、まだご覧になっていない方はご注意ください。

 1月2日に放映された『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!』。放送直後のTwitterのトレンドが、

1位 逃げ恥
4位 逃げるは恥だが役に立つ
6位 ガッキー
10位 沼田さん
11位 無痛分娩
12位 恋ダンス
14位 みくりさん
21位 ゆりちゃん
23位 みくりちゃん

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 と、リアルタイム視聴でも大いに盛り上がりました。

 いやはや。連ドラ時代にも、そのスパイスが散りばめられていた『逃げ恥』ですが、スペシャル版は、これでもかというくらいの“社会課題てんこ盛り”でした。

 観終わったあとは、しばし、この日本が抱える数々の課題に想いをはせて、ずずーんという気持ちになったほどです。

 少子化問題。男性の育児参加問題。LGBTにルッキズム、セクハラ……。

 そもそも、このスペシャルの放送計画ありきで描かれたという漫画の原作自体が、社会課題満載でした。なので、覚悟はしていましたが、脚本家の野木亜紀子さんが、さらにそれに、どっちゃりかぶせてきた!!

 まさか『逃げ恥』でお正月からここまで啓蒙されるとは思っていませんでした。これだけ社会現象になったドラマだからこそ、負っている使命も大きいのだろうな、と思った次第です。

 ネットの感想も

「逃げ恥、ここまで社会課題を盛り込んで、ドラマとしても成立させているところ、すごい」

 という意見が多かったように思います。

 というわけで、今回は、我々“逃げ恥の民”が、思わず啓蒙された名セリフとともに、『逃げ恥SP』の社会課題てんこもり具合を振り返ります(ネタバレありです。またタイムラインはCM込みの同録のタイムです)。

山ほどあった「名言」を一挙総まとめ!

●名言1:産休「順番待ち」問題
「子どもを産むのに、順番待ちが必要って何?」byみくり
開始1分17秒

→みくりが再就職した会社の女子社員の出産状況を示すセリフ。部のメンバー1人が妊娠すると、その人の産休・育休が開けるまでの約1年半、残りの女性は出産しにくいという不文律があることが判明。日本企業で「あるある」な事例が、ドラマ開始1分台で白日のもとにさらされます。

●名言2:DINKS家事分担問題
「気づいたんです。料理は科学」by平匡
開始2分58秒

→共働きとなった平匡さんとみくりの、家事分担を象徴する言葉。それまで料理をしたことがなかった平匡さんが、“理系脳”で料理を覚えていく様子を描き出しました。

●名言3:ルッキズム問題
「若くてかわいいと、仕事が回るんですか?」by平匡
開始4分35秒

→平匡さんが、上司の灰原課長に「一番若くてかわいい女子社員を助手につけます」と言われたときの反応。ルッキズム(見た目で人を判断し差別すること)の問題を、一刀両断!

●名言4:生理休暇と福利厚生問題
「弊社は女性社員が多いので、産休や育休だけではなく生理休暇も積極的に推奨しているんです」by百合ちゃん
開始5分36秒

→テレビ番組『がっちりマンデー』に出演した百合ちゃんのセリフ。続く「社員の働きやすさと売上げは比例する」の言葉も、インパクトがありました。

尾を引く「塩対応」問題

●名言5:妊娠判明時「男性無反応」問題
「この塩反応はいったい……」byみくり
開始10分00秒

→原作者・海野つなみさんと、脚本家・野木亜紀子さんの対談によると、ドラマスタッフにも、自分の妻の妊娠がわかったときに塩対応をしてしまったことを反省しているという声がボロボロ出てきたのだそう。

 この塩対応が、女性に比べて妊娠を自分ごととして考えにくい男性の姿を描く本作の伏線にもなっています。

●名言6:選択的夫婦別姓問題
「どうして女の人だけが、自分の名字を捨てなきゃいけないのか」byみくり
「国際的に見ても別姓を選べないのは日本くらいなんです。私たちは制度が認められるのを待って、入籍しようとしていたんです」by平匡
開始12分22秒

→子どもができたことで入籍する2人が、最初にぶつかる課題が「どちらの姓を名乗るか」問題。まさにリアルタイムで進行している社会課題ですが、『ねほりんぽほりん』のパロディの中で主張されていたので、ずいぶん受け取りやすくなっていたと感じます。

●名言7:育児ワンオペ問題
「サポートって何? 手伝いなの? 一緒に親になるんじゃなくて?」byみくり
開始16分55秒

→「子どもが生まれるにあたって、僕はみくりさんを全力でサポートします」と言った平匡さんに対する、みくりの反応。「育児は妻がメイン、夫はサポート」という感覚に、すかさず違和感を表明するみくり。漫画原作でも、とても反響が大きかったセリフだとか。

●名言8:育児休業給付金問題
「せちがらい・・・」byみくり
開始29分05秒

→会社に産休を申請したみくり。「時短勤務だと、育児休業給付金が減ってしまいます」と言われ、思わず心の中で叫んだひとこと。ネットでも「知らなかった」という声があがっていた、出産前の時短勤務がもたらす不利益。「誰が彼女の仕事やるんだ?」という、みくりの同僚の声も生々しく響きました。

●名言9:セクハラ発言問題
「劣化という言葉の定義なんですけど。人間に使うなら、老化という意味なんでしょうか」by平匡
開始30分08秒

→女性の外見に対する灰原課長の言葉に、思わず反撃をしてしまう平匡さん。言いすぎたかと平匡さんは落ち込みますが、同僚たちは絶賛。女性だけではなく、男性社員が男性上司から受けるセクハラについても言及されます。

●名言10:がん検診問題
「私、毎年子宮がん検診、受けていますけど」by百合ちゃん
開始37分54秒

→子宮体がんを告知された百合ちゃんが、思わず言った言葉。ここもネット上での反響が大きかったシーン。一般的に行われる子宮がん検診でわかるのは、子宮“頸”がん。子宮“体”がんは、通常の検診ではわからないことが啓蒙されました。

同性同士の結婚、独身は…?

●名言11:同性同士の結婚問題
「同性のパートナーは家族として認められずに、死に目にすら会えないこともある」by梅原くん
開始40分59秒

→同性愛者の梅原くんが将来の不安を語るシーン。これに続く、「家族なんて、いろいろなんですけどね」や「はやく、100年くらい時間が進めばいいのに」というセリフも染みます。

●名言12:独身率増加問題
「独り身にも、もっと優しい社会になってほしい」by百合ちゃん
開始41分11秒

→がんの治療方針を決める場に、同席する家族がいない百合ちゃんがつぶやくひとこと。非婚&未婚者の増加や、連ドラマ時に話題となった高齢処女・童貞といったテーマも時代を反映しています。

●名言13:産前うつ問題
「百合ちゃんの助けになれない。家のこともできない。仕事も行ってない。いいことひとつもない。うううう」byみくり
開始42分03秒

→妊娠中、情緒不安定になっているみくりが、泣き出すシーン。何も言ってあげられない平匡さんの頭ぽんぽんが、ぐっときます。

●名言14:カミングアウト問題
「どっちの意味でも嬉しいなと思ったよ。好きって言ってくれてありがとう」by百合ちゃん
開始48分21秒

「高校のとき、土屋(百合ちゃん)のこと好きだった」と、カミングアウトした女友達に、百合ちゃんがかけたひとこと。百合ちゃんはその後、そのことを人に話すわけではないのですが、連ドラ『逃げ恥』の頃にあった、一橋大学アウティング問題などを想起させられました。

●名言15:男性育休の取得問題
「そもそもなんですけど、仕事を休めないってこと自体が、異常ですよね」by平匡&みくり
開始53分37秒

→男性の育休申請に難色を示す会社の同僚に、2人が声を揃えるシーン。毅然と育休を取り「後に続く人のためにも道を作る」と決めた平匡さんの「さも当然」顔の練習が、今回のドラマで一番笑ったところでした。

●名言16:つわりは病気じゃない問題
「体の不調がきついのは、みんな同じ。比べるものじゃないでしょ」by百合ちゃん
開始55分38秒

→自分も苦しいのに「つわりは病気じゃないから」と言ったみくりに、百合ちゃんが優しくかける言葉。母になる女性がついしてしまう我慢を、先回って言ってくれた百合ちゃんに拍手喝采。

「男だから」「女だから」問題

●名言17:男の責任問題
「責任はもちろんあるけど、大黒柱ってもう古いんじゃないかな」by平匡
開始58分55秒

→「男の責任」「家長の責任」を強調する父に、思わず言い返す平匡さん。「うちは、夫婦2人でやっていこうとしている。2人で分け合って、2人の責任で」という言葉は、最初、お父さんには伝わりません。

●名言18:手作りの呪い問題
「最近の調理家電、ほんと、便利ですよ」byみくり
開始1時間01分09秒

→料理をするようになった平匡さん。救世主は、調理家電。「料理は手間暇をかけなくては」の呪いを払拭してくれるひとこと。

●名言19:リスク管理問題
「誰が休んでも仕事が回る。帰ってこられる環境を普段から作っておくこと。それが職場におけるリスク管理」by沼田さん
開始1時間08分29秒

→今回の名言大賞と言ってもいいのではないでしょうか。会議の場で、平匡さんの育休取得について嫌味を言う灰原課長に、沼田さんが言った決め台詞。Twitterのランキングに、ガッキーの次に沼田さんの名前がランクインしたのも納得です。

●名言20:産前母の体調問題
「尿が漏れても1人」byみくり
開始1時間13分25秒

→妊娠後期の身体のしんどさを、ここまでコミカルかつシリアスに伝えた名言が、過去にあったでしょうか。しかもガッキーが言うところに、妙があります。

●名言21:男の呪い問題
「泣きたいのはこっちですよ」by平匡
開始1時間19分25秒

→今回のドラマのクライマックスともいえるシーンです。筆者は放送前に、原作者である海野つなみ先生にインタビューをさせていただいたのですが、海野先生いわく、この続編で描きたかったのは「男の呪い」だったと言います。

 妊娠出産・育児における女性のつらさは、これまである程度可視化されてきました(解決されたわけではありませんが)。一方で、「稼ぐ男であれ。かつ、よき夫であり、父であれ」と迫られる男性にかかった呪いは、可視化されていない。冷静沈着な“あの”平匡さんでさえ、抱えきれず爆発してしまうこのシーンに、今回の『逃げ恥SP』のテーマの深さを感じます。

●名言22:男の呪い問題(再)
「男らしくあらねば。それもまた、呪いかもね」by百合ちゃん
開始1時間25分50秒

→予告でも流れていた、百合ちゃんの名セリフ。母親の不安と父親の不安。両方にスポットがあたったのは、このドラマの大きな功績のひとつだったと感じます。

 この後のシーンで「男だって、女だって、つらいときはつらいですよね」と、みくりちゃんが平匡さんを抱きしめ、平匡さんが「つらかった」と告白するシーンも、胸アツです。

●名言23:家事アウトソーシング問題
「周りの手も借りて、やっていきませんか?」byみくり
開始1時間28分20秒

→荒れ放題の家に家政婦を頼んだみくり。なんでも家族だけで解決しようとして、苦しくならなくていいのではというメッセージ。「あまり贅沢はできませんが」というエクスキューズも『逃げ恥』らしいです。

●名言24:「お腹を痛めてこそ」問題
「楽できるところはしていきましょう。逃げるは恥だが、役に立ちます」by平匡
開始1時間37分04秒

→計画的無痛分娩を選んだ2人。「お腹を痛めてこその出産」という呪いを、軽やかに超えていきます。ちなみに、リアル新生児は星野源さんも出演したTBSドラマ『コウノドリ』で培われた人脈のたまものだったとの情報も。

ドラマオリジナルだったコロナ設定

 ここまでの展開は、原作漫画のエピソードが生かされていました。しかし、この後は急転直下。2020年2月に連載が終了した原作では描かれなかった、コロナ禍での“疎開育児”が描かれました。

 時代に翻弄される家族のドラマが、リアリティを持って迫ってきました。「ガンバレ人類」というサブタイトルの意味も、ここで明らかになっていきます。

●名言25:リモートワーク問題
「そんなもん、俺が説き伏せるよ」by灰原さん
開始1時間49分47秒

→リモートワークに反対する社長を説き伏せると言う灰原課長。2020年当初の混乱を思い出します。沼田さんに諭されて変わった、灰原さんのリーダーとしての成長を感じられるいい場面でした。

●名言26:緊急事態宣言&給付金複雑問題
「助かってくれ。人類。世界」by沼田さん
開始2時間01分13秒

→客足が激減したバーを営む山さん、売り上げが激減した化粧品会社勤務の百合ちゃんの切実な訴え。コロナ後の一変した世界が描かれています。

●名言27:デマ&自粛警察問題
「大丈夫。世界はまだ、こんなにも美しい」by平匡
開始2時間03分20秒

→断腸の思いで産後、実家での育児を選んだみくり。デマや密告に疲れ果てる平匡さんのもとに届いた、みくりと娘の写真。写真を見た平匡さんは、2人にパソコンを届けにいくことを決意します。

●名言28:親の自覚問題
「父親も母親も、いきなりはなれないのよねー」byみくり母
開始2時間06分05秒

→平匡さんからのそっけないメールに、妊娠判明時の「塩反応」を思い出して落ち込むみくりに、母親がかける言葉。「子育てってゴールが見えないんだから。過程を楽しんだらどうかな」という母からのアドバイスもよきです。

どんな人生も優しく受け止める、それが「逃げ恥」

●名言29:ダイバーシティ問題
「僕みたいな、1人で生きる人間もいるってことです」by風見さん
開始2時間08分30秒

→結婚、独身、LGBT……。多様性を描く『逃げ恥』で、元カノ百合ちゃん同様、1人で生きていく決意をした風見さん。どんな人の人生も優しく受け止める、とても『逃げ恥』らしいセリフです。

●名言30:コロナ直面問題
「生きていればまた会える」by平匡&みくり
開始2時間13分00秒

→この、体は「ディスタンス」、心の声はシンクロのシーンは、盛り上がりました。そして、2人が「おかえり」と「ただいま」と声をかけあうラストシーンも、日常のありがたさをしみじみと感じるシーンとなりました。

 ちなみに、4年前のドラマで神回と言われた第6話では、みくりが隣に座った平匡さんに気づかれぬように、左目だけから涙を流すシーンが話題になりました。

 今回は、右目からだけ涙がつーっと流れていましたよね。偶然かどうかはわかりませんが、星野さん・新垣さんの名演技あっての『逃げ恥』だなあと感じたラストシーンでした。

 というわけで、日本の課題てんこもり!『逃げ恥SP』名言で振り返ってみました。家族や友人、同僚など、周囲の人と改めて、感想を話し合ってみるのも楽しいかもしれません。

 現場からは以上です。


佐藤 友美(さとう ゆみ)ライター・コラムニスト
1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経て文筆業に転向。元東京富士大学客員准教授。書籍ライターとして、ビジネス書、実用書、教育書等のライティングを担当する一方、独自の切り口で、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆している。著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』(サンマーク出版)、『道を継ぐ』(アタシ社)など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。