「つくろい東京ファンド」の佐々木大志郎さん

 多くの人がいつもとは違う新年を迎えた2021年元日。東京・四谷にある聖イグナチオ教会には正午前、長い列ができていた。

 この日ここで「年越し大人食堂」が開かれた。すでにテレビや新聞などでも報道されているので目にした方もいるだろう。新型コロナウィルス感染拡大の影響で仕事や住まいを失くして生活に困窮する人たちに向けてお弁当が配られ、医療や法律、今後の生活についてなどの無料の相談会が行われた。

 開催したのは、『新型コロナ災害緊急アクション』などの生活困窮者を支援するいくつかの団体だ。元日と3日に行われ、初日は270人、3日には318人が訪れ、料理研究家の枝元なほみさんが中心となって調理した野菜たっぷりの健康的なお弁当や温かいスープ、お菓子や野菜など約750食が配られた。

生活困窮者と街を歩いている人の区別がつかない

「『年越し大人食堂』は1年前にも新宿で開催し、そのときには80人ほどがいらっしゃいました。それが今年は何倍にもなり、訪れる人たちも以前にはこうした場所で見られない小さなお子さんを連れたお母さんや若い女性たち、そしてエチオピアやアフガニスタン、ベトナム、イランといった海外の方も大勢みえました。そうした方たちがやってくるだろうと予想はしていたのですが、実際に大勢いらっしゃって衝撃を受けました」

 そう語るのは『年越し大人食堂』の実行責任者として奔走した、都内の困窮者支援団体「つくろい東京ファンド」の佐々木大志郎さん(42才)だ。

「さらに今年目立ったのは、『大人食堂』にいらっしゃった生活困窮者の方々と街を歩いている方、その区別がつかないことです。昨日まであたりまえに働いていた方が突然に仕事を失くし、収入がガタンっとゼロに落ちて生活が一瞬で破綻してしまう。今はそういう状況です」

 佐々木さんの言うとおり、会場を訪れた人たちの多くはごく普通の身なりで、中にはビジネスバッグを持ったサラリーマンふうの人もいた。物腰も柔らかく、言葉遣いも丁寧。この人が困窮している? にわかには信じられないが、配られた食べ物に感謝して「ありがたくいただきます」と頭を下げる。

 子どもを連れた女性はいったん生活相談の列に並んだものの、「お腹が空いているから、やっぱり先に食べ物をください」と、お弁当の列に並び直した。

 また、外国人の長身の男性は緊張した面持ちで列に並び、お弁当の入った袋を手にしても硬い表情を崩さなかった。

 家電量販店とかゲームセンターあたりでたむろってそうな若い男性もいた。マスクを少し多めに手渡されると「いいんですか?」と驚いて、「ありがとうございます」と心からの感謝を言う。

 しっかりとしたジャケットを着た中年の男性は無表情でただ前を向いて、一切の言葉を発せず、心を殺したよう。

 そこに並んだ多くの人が、自分がこんなことになるなんて!と信じられないという面持ちだった。“あたりまえに生きてきたのに! 何も悪いことはしていない! どうして?”そんな叫びが聞こえてきそうで、彼らのそばに立っているだけで胸が苦しかった。

佐々木さんは「困窮者支援のオードリー・タン」

 お正月。誰もが家でのんびりとテレビを見て、おせちやお雑煮を食べているときだ。それなのに、東京のド真ん中で大勢の「おなかを空かせた人たち」が集まってきている。佐々木さんの言うとおり、それは本当に衝撃だ。

「『大人食堂』自体は元々、労働相談などを請け負うNPOのPOSSE(ポッセ)が仙台で始めたもので、名前を借り、昨年からいっしょに始めました。路上にダンボールハウスを建てて暮らすホームレス状態の方より、ネットカフェや24時間営業のファストフードなどに寝泊まりしては派遣などの仕事へ行く、これまでとは違うタイプのホームレス状態、生活困窮の方々がコロナ禍の前も増えていました。

 そうした方は公園などでの炊き出しにはいらっしゃることがほとんどないので、美味しい料理を用意して、相談に来やすい雰囲気を作ろうと、『ビッグイシュー日本版』(ホームレスの人たちの仕事作りのために路上で販売されている雑誌)で連載もされている、料理研究家の枝元なほみさんにお願いしてお料理を作っていただくことになり、始まったんです

 枝元さんたちが数日前から下ごしらえして、当日その場で調理したお弁当は、ご飯の上に野菜の煮たものやサラダ、お肉などが乗った、それはそれはおいしそうなもの。麺類や、具沢山のスープもあった。お正月、食べるものに困っていた人たちのお腹と心をどれだけ温かく満たしたろうか。すばらしい試みだ。

2021年『年越し大人食堂』で配られたお弁当

 ところで、佐々木さんはこうした困窮者支援の現場で次々と新しい試み、特にIT技術を使ったアイディアで革新的な事業を次々に始めていて、「困窮者支援のオードリー・タン」とも呼びたい人だ。

「これまで困窮者支援の現場ではITは有用じゃありませんでした。大きな支援団体なのにSNSアカウントさえ持っていなかったり。僕は2013年から『もやい』(認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやい。都内の生活困窮者支援団体)で主にウェブ広報を担当する職員になり、ホームページのリニューアルやSNS運用のスタート、クラウドファンディングを利用するところにも立ち合いました」

 2014年には「つくろい東京ファンド」の創設に加わり、すぐに“支援する側”の人たちを紹介するサイト『マチバリー』を立ち上げた。

「“生きるを支える人を応援するメディア”というインタビュー・サイトを立ち上げたんですが、そこで見えてきたのは支援団体の不均衡でした」

 都内に限らず、日本全国には生活困窮者を支援する団体が多々ある。最近では「こども食堂」があちこちで善意のもとに広がってもいるが、

「貧困があらゆる層に拡がる中、たとえば子どもや女性を支援する団体にはお金が集まるのに、ホームレスの男性を支援する団体にはお金が集まらなかったり、そこに不均衡があったんです」

 佐々木さんは「不均衡の情報」を都内で活動するNPO団体の代表らと共有。結果、9団体(当時。現在は14団体)が集まって2019年に『東京アンブレラ基金』が設立された。

「『東京アンブレラ基金』は都内の支援団体が協働して行う、“今夜、行き場のない人”を救おうというプロジェクトです。寄付でいただいた支援金をプールして、緊急宿泊費(1泊3000円)をそれぞれの団体が支援したら、それを後から振り込む。僕は企画から関わらせていただき、ウェブ関係を含む実務全般を担当しました」

 さらに14団体のひとつで、妊娠にまつわる「どうしよう?」を抱える女性へ寄り添い相談支援を行う団体「ピッコラーレ」が、「支援している入院中の妊婦の方が、電話を持てず緊急連絡が出来なくて困っている」とFacebookに書き込みをしているのを佐々木さんは見つけた。

 実はその以前から、生活に困窮している人たちが携帯電話を持てない、持っていても料金が支払えずに使えない状態になっていることに、多くの支援団体の人たちが憂慮していたことにも気づいていた。

「それでインターネット回線を使ったIP電話のアプリを入れたスマホを無料で貸し出すことにしました。そのシステムを作る会社(合同会社合同屋さん)とつながることができて、実現しました。いわばLINE電話なんかと同じです。ただLINE電話には電話番号はないですよね? 今、携帯電話番号は社会的なIDなんです。たとえば生活保護を利用してアパートをさがすことになっても、不動産屋さんでは電話番号を聞かれます。働こうと面接を受けるにも電話番号は必要です。電話番号を持つことが生きることに必須なんです

佐々木さんもホームレスだった

「つながる電話」と名付けた本人負担ゼロ円のスマホ貸し出しサービスは『東京アンブレラ基金』や全国の支援団体を通じて、これまで80台以上が貸し出されている。スマホ本体は助成金を申請してまかなっている。「携帯電話(を持つこと)は人権です」と佐々木さんは言う。スマホを得て仕事を、家を、再び手にできた人が大勢いるのだ。

 そして昨年暮れからは、生活保護申請がオンライン上でできるシステム「フミダン」を始めた。

「12月15日からスタートして、申請は3件ありました。これまで生活保護は申請するかしないかで時間がかかってきた。揉めることが多いんです。福祉事務所で生活保護を受けさせないようにする、いわゆる水際作戦がありました。もちろん申請書を出したらその後、ご本人が福祉事務所に行って面談をします。でも、すでに申請書は受理されているわけですから、かかる時間が違います。コロナ禍にあって人と人が接することを極力少なくできます」

 厚生労働省は昨年クリスマスに、「生活保護の申請は国民の権利です」「ためらわずにご相談ください」というメッセージをSNSで流した。それから「#生活保護は権利」というハッシュタグが数万回もツイートされている。

 その一方で福祉事務所では、ありえないことに生活保護を申請させないようとする職員による横暴が数多く見られ、申請者当人はもちろん、支援団体もそれに時間をとられ、手を焼いてきた。「フミダン」はそれを緩和させるための画期的なシステムで、コロナ禍で生活に困窮する人が増える中、注目を浴びている。

 それにしても佐々木さん、どうしてこんなに次々新しいシステムを作っていくんですか?

「一人の職業人として、よりよいものを作りたいということです。気づいた人がやるべきだと思っていますから」

 実は佐々木さん自身、ホームレスの当事者だった。札幌から作家を目指して上京。友人の家に寝泊まりして投稿を続けながらバイトをしていた。ところが、友人の家をでなくてはならなくなった。アパートを借りるお金はない。仕方なくネットカフェに寝泊まりしながら、食品工場の冷凍庫で仕分けをしてファミレスに配送するアルバイトをした。
 

「でも身体の調子を崩してしまい、『もやい』に相談に行きました。生活保護を受け、アパートに入り、その後、さっきも言ったとおりにウェブ広報の職員になったんです」

 当事者目線でやっているというのはありますか?

「それはどうでしょうか。もちろん自分の体験が根源にはあります。やってきたことは無にできないですし、自分の人生は否定できません。でも、今はたまたま自分が持っているスキルを使って、気づいたことをやっているんです。少しでも当事者や支援者が便利になれば、と願っています」

 台湾でデジタル大臣を務めるオードリー・タン氏は独学したIT技術を活用し、インターネット・コミュニケーションでよりよい社会を構築していく。佐々木大志郎さんも同様、独学したIT技術でコロナ禍に於ける日本社会の「困った」を解決していこうと奮闘している。

 いよいよ2度目の緊急事態宣言が発出された。私たちは再び緊張を強いられる生活に入る。同時に仕事を失い、家を失う人が増える懸念がある。佐々木さんもまだまだゆっくりすることはできそうもない。

〈取材・文/和田靜香〉