箱入り娘のお嬢様とおっちょこちょいの手代が珍道中を繰り広げる舞台で共演する渡辺えりと八嶋智人。ともに劇団出身で長年、親交のある先輩後輩による爆笑秘話。
クリアすべき課題が
「多すぎますよ(笑)」
――舞台『喜劇お染与太郎珍道中』の感想は?
渡辺えり(以下、渡辺) 難しい戯曲だと思っています。シンプルなストーリーですが、それを役者が個性で笑わせる。でも、役者にとっては大変やりがいのある芝居ですね。三木のり平さんと京塚昌子さんの初演(1979年)は見てはいませんが、おそらくお客さんが大笑いしながら喜んでいたんだろうな、と想像しています。
以前、のり平さんの舞台(『雲の上団五郎一座』)を拝見したときに、セリフの行間を面白く埋めていくかのようなのり平さんのひと言や演技に(共演者が)みんな笑いたいのを我慢しながら震えていたんですよ。安井昌二さんおひとりだけ笑っていなくて、あとは全員が笑っていて、お客さんも笑い転げて椅子から落ちるほどでした。
もし自分が出演者だったら安井さんみたいに笑わないでいられるのかな、と考えちゃいました。今度は自分があそこまで笑いをもたらすことができるのかなと思うと、どんどん緊張してきて今は怖くなっています。
八嶋智人(以下、八嶋) 個性というのもありますが、のり平さんがやっていらした東京の喜劇には、面白さの中に悲しみ、怒りも入って芝居に仕上げている。そういう東京の喜劇人の粋みたいなところには関西人の僕は、なかなか到達できないだろうな、と。
今回ご出演の錚々たる先輩陣は憧れてきた役者さんばかり。でもお弁当でいうと揚げ物が山盛りなくらい個性的です。それが東京の喜劇の粋に包まれて、決して油っぽくなくおいしく食べて(見て)いただけると思いますよ。
――喜劇での共演は初めてになりますが、相手役としては?
渡辺 心配です(笑)。八嶋君は漫才でいうと普段からツッコミ。今回はボケ役。私の役はツッコミでもないので、その加減がすごく難しいだろうと思っています。私が演じる苦労知らずのお嬢様育ちのお染が、本当の愛情を知って(八嶋演じる与太郎に)ひかれていく。リアルな気持ちを持ちながら一生懸命にやればやるほど笑っていただけるのではないかと思っています。
わざと笑わせるような芝居はせずに存在感で演じようと思っています。八嶋君は「あとは、えりさんにお任せ」みたいなところがあるので、そこが心配です。
八嶋 俺がダメみたいじゃないですかっ(笑)。でも確かに、おとぼけ系はやったことがない役ですね。
渡辺 カムカム(八嶋所属の劇団『カムカムミニキーナ』)では、ツッコミ役を見ているし、二枚目も演じられる。いろんな芝居ができるうまい人だけど、今回のようなおっとりした役を見たことがないので新境地ですよね。今回、共演者に昔からの知り合いや友達が多いのも心強いですね。
でも、宇梶(剛士)君に「(お染と恋仲の)重三郎様」と言うのが照れくさくて照れくさくて、できるのかな。吹いちゃうかも。役者としてクリアしなくちゃいけないことが多すぎますよ(笑)。
八嶋 共演のみなさんは、面白い方しか出ていないですからね。みなさん僕なんかよりも経験値の高い大好きな先輩ばかり。「先輩のみなさん、どうぞ僕をよろしくね!」って感じです。
「土下座した」苦い思い出
――劇団出身のおふたりの出会いは?
八嶋 僕が20代前半のとき池袋のある小劇場で、(渡辺主宰の)劇団3〇〇の『タイム』を上演することになって、そこに客演したんです。でも結局、芝居作りが初日に間に合わなくて(芝居が)できているところまでを上演するしかなくなって。
その初日に、作者であるえりさんが見に来られたんですが、できているところまでやって、そこで土下座しました。覚えていないと思いますけど、それが初めての出会いです。
渡辺 詳しくは覚えていないけど、芝居がここまでしかできていませんと、お辞儀して途中で終わったのに驚いちゃって(笑)。そこに誰が出ていたのかまでは覚えていなかったですね。
八嶋 エンディングに向かって盛り上がるところで急にここまでです、と終わったんですよね。
渡辺 あきれちゃって怒る気にもなれなかった。そんなことは生まれて初めてだったもの。後になって、その芝居に八嶋君が出ていたことを聞いて驚きましたね。
八嶋 僕も後にも先にもそれしかないです。
渡辺 八嶋君を役者として認識するようになったのは、彼の劇団(『カムカムミニキーナ』)を見に行くようになってからです。後輩たちにも厳しく指導していて、それは己にも厳しいということですから、きちっとまじめに芝居を作っていく人なんだなと思いました。
八嶋 それから普段からも仲よくしていただいています。僕らの劇団が「座高円寺」を定小屋にできたのは、えりさんのおかげですし、劇団をずっと見てくださり応援してくださっている。劇団の方向性としても、直系の大先輩ですしね。だけど、偉ぶらないし、逆にイジリがいのあるチャーミングな先輩なので、僕は大好きです! 失礼なことをたくさんしてきたと思うけど1度もぶち切れられたことはないですし、僕が甘えています。
渡辺 1回、絶交だぁ! と言ったことはあったけどね。
八嶋 ありました? 僕じゃない人では?
渡辺 段田(安則)さんに“昨日、八嶋君と絶交したから”と言ったら、段田さんがものすごくウケたのを覚えている。なんで絶交したかは忘れて、いつの間にか元に戻ったけどね。
――今回、絶交はない?
渡辺 わからないですよ(笑)。絶交して4年間まったく口をきかなかった役者さんもかつていましたから。今回もわからないです(笑)。
八嶋 すげぇなー(笑)。
こんなときだからこそ笑ってほしい
――コロナ禍での舞台公演は?
渡辺 マスクをして稽古をするというのはつらかったです。表情がわからない。通し稽古でマスクを取ったときに初めて「あ、こんな顔なんだ」とわかる。スタッフの顔もずっとわからないというのも初めての経験でした。でも逆によかったのは毎回、死ぬ気でできることですね。毎回、稽古も最後のつもりで悔いのないよう1日1日を死ぬ気でやる。
(コロナ禍)以前は1か月の稽古は、最初はラフに入って、徐々に進んでいました。コロナ禍では、明日はどうなるかわからないから毎日、死ぬ気です。集中力がすごいですね。いい意味で焦りながら早く作っていく。せっかちなタイプの私には向いているのかなと思います。
八嶋 最初のころは責任の所在は、継続するのも中止するのもわれわれにあった。でも、だんだんガイドラインがしっかりしてくると、それに則ってやればという状況になった。劇場側も、しっかりとコロナ対策をしていて、そこに集まってくるお客様も真剣に感染予防をされている。
私語は慎んで静かな時間も多いけれども、(芝居が)終わったときの拍手は(観客数は)今までの半分以下なのに、変な言い方ですが、とても分厚いんです。えりさんも僕もウィズコロナの状況になってから舞台に立っていると、それがよくわかるんです。
もしかしたら自粛期間中に喜劇をやるのは不謹慎だと思った方もいるかもしれない。でも、楽しい時間を安全に過ごすために、稽古も本番も(感染防止の)対策を万全に取りながら行っています。喜劇と銘打った芝居ができる喜びを感じながら、みなさんに存分に楽しんでいただきたいです。
渡辺 こういうときだからこそ心から楽しんでいただきたいですし、お客様に笑っていただきたい。笑うことは免疫力を上げるともいわれているので、自然治癒能力を活性化させる意味でも大いに笑っていただきたいです。
共演がうれしいワケ
写真撮影の雑談では、こんな会話も。
渡辺「最近、町田啓太にハマっちゃっている。彼が出演したBLドラマ(『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』)、ネットフリックスの『今際の国のアリス』も町田君目当てに見たほど」
八嶋「彼とは映画で共演して連絡先を知っていますよ」
渡辺「えっ、そうなの? 教えてもらってもいい? よかった、八嶋君と共演できて」
八嶋「なんですか、それ(笑)」
舞台『喜劇お染与太郎珍道中』
(2月1日~17日東京・新橋演舞場、同21日~27日京都・南座)
【物語】江戸の米問屋の箱入り娘・お染(渡辺えり)は、恋仲の若侍・重三郎が京都藩邸に転勤に。さらに大名家から妾になるよう迫られたお染は、重三郎を追って京都に向かう。お付きに選ばれたのはおっちょこちょいの手代・与太郎(八嶋智人)。表向き夫婦として五十三次を旅するお染、与太郎のドタバタ珍道中。
八嶋智人:ヘアメイク/国府田雅子(Barrel)、スタイリスト/久 修一郎(impiger)、衣装/すべて BLUE BLUE JAPAN(OKURA)