内定取り消しや採用控え、アルバイトの減収など、新型コロナウイルスが若者の行く手に暗い影を落としている。そんな状況にあっても、実家に頼ることができずにいるのが、虐待や親の精神疾患、経済的理由など、さまざまな事情で保護者のもとで暮らせなくなり、社会的養護下にいた子どもたちだ。
施設を退所した後に待ち受ける困難
令和2年発表の「厚生労働省子ども家庭局」によると、現在、国内にいる社会的養護下にいる子どもは4万5683人。主に児童養護施設や里親、ファミリーホームなどに振り分けられる。
そのうち6割は児童養護施設で暮らしており、原則的には18歳で退所しなければならない。実は児童養護施設で暮らす子どもたちの9割以上に親がいるという。だが、安心して頼れる状態ではないケースが多いのが現実だ。退所後、頼れる親や大人のいない中で、衣食住、就職、進学、すべてのことに対応しなくてはならない。そんな状態でこの状況をサバイブしていくのは、困難の連続だろう。孤立が続けば、最悪の場合、犯罪被害にあったり、ホームレス化につながる可能性もある。
その一方で、児童養護施設や里親家庭で暮らす子どもたちの自立支援を行っている団体がある。認定NPO法人ブリッジフォースマイル、通称B4Sだ。ここでは、子どもたちをサポートするための各種プログラムを用意している。社会と子どもの橋渡しとなり、子どもたちの理解者を増やすためのセミナーも行うなど、さまざまな形での支援を行っている。
目玉プログラムの「巣立ちプロジェクト」は、施設退所を控えた18歳の高校生を対象に、ひとり暮らしに必要な知識とスキルを学ぶ場を提供。
’04年の創立の翌年、7人の高校生を迎えて行われたセミナーも、今では東京、千葉、埼玉、神奈川および2019年に九州北部豪雨の被災地となった佐賀、熊本に広がり、2020年度の参加人数は260人以上に及んだという。
7人に1人は貧困という衝撃
2020年12月、東京都内で行われた巣立ちセミナーを見学した。この日の内容は家計について。住民税など各種税金や衣食住、ケガや冠婚葬祭といった臨時の出費など14項目をゲーム感覚で学んでいく。かなり踏み込んだ内容だが、子ども1人に対してボランティアが1人ついており、個々の理解が進むようサポート体制も充実。和気あいあいとセミナーは進行し、あっという間に時間は過ぎていった。
B4Sでボランティア活動を始めて3年目に入った大貫美恵子さん(57)は、参加のきっかけを次のように語る。
「5、6年前、子どもの貧困が大々的にニュースで取り上げられたことがあって。そのとき、こんなにモノがあふれている日本で、7人に1人は貧困という事実に衝撃を受けたんです。何らかの支援ができたらと調べるうち、いくつかの団体とともにB4Sの存在を知りました。子ども関係のボランティアにもいろいろあって、例えば虐待を受けた子どもたちに関しては専門的な知識が必要です。そこで、そちらは寄付という形を取りました。B4Sもハードルが低いわけではないのですが、ボランティアのための研修制度が整っていたので、私でもお手伝いできるかな? と思ったんです」
初めは複雑な家庭環境の子どもに何と声をかけ、どのように接したらいいのか戸惑いがあったと大貫さん。
「だけどそれは、こちらの勝手なイメージ。言い方はよくないかもしれませんが、みんな明るい普通の子どもたちで、抱えている事情も千差万別。思い込みはすぐに払拭されました」
では、サポートを受ける側はこの機会をどのようにとらえているのだろう。中学生のときに養護施設に入り2年前に巣立ちプロジェクトを利用。現在は大学で経済を専攻している千さん(仮名・20)にも話を聞いた。
「社会保険など『これはどうするんだっけ?』というときに、巣立ちプロジェクトで学んだことや、そのときいただいたハンドブックが役に立っています」
とはいえ、先々に不安がないわけではない。学費と生活費をアルバイトで賄っている千さんだが、掛け持ちしていたアルバイト先のひとつが新型コロナウイルスの影響でなくなってしまったのだ。オンライン授業が増えたことでできた時間を利用してインターンに出たいが、いつ対面授業に切り替わるか見通しが立たない以上、長期の仕事が前提の仕事を続けられるかどうかと二の足を踏んでいる。
退所者への支援とさまざまな課題
お金の不安はもちろん、冠婚葬祭のマナーや頭痛がひどいときは何科に行けばよいのかまで、社会に出れば大小の疑問の連続だ。その多くに答えてくれる大人が近くにいない場合、退所者はすべてを自分で抱え込むことになる。
そこでB4Sでは、巣立ち後の退所者と自立ナビゲーターと呼ばれるボランティアが2年間ペアを組み、月に1度の面談を行いながら、何かに躓(つまず)いたときに手を差しのべるプログラムも用意している。先の大貫さんも自立ナビゲーターとして活動しているひとり。
「専門の研修を受けた後、高校生が『この人の話を聞きたい』と思ったら申請して、マッチングして初めて成立するシステムになっています。面談といっても堅苦しいものではなく、一緒にごはんを食べに行ったり、子どもたちが行きたい場所に出かけたり。目的はあくまで、『何か困りごとがあった際、相談できる大人がいる』ことを思い出してもらうことですから」
人に相談をもちかけるのは社会生活に必要なスキルだが、不慣れであれば難しい。そこでB4Sでは、中学生向けにもセミナーを行い、団体の認知活動にも力を入れている。
地道な働きかけを重ねたことで近年、「巣立ちプロジェクト」の参加者は右肩上がりだという。子どもたちの口コミも大きく、自立ナビゲーションを利用する退所者も増えている。
「アルバイト先にも仲のいい人はいますが、イチから事情を話さなければならないのはちょっと……という思いもあります。施設の職員さんでは身近すぎるし、同年代の友達では返ってくる答えが想像できてしまう」
最近はコロナ禍のせいなのか、精神的に不安定になった施設出身の同世代が、千さんに泣きながら連絡をしてくることもあるという。
「コロナでなくても、不安を抱えている子は多いと思います。そんなとき、第三者的意見をくれたり、相談できる大人がいるのは、ありがたいなと思います」(千さん)
コロナ禍にあえぐ若者たちの実態
子どもたちを支えるB4Sだが、新型コロナの影響で、開催時期によってはボランティアが確保しにくいことも。昨年は初めてオンラインセミナーを開催したが、従来どおりの1対1でのサポートが難しく、試行錯誤が続いている。
かつて自身も虐待を経験し、18歳で親元を飛び出した岳野めぐみさん(41)も、ボランティアに携わるひとり。
「一昨年、昨年と巣立った子たちは本当に大変です。業績の悪化で職を失う子もいますし、若者を狙った詐欺も横行しています。SNSなどに日払い可の募集が出ていて、お金も仕事もなければ、つい応募しちゃうじゃないですか。ところが、それが、助成金詐欺やマルチということもあるんです」
B4Sでは法的な問題や金銭問題、国籍絡みの手続きの問題といったトラブルに対応できる専門家とも連携をとっている。網の目から零れ落ちる子どもがいないよう体制を強化してはいるが、課題はあると岳野さんは指摘する。
「自分自身がそうだったのでわかるのですが、つらい経験があったぶん大人に対して萎縮してしまうところがあって。今のスタッフさんは素晴らしい方ばかりですが、子どもたちがもっと気軽に心の内を話せる若いお兄さん、お姉さん的存在の人にも、こういうボランティアに目を向けてもらえたらと思います」
先の千さんには、将来アフリカの難民と一緒にホテルを開きたいという夢がある。
「ホテルの従業員さんのマナーや思いやり、察する能力を見ていると、接客業のなかでいちばん周りを見て行動している方々なんじゃないかなと思うんです。しかも、ホテルであれば多くの雇用を生み出すことができるじゃないですか」
未来を作っていくのは子どもたちだ。その子どもたちが夢に向かって職業を選択し、個々の能力が発揮できるよう、少しずつでも私たちにできることはある。
*B4Sでは、物資、ボランティアなど、さまざまな形での支援を募っている。詳細はHPにて。認定NPO法人ブリッジフォースマイル
《取材・文/山脇麻生》