温度差による血圧変動で起こるヒートショック。昨年2月に亡くなった野村克也さんも死因はヒートショックと言われ、気温が下がる冬は注意が必要だ。コロナ禍ならではの注意ポイントを専門家に聞いた。

イラスト/石崎伸子

 昨年2月に亡くなった元プロ野球監督の野村克也さん。浴室で意識を失っているところを発見され、救急車で搬送されたが、亡くなられた。

「死因は、おそらくヒートショックによるものだろう、と言われています」

 そう話すのは、東京都健康長寿医療センター研究所プロジェクト研究員の小川まどか先生。

 ヒートショックとは急激な温度差で、血圧が大きく変動することが原因で起こる健康被害のこと。起きやすい病気には、めまいや失神、不整脈、脳出血、心筋梗塞などがある。

「冬はヒートショックによる健康被害が起こりやすい季節。同じ自宅でも暖房のきいたリビングと、廊下やトイレなど暖房なしの冷えた空間で、大きな寒暖差が生じるからです」(小川先生、以下同)

湯船でホッとひと息、その瞬間が危ない

 中でも、特に注意したいのが、野村さんのような入浴時のヒートショック関連死だ。

「暖かい部屋から寒い脱衣所に移動して、衣服を脱ぐと、身体表面の温度が急激に下がります。この刺激で血圧は急上昇。それが心筋梗塞や脳卒中の誘因となります」

 湯船につかると、冷えた身体が温まりホッとするが、そこにも落とし穴が。

「お湯につかると血管が広がるので、今度は反対に血圧が急激に低下します。これが原因で失神して、湯船で溺死するケースも多いのです」

 2011年に行われた研究では、年間で約1万7千人もの人が、入浴中のヒートショックで急死したと推定されている。決して他人事ではない。

寒さとともに起こる体調変化に注意

 立ちくらみや動悸(どうき)のような軽い症状も、身体への負荷は日々蓄積されていく。

「たとえ一瞬でも、寒さとともにクラッとしたり、心臓がギュッと痛くなったりしたら注意して。これはヒートショックだと自覚して、対策をとることが、健康被害を未然に防ぐことにつながります」

 特に、血圧の変化を起こしやすく、体温調節機能も低下しがちな高齢者は要注意。
「自宅だとつい油断しがち。常に厳重警戒で過ごしてほしいと思います」

【家じゅうに危険スポットが!】

■脱衣所・浴室(危険度大)
自宅内でいちばんの危険スポット。寒い脱衣所&洗い場と、温かい湯船という極端な寒暖差が命の危険を招く。

■トイレ(危険度大)
排泄(はいせつ)時は下半身を冷気にさらすので、危険度は高い。夜中にパジャマ1枚でトイレに行って、失神するケースも。

■廊下(危険度大)
暖房効率アップのためにドアを閉めると、部屋と大きな寒暖差が生じる。部屋着のまま出てしまいやすい点も危険。

■玄関
ドアを開けたとたん、冷たい外気にさらされる場所。早朝に部屋着のまま、ゴミを出しに行くのも危険度が高い。

■キッチン
間取りにもよるが、キッチンが北側や西側にあり、冷える家は多い。火を使わない時間帯は危険スポットに。

■ベランダ
朝夕は気温が低いが、部屋着で洗濯物を干したり取り込んだりしがち。同様に部屋着でのベランダ喫煙にも注意を。

入浴中以外も!日常に潜む5つの落とし穴

 感染予防のためにしていることが、ヒートショックを招く要因になることも! ここではコロナ禍の日常でやりがちな5つの落とし穴を紹介するので、参考にしてほしい。

 この冬は、なるべくステイホームを心がけている人が多いはず。しかし、その生活にはヒートショックを招く落とし穴もひそんでいる。

「感染予防のためには、換気が必要ですが、やり方によっては身体を急激に冷やす危険性があります。また人との接触を避けるため、買い物や飲み会を控えるのはよいのですが、これがヒートショックを招く行動に結びつくケースも考えられます」

 よかれと思ってやったことで、健康を害していては本末転倒。コロナだけでなくヒートショックの予防も心がけて、この冬を乗り切ろう。

【落とし穴1】部屋着のまま換気
 家族が帰宅すると、衣服などに付着したウイルスが気になり、換気したくなる人もいるだろう。このとき部屋着のままで、窓を大きく開けるのは危険。外気にいきなりさらされると、血圧が急上昇する原因に。

【落とし穴2】節約のために暖房オフ
 長時間、自宅で過ごしていると気になるのが暖房費。だからといって、節約のつもりで厚着をして暖房を切ると、家全体が寒くなる。その結果、入浴時にヒートショックを起こしやすくなってしまう。

【落とし穴3】宅飲み後、すぐ入浴
 居酒屋でなく自宅で飲む人が増えたが、家飲みで危険なのは、飲酒後すぐに入浴できる点。酔うと血圧は下がるが、その状態で入浴することで、血圧の変動がより激しくなる。入浴は酔いがさめてから、が鉄則。

【落とし穴4】薄着で玄関先に出る
 買い物で人との接触を避けるために、ネットショッピングを利用するのは賢い手だが、宅配の受け取りは危険度大。あわてて部屋着のままで玄関に向かうと、全身が冷気にさらされることになるので注意。

【落とし穴5】ウォーキング後のシャワー
 ウォーキングは自粛生活の運動不足解消に役立つ。ただし帰宅後すぐ、汗とウイルスを洗い流そうとシャワーを浴びるのはNG。身体がほてった状態で、寒い脱衣所で裸になるとヒートショックを起こしやすい。

ヒートショックから命を守る4つの習慣

 ヒートショックはちょっとした工夫の積み重ねで、予防することができる。ここではコロナ対策と両立できるヒートショック対策をポイント別に紹介する。

 ヒートショック対策の第一歩は寒暖差を縮めること。

「廊下や浴室などいろいろな場所に温湿度計を設置するといいでしょう。場所ごとの寒暖差を把握すれば、薄着でいないよう対策できます」

 同時に、自分の血圧変動のパターンも把握しておこう。

「毎食後、入浴など1日の中で数回、血圧を測定しましょう。血圧が変動しやすい場面は注意して行動を」

 ヒートショックが起こりやすい日を知ることも役立つ。

「居住地の危険度は日本気象協会と東京ガスが共同開発した『ヒートショック予報』(tenki.jp/heatshock/)で知ることができます。毎日チェックしましょう」

【対策1】換気は少しずつ

「厚生労働省は2段階換気を提案しています。これは人がいない部屋の窓を開け、廊下を通して、換気したい部屋に外気を取り入れる方法。少しですが外気が暖まります」

 暖房に近い窓を開ける換気法も、入ってきた外気を直後に暖める効果が期待できる。

「ちなみに、2003年以降の建築には24時間換気システムが設置されています。常時オンにしておけば、最低限の換気は可能です」

【対策2】暖気を逃さない

「部屋の暖かい空気は、窓から逃げます。そこで活用したいのがカーテン。日が陰ってきたらカーテンを閉めましょう。日光で暖まった暖気を室内に閉じ込める効果が期待できます」

 布団で寝る人は、夜間、床にたまる冷気で健康を害することもある。

「カーテンのすそ部分を座布団などでおおうと、すき間風の侵入が防げます。夜間の室温低下の予防にもなるでしょう」

【対策3】暖房の使い分け

「暖房器具には部屋全体を暖める全体暖房と、ピンポイントで暖める部分暖房が。これらを使い分けましょう」

 エアコンやファンヒーター、床暖房は全体暖房。一方、こたつやホットカーペットは部分暖房で、身体の一部を温める効果に優れている。

「部分暖房だけだと部屋は寒いままで、ヒートショックを起こしやすい状態になってしまいます。必ず全体暖房を併用しましょう」

 廊下やトイレには、人感センターつきのヒーターを置くと、電気代は抑えつつ、寒暖差を和らげることができる。

「空気を循環させるサーキュレーターや加湿器も併用すると、部屋が早く暖まります」

【対策4】部分的なリフォーム

 築年数が古い家は、壁に断熱材が入っていないなど、断熱効果が低い場合が多い。

「窓を二重にするリフォームなどは手軽にできるので、ぜひ検討を。それだけでも断熱効果がぐんと高まります」

 ステイホームによって、家で過ごす時間は長くなった。だからこそ、命を守れる家へのリフォームも検討したい。

【最も危険】入浴時のヒートショック予防

 危険度が最も高く、命の危険もある入浴時。次の6つを心がけて、ヒートショックを予防しよう。(資料:東京都健康長寿医療センター)

(1)暖房器具の設置
冷えやすい脱衣所や浴室を暖房器具で暖めることは、非常に効果的。浴室には専用の暖房器具の設置を。

(2)シャワーでお湯をはる
シャワーで浴槽にお湯をはると、湯気によって浴室全体を暖める効果が。浴槽のふたを開けておくのもよい。

(3)日中や夕食前の入浴
寒暖差が少ない時間帯に入浴を。生命を維持する生理機能も午後2~4時がピークなので、より安全度が高まる。

(4)食後や飲酒後は入浴しない
食後1時間以内や飲酒時は、血圧が下がりやすい状態。入浴すると、さらに血圧が下がるので、危険性が高まる。

(5)湯温は41度以下に
個人差はあるが、のぼせるのを防ぐため、お湯の温度は41度以下にしておくとよい。

(6)入浴中の声がけ
可能なら入浴中、家族に声をかけてもらう。ひとり暮らしなら、銭湯の利用も有効な手立て。

(取材・文/ 中西美紀)

《PROFILE》
小川まどか ◎地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所プロジェクト研究員。認知症の人が地域で安心して過ごすための支援を形作るプロジェクトに従事。高齢者の居宅環境についても研究。